ヒロインにも色々と事情があるようで
パッと思いついたので書きました。
やっぱり2次元と3次元は違いますよね…。
ノラ=リシーは乙女ゲームのヒロインである。
ついでに言えば、現代日本から転生した転生者でもある。これは妄想でもなんでもなく事実であり、ゲームの内容はうろ覚えではあるが同じことが現実で起こっている。
しかし、ノラはゲームのように行動しようとは思わなかった。
確かに最初は異世界転生だとはしゃぎもした。だが生まれて十数年、流石に現実がわかるというもの。いつまでも幼子のように夢ばかりみてはいられなかった。
彼女は平民として生まれた。父は狩りの途中で命を落とし、母は女手一つでノラを育てていた。けれど現代とは違いこの世界は親一人、子一人で暮らしていくサポートなどなく、決して楽な生活ではなかった。
そんな中、花屋で働いていた母を見初めた男がいた。それが今の義父、リシー男爵である。
貴族らしい高慢さもなく、何度も恋人として付き合うことを拒んだ母に愛を囁いた。母も身分差を気にして断っていただけで、むしろ好意を抱いていた。
ノラに対しても男爵は優しく、母に内緒で高級な砂糖を使ったお菓子をプレゼントしてくれたりした。
やがて娘の後押しもあり、母は男爵と再婚し跡取りとなる男児を産んだ。ノラにとって歳の離れた異父弟である。
だが幸せな時はここまでであった。母は平民時代の生活の積み重ねと出産の影響で病にかかり亡くなってしまう。更に運の悪いことに、天気の影響で領地で作物の不作が続き、男爵は領民のため借金をすることになった。
それでも男爵は血の繋がらない義娘を愛し、貴族としての教育を受けさせるため学園に入れてくれた。学費は決して安いものではないというのに。
だからノラは決めたのである、玉の輿にのることを。
母は苦しまずに幸せな時を過ごして逝けた。自分の血を引かない義娘に美味しい食事、綺麗な服、安心して眠れる家、他にも沢山のものをくれた。
そんな義父、可愛い異父弟のため借金をどうにかしなくてはいけない。幸い義父の人の良さは周りでも評判で、数年はなんとかなる。
学園にいる間、借金を工面してくれる結婚相手を探さなければならない。
だがそれはゲームの攻略対象の王子や公爵子息ではない。
確かに玉の輿ではある。しかしこれは非常に高い代償を払うことになる。
高位の家の婚約相手もまた高位、それを敵にまわす。
次に同じ貴族といっても国の代表になるための教育はさらに膨大だ。前世普通JK、今世男爵令嬢のノラにとって身につけるのは不可能に近い。そこのところ彼女はわかっていた。
狙うべきは子爵、男爵、商家のご子息。伯爵の愛人でもいい。義父は反対するだろうが、覚悟はしている。
断じて攻略対象に近づこうと思ったことはなかった。
「断じて、鯛を釣ろうかとか思った訳じゃないんです!アジとかエビとかそこら辺を絶妙に狙ってたんです!」
「落ち着いて、殿下は鯛じゃないわ」
覚悟を決めたノラは前世の曖昧なゲームの記憶はすっかり忘れ、勉強に精を出していた。金目当てとはいえ貴族や商家に嫁ぐため馬鹿ではいけない。
しかしこれも強制力というやつか、近づいてくる近づいてくる。やんわり拒絶しても照れないでだの、何か言われたのか安心しろだの、ここまでくると顔がよくても殺意が湧く。
そして当然ノラは他の令嬢たちから遠巻きにされるか、嫌がらせにあってしまった。これには非常に困ってしまった。茶会などの社交界でのマナーは実地で学ぶことが多い、更に彼女たちの家からも遠巻きにされると嫁ごうにも嫁げなくなってしまう。
このままでは義父に顔向けできない…と度重なる障害により血迷って王子たちを殴ってしまおうかと考えていた時、ある令嬢から茶会の手紙がきた。
ソフィア=ロレーヌ。ロレーヌ公爵の愛娘であり、その聡明さゆえ王家に嫁ぐことを約束された貴族の中の貴族である。つまりノラに言いよっている王子の婚約者。
終わった…と思ったが同時にチャンスとも思った。彼女はあらゆる貴族令嬢のトップ。ソフィアに事情を話してあの攻略対象どもを追い払い、令嬢たちの信頼を勝ち取るしかない。
彼女がそんな甘いことをしてくれるかどうかは賭けだが、もう打つ手がない。
こうしてノラは一世一代の大勝負にでたのである。
「だいたい、事情はわかったわ。あらかじめ調べていた情報と貴女が話してくれたことに差異はないようで安心したわ」
「ありがとうございます」
やはり、調べはついていたようだ。将来の国の代表に監視がつかないわけがない。
ここまでは予想通り、ノラができることはした。あとはソフィアと彼女の後ろにいる大人たちの判断により自分の運命は変わる。
元平民のノラを排除することなどソフィアたちにとっては造作もない。生きているだけで有名な王子たちを罰して王家や高位貴族の威信を損なうより、はるかに影響が少ない。損得を考えれば、ノラに悪気があろうがなかろうが圧倒的に不利。
ごくりと喉を鳴らし、手汗が酷い拳を握る。
優雅に紅茶を飲むソフィア。この動作だけでも自分は彼女に敵わない。こんな非の打ち所がない美人を袖にするなんて、何してんだ王子。
「そんな緊張しないで、貴女をどうこうしようなんて考えてないわ」
「…というと」
「実はね今度のパーティーで殿下たちは婚約破棄を宣言するそうなの」
(馬鹿か、あの男たちは!)
婚約は契約である。それをまだ当主にもなっていない彼らが破棄すれば損害は計り知れない。
「貴女を今、排除したところで解決する問題ではなくなってしまったわ。であれば私がすることは自ずと限られてくる」
「安心なさい、貴女は保護しましょう。リシー男爵は貴族の中でも珍しいお人好し。その性格から男爵を慕う貴族は少なくないの」
つまり、ノラを排除したところで貴族たちは彼らの醜態は知ってしまっている。それならばなるべく早く彼らの方をということか。貴族にスペアは付き物、代わるのは簡単ではないが不可能ではない。
そしてまたもや義父の人の良さに助けられた。しっかりと親孝行をしなくては。
冷たくも美しい笑みを見せるソフィアにノラは深々と頭を下げた。
(お花畑ヒロインじゃなくてよかった…)
敵にまわすには命がいくつあっても足りない相手である。
パーティーの前に王子たちの婚約は破棄され、それぞれ廃嫡。令嬢たちは新しい相手と婚約したり、留学したり思い思いの道に進んだ。
ノラの評判はソフィアの取り成しもあり、徐々に上がっていった。どうやら口調はやわらかくしても、顔は誤魔化せていなかったらしく見ていた令嬢たちは迷惑がっているのがわかったらしい。
それがわからなかった王子たちに呆れ、取り繕えなかった自分にも呆れてしまった。
そしてソフィアはというと、新しく王太子となった第二王子の婚約者となった。
「知っていらっしゃったのですか?」
「王家が私を逃すわけがないでしょう」
王家の機密ともいえる教育を受けた彼女を、他のところに嫁がせるわけがない。聡明なソフィアなら尚更。
第二王子の婚約者はというと伯爵令嬢で側妃になるらしい。遺恨は残らないのかというと、事前に可能性を想定しているという。
「今回のこともそうだけれど、例えば急に他国から王女を我が国に受け入れざるをえないときが来たら私が側妃になるわ。王妃になるのも側妃になるのも死ぬのも覚悟している、それは彼女も同じこと」
「…勉強になります」
「ふふっ、ポーカーフェイスも上手になってきたわね。私との茶会のときもそうだけれど、貴女の賢さは嫌いじゃないわ。侍女にしてよかった」
そう、あの後ノラはソフィアの家に雇われた。借金はロレーヌ公爵家に負担され、ソフィアの侍女として日々勉強している。
将来王宮についていくため、学ぶことは増えたが借金は解決したし概ね満足している。
ソフィアに付き従うことによって、黒々とした争いに参加せざるをえなくなったのは想定外だったが。
「これからもよろしくお願いするわね、ノラ」
「仰せのままに、ソフィア様」
乙女ゲームの舞台から降りても、波乱は免れないらしい。
ノラちゃんはめっちゃ天才ではないけど、お花畑ヒロインではない。
そんな感じで考えました。




