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第五章

 二人がレフティのねぐらまで戻る間、二人の間に会話は一切なかったが、レフティの振る舞いはスニッチに言わせれば酷いものだった。怒鳴り声を聞いたり、人にぶつかる度に必要以上におののいて、顔面を蒼白にしてスニッチのフードのついた紺色のケープの端を掴んで離そうとはしなかった。レフティは飛び上がったり、たまに片手で耳を塞いだりしながら、よろよろとスニッチの後ろをついてくる。スニッチは何度かそんなレフティを宥めようかとも思ったが、振り向いてから口を開きかけてやめる、ということを繰り返していた。レフティにケープを掴まれている以上、いつもの早足で歩くわけにはいかなかったので、二人はのろのろと時間をかけて最下層を進むと、レフティのテントに辿り着く。そこでレフティがようやくスニッチのケープを離したので、スニッチが一段飛ばしに階段を降りていくと、レフティは階段の上で立ちすくんだままだった。


「どうしたのさ」


 スニッチは問いかけたが、レフティのどんよりとした視線は階段に向けられていた。それから、レフティは恐る恐る前に出してから、すぐに引っ込める。スニッチはだんだんその様子に苛つくと、「さっさとしろよ」と荒々しく言ってから先にレフティのテントに潜り込んだ。潜り込んでからしばらくして、レフティの義足が立てるコツコツという独特の音が鳴り、レフティがテントの入り口から顔を出した。レフティの顔が青白いままで、両手が小刻みに震えていた。


「彼らはどこに連れて行かれるんだろう」


 なんとかテントに入り、膝を抱えて出来る限り身体を小さくしたレフティは、震える手を凝視したままぼそりと呟く。スニッチは胡座をかいてレフティの対面に座っていたが、先程の苛立ちは収まっていたので、「さあ」と気のない声を出した。


「きっと恐ろしい場所に決まってる」


 レフティはスニッチを見ていなかったので、すべては独り言だった。レフティはそれから自分の義足を見ると、何かおぞましいものを見てしまったとばかりに視線を逸らす。スニッチはといえば、胡座をかいたまま前後にゆらゆらと身体を揺らしていて、レフティのテントを見回していた。何か、レフティの気を紛らわせるようなものはないかと思ってのことだったが、レフティは尚もつぶやき続けていた。


「殺されている可能性だってある」


 そう言ってから、レフティはしまったとばかりに両手で自分の口を塞いだ。両手の震えがひどくなり、体中から血が抜けてしまったようにひどく寒く、身体までカタカタと震えだしていた。スニッチはテントを見回していたので、レフティのその変化には気づいていなかったが、はたと思い当たるとテントを見回すのをやめて、「あの雑誌を見せてくれよ」とレフティの手首を掴んで揺さぶった。レフティはそんなスニッチを初対面の人間を見るかのような目で見てから、たっぷりと時間を取ってスニッチの言葉を理解する。レフティはそれまでとは違う俊敏な動きで丸めてポケットに入れていた雑誌を取り出すと、スニッチと自身の間に置いた。その雑誌の表紙には青い背景にくねくねとした螺旋状のイラストが描かれていて、その周りに文字が並んでいたが、レフティにもよく分からない単語ばかりだった。考え込むレフティをよそに、スニッチは乱暴に雑誌のページをめくると、義足の絵を見つけた。


「これだよ」


 興奮したスニッチは、その義足の絵を人差し指で指すと、レフティの顔を見た。今度こそレフティも顔を上げると、スニッチを真正面からしっかりと見据える形になった。顔色は幾分か良くなっていて、どことなく生気を取り戻している。逆にスニッチは目を爛々と輝かせており、スニッチは何度も雑誌に指を押し付けて、「これさえあれば、君だってパージの心配をしなくて済むだろ」と熱に浮かされたような高い声で言った。


「そんなことを言ってもさ。これは地上の雑誌だぜ」


 レフティも少し興奮しているようだったが、あくまでも冷静だった。「じゃあ地上に行けばいいじゃないか」と言って雑誌から手を離し、胡座をかいた状態で腕組みをしたスニッチは口を尖らせている。レフティはため息をついて、「上層にも行けないってのに、どうやって地上に行くのさ」といつもの調子を取り戻しながら言った。レフティの言葉にスニッチはうまい返事を思いつかず、尖らせた口を更に突き出しながら眉もしかめてレフティを見た。


「何か方法はあるかもしれないぜ」

「地上に出た人間の話を聞いたことなんかないよ」


 食い下がるスニッチを、レフティはあしらうように鼻を鳴らした。レフティはスニッチにも雑誌にも興味を失ったように見え、スニッチは再び苛立つと「だったら」とがなるような大声を出して立ち上がった。身長の低いスニッチだからこそ、テントの中で立ち上がることが出来た。


「君はパージされてもいいってのかい」


 その言葉に、雑誌を仕舞いこもうとしていたレフティははたと動きを止めたが、振り向くことはなかった。スニッチはレフティに近づいて、レフティの右肩に手を置くとぶんぶんと前後に振る。


「黙ってパージされるくらいなら、危険を冒して地上を目指したっていいじゃないか」


 スニッチの腹から出たような力強い言葉に、レフティはようやく振り返ってスニッチを見上げると、雑誌を片付けようとするのをやめた。レフティがしっかりと身体を回転させると、スニッチは元の場所にどすんと大きな音を立てて座り直す。レフティは雑誌の表紙を眺め、スニッチを見てから、「君を巻き込むわけにはいかないよ」とうつむきながら消極的な声音で言ったが、今度はスニッチが鼻を鳴らす番だった。


「おれに失うものなんてないよ。友達なんて、君だけなんだから。第一――」


 思いつく限りの言葉で演説を始めようとしたスニッチを遮るように、ブツッという音を立ててスピーカーが鳴り始める。


『来月のパージの対象者リストを読み上げます』


 という機械的な女性の声に、二人は顔を見合わせたまま硬直した。

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