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第四章

 大声を聞くなり、スクラップの山からひらりと飛び降りて見物に向かったのはスニッチだった。レフティもそれに続こうとしたが、スクラップの山を降りるのは一苦労で、たっぷり時間をかけて降りる必要があった。争いや喧嘩の耐えない最下層で、スニッチがその諍いに興味を持ったのは、ガバメントの人間と思われる声が聞こえたからだ。スニッチはスクラップヤードの端のところまで行くと、争いが観察できる場所に腰をかけて足をぶらりと垂らした。どうにかスニッチに続いたレフティは、スニッチの少し後ろで立ったまま状況を観察する。大声の主はどうやら老婆で、その夫と思われる老人が両腕をガバメントの人間に摑まれて抵抗を試みているところだった。ガバメントの人間を見るなり、はっとして逃げようとしたレフティを振り返ると、スニッチは「さっき、あの爺さんからスッたんだ」となんともなしに言った。その間にも老婆はキィキィとした声で「パージだけはやめてくれよ」と叫んでいる。その言葉にレフティは一層青くなると、「早く帰ろうよ」とスニッチの肩に手をかけたが、スニッチはもうレフティのほうを見ていなかった。


「ガバメントなんてクソ喰らえだ!」


 人だかりが遠巻きに事態を見守る中、その人混みを必死で掻き分けるようにして飛び出してきたのは息子と思しき男で、ぜえぜえと肩で息をする男の手にはナイフが握られていた。男は二人いる、最下層では有り得ないほどきちんとしたスーツを着込んだガバメントの人間のうち、自分に近い方へとナイフを持ったまま突進したが、もう一人の男が滑らかな動作で銃を上げると、その弾丸が即座に男の頭を容易に打ちぬく。膝から崩れ落ちるようにして倒れた息子に、老婆はもう声も出ないようだった。それを見て抵抗を止めた老人は無口なガバメントの人間たちに成すすべもなく連行され、引きずられるその過程で老人の木で出来た義足が露出した。人だかりはガバメントの人間が通れるようにごそごそと左右に割れ、スニッチはそれを見物しながら両足を交互にばたつかせていたが、老人の義足を見るなり足を止めて素早くレフティを振り返る。レフティは老人が連行されていく様をずっと見たまま青白い顔で立っていたが、両足ががくがくと震え、そのうち立っていられなくなっていた。「次は僕だ」とレフティは聞き取れないほど震えた声で言い、スニッチは「まさか」と反射的に冗談を言われたかのように笑ったが、その視線はレフティの義足を離れることがなかった。

 パージとは、最下層で一ヶ月に一度行われる儀式だった。老人や障害を持った人間など、ガバメントが『社会に貢献する能力がない』と判断した者たちを集め、どこかへ連れて行く。どこに連れて行かれ、彼らの末路がどんなものであるのかは誰も知らず、スニッチは常日頃から彼らの行く末が気になっていたが、一度も深く考えたことはなかった。レフティはといえば、パージに関する話題は徹底的に避けていたし、そもそもスニッチは興味のないパージの話題を出すこともなかったので、スニッチはレフティの足とパージを関連付けたことがなかった。パージのために誰かが連行される現場を二人で目撃することはあったが、レフティがこれまでほどに恐れおののく姿を、スニッチは初めて見ていた。


「こんな脚のせいで」


 レフティの聞き取れないほど小さく震える言葉に、スニッチは喉がすっかり詰まってしまったようで何も言うことができなかった。レフティは膝を抱えてその場に座り込むと、頭を膝の間に埋めてぐすぐすと鼻をすすりながら泣き始める。スニッチはレフティではなく、一層飛び出した棒の義足を呆然と眺めていたが、すぐに大きく口を開いて「大丈夫さ」と大きな声を出した。


「きみがパージされることなんてないよ。なんせきみは動けるじゃないか。立派な労働力だよ」


 スニッチは無理に抑揚をつけて芝居じみた様子で言葉を紡いだが、レフティがその言葉に顔を上げることはなかった。レフティは「次は僕なんだ」と小さく何度も呟いて、がたがたと震えている。スニッチはついぞレフティに這いずるように近寄ると、右肩を片手で優しく揺らして「もう行こうよ」と先程とは打って変わって、真剣な声で言った。レフティはそこでようやく顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔でスニッチを見る。レフティは無言でその顔を乱暴に洋服の袖で拭うと、転ばないように慎重に立ち上がった。スニッチはその様子を見て少しばかり安堵し大きく息を吐くと、先導するようにぽつぽつと階段の方に歩みを進めた。レフティのねぐらまでの帰路、二人は一言も発することがなかった。

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