第三章
最下層のスクラップヤードは、地下街のちょうど最端にあった。スクラップヤードは三面を分厚そうな何の飾りもない灰色の壁で囲まれていて、一段高い場所にあり階段がついている。スクラップヤードの壁には高いところにダストシュートがついていて、定期的にそこからスクラップが雪崩のように飛び出してくる仕組みだった。その度に、スクラッパーと呼ばれるスクラップヤードから金目の物を集めて生計を立てる人々は新しいスクラップの山に群がり、我先にとスクラップの中身を検分しはじめるのだ。レフティもスクラッパーの端くれではあったが、そんな様子に今にも吐きそうだとばかりに顔を歪ませながらスニッチの隣に立っていた。立っていた、と思っていたが、スニッチはいつの間にかスクラップの山を軽々と登っているところだった。レフティはその様子に慌てることはなく、ため息をついてスニッチを見上げる。スクラップヤードにはどんな物も流れ着いたが、すべてががらくたか、あるいはゴミの類だったので、悪臭が酷い。レフティは未だにその匂いに慣れることが出来ず、その日も右手の親指と人差し指で少し鼻をつまんでいたが、スニッチはそんなことを気にするような少年ではなかった。
「見てみろよ」
さも楽しげにスニッチが持ち上げたのは巨大な生物の死体で、そのほとんどは食い尽くされて骨になっており、かなり腐敗が進んでいるものだった。レフティはいっそスクラップの山を駆け上がって今すぐにでもスニッチにその物体を捨てさせようとしたかったが、生憎自身の右足がそれを許さなかったので、「そんな汚いものを触るなよ」といつよりも甲高い声で叫ぶしかなかった。スニッチはといえば、心外だとばかりに目を丸くして、「だって上層の生物だぜ」と言いながら渋々その死体を放り投げる。レフティはそれを見てからゆっくりと、右足に細心の注意を払いながらスクラップの山を登った。
「感染症にでもなりたいのかい」
「おれは大丈夫だよ。なんせ生まれてこの方、ずっと健康なんだぜ」
スニッチがどこ吹く風で口笛を吹き始める中、レフティは周りをちらちらと観察する。そこここでスニッチや自分のように痩せこけた人々がスクラップを漁っており、レフティは今にも自己嫌悪に包まれそうになって、その思いを振り切るようにふるふると激しく頭を振った。その様子にスニッチは眉根を下げて「大丈夫かい」と聞いたが、レフティが答えることはなく、結局レフティは四つん這いの状態で黙々とスクラップを選別する作業に取り掛かった。スニッチはといえば、その隣に座って引き続き口笛を吹いている。スニッチは何度かレフティに手伝いを申し出たことがあったが、レフティはそれを頑として聞き入れなかったので、スニッチはいつもスクラップを漁るレフティの隣でのんきに口笛を吹くのだった。
それからほどなくして、レフティが何冊かスクラップヤードから本を発掘する。無論最下層では誰も本など読まなかったから、精々火を起こしたときの燃料くらいにしかならなかったが、それはレフティの趣味だった。レフティが好むのは大抵分厚い、表紙の硬い本ばかりだったが、その日レフティが引き当てたのは今にも千切れそうな薄い冊子だった。物珍しいものであったので、スニッチも口笛を中断してこそこそとレフティに近寄る。レフティは冊子の表紙を素早く撫でるようにして埃や汚れを払うと、いつもの輝いた目ではなく、深刻そうな表情で冊子の表紙を眺めていた。
「なんて書いてあるんだい」
「サイエンス…、サイエンス、オブ、トゥデイだと思う」
レフティは一単語ずつはっきりと発音すると、それからぺらりと表紙をめくった。そこには色とりどりの写真が載っていて、スニッチは更にレフティににじり寄ると、頭をくっつけて冊子の中身を見ようとする。普段のレフティであればそれを鬱陶しそうに退けるところであったが、レフティも冊子の中身には夢中になっていた。「何の本なんだい」とスニッチが問いかけても、レフティは「ところどころ僕にも読めないね」と心のこもっていない返事をする。レフティはページをめくる度にそのページに釘付けになり、更にページをめくって釘付けになり、というのを繰り返していたので、飽きたスニッチが冊子から離れようとすると、「ちょっと、見てくれよ」とレフティが急に大きな声を出した。
「びっくりするなあ」
スニッチは心にも思っていない調子でそう言うと、渋々冊子に目を向ける。そこにあったのは義足の絵で、スニッチは一瞬にしてその絵に惹かれると、冊子を奪い取りたい衝動を抑える代わりにその絵に顔をぐっと近づけた。「すごいじゃないか」と言うのが精一杯だったが、スニッチはすぐにレフティに頭を退かされ、今度はレフティが絵に鼻がつきそうなほど顔を寄せる番だった。二人の興奮を引き裂くようにして大声が聞こえたのはその頃だった。