第106話 和解しよう
私は気配を極限まで消して、音も立てないように少しだけ空歩で浮いた状態でついて行った。
そして見慣れた、けれども久しぶりな居間の椅子へと腰掛ける。
そしてすかさずレミナがお茶を、テーブルの上に用意してくれた。私の分は無いけどね。
「それで話って?」
「そうねぇ。どこから話そうかしら」
「まさか…あれを?」
レミナは私が産まれたときにいたんだから、もちろん私が実の娘であることを知っている。だからマリアが話そうとしていることに気づいたらしい。
「レミナは知ってるの?」
「ええ、まぁ……本当によろしいので?」
「ええ。もうそろそろフィリアも限界そうだし」
おろ?私が限界?
………うん、確かに限界かも。私だって村へ帰ってきたいのだから。いつまでも居心地悪いのは嫌だ。
「……フィリアって、僕の姉ってことになってる偽物だよね」
「まぁ、表向きはね」
「表向き?」
やっぱり私が目の前にいない…いや、見えてないだけで、聞く姿勢になってくれる。
「本当はすぐにでも話したほうが良かったのだけれどね……」
迷っているような表情になったけど、すぐに表情を引き締めた。
私も思わず引き締める。見えてないけど。
「フィリアは、養子ではないのよ」
マリアのその言葉を聞き、アッシュは虚をつかれたような表情になった。
「……どういうこと?」
「そのままの意味よ。つまり、フィリアは私とロビンの実の子よ。血の繋がった、ね」
「………」
空いた口が塞がらないとはこのことかもしれない。ちょっと間抜けな面をしてる。
「ぷっ…」
おっと。思わず笑っちゃった。いけないいけない。
声は聞こえちゃうから気をつけないと。
幸いアッシュには聞こえていなかったらしい。良かった…
「……それを、本人は?」
「もちろん知ってるわよ。知っていて、それで理解している。死んだことにされた理由もね」
「……」
アッシュは口をパクパクさせるが、上手く言葉にならないらしい。
「……じゃあ、なんで?」
掠れた声で、小さく呟いた。
なんで……あぁ。なんで教えなかったかってことか。
「アッシュを信じてなかった訳ではないのよ?ただ……教えるには早いんじゃないかって」
「そんな、こと」
「じゃあもし3歳くらいのときに言われて、言いふらすことなかったって確信は持てる?」
まぁ無理だろう。約束として覚えていても、子どもの口は軽いものだ。つい知らず知らずのうちに口を滑らせてしまうことがある。
……まぁ私は転生者なので例外で。
「………でも、それじゃあフィリア…いや、お姉ちゃんは、自分が養子ということにされているって知っていて、僕の言葉を受け止めていたってこと?」
あー。色々言われたね。偽物とか、あれとか。
「そうよ。フィリアは私から言われて、ずっと黙ってた。じっと耐えていた」
「そ、んな…」
アッシュが絶句する。いやぁー、傷つかなかったというのは嘘だけど、そこまでだからね。むしろ微笑ましいというか……
『主らしいというか、なんというか…はぁ』
なんで翡翠から呆れられるの!?ねえ!?
「だからアッシュ。ちゃんと謝って仲直りするのよ?」
「…………う、ん」
謝ってもらう必要もないけど……でも、アッシュのケジメでもある。ちゃんと受け取らないとね。
「これでいいわよね?フィリア」
「いいよ」
「「え!?」」
私の声が聞こえて、レミナとアッシュが周りをキョロキョロと見渡しだす。
なんか面白い……
「フィリア…」
「はいはい」
いつまでも面白がってないで、姿を見せる。
「え!?い、いつからそこに…」
「えっと、最初から」
アッシュが目を見開く。ふふふ。まったく気づいてなかったね。
「さっきの会話も…」
「ぜーんぶ聞いてたよ」
私がそう答えると、アッシュが顔を赤くしつつ青くするという、なかなか器用なことをやってみせた。てか、なんで赤?青は気まずさからかなぁって分かるけど。
「あ、え…」
「なに?」
私が小首を傾げると、アッシュはガタっと立ち上がり、そのまま玄関まで走り去ってしまった。
「えぇっと……?」
私混乱。なんで?
「はぁ…」
「男の子って難しいですよね…」
何故かマリアとレミナは納得しているらしい。私だけ蚊帳の外?なんでよ?
「フィリア、ちょっと行ってきなさい」
「えぇ…」
いきなり行けとかハードルが高いよ。
「多分、裏庭にいるわ。い っ て き て」
「は、はーい…」
マリアの顔がマジだ!怖い!
仕方なく私は玄関から裏庭へと向かう。アッシュが裏庭にいるのは気配で分かった。
………ついでに後ろから気配消してマリア達が来てる。なんで気配消してるのよ…。
裏庭に着くと、アッシュは木剣で素振りをしていた。
「アッシュー」
手を振りながら近づく。一瞬ビクッとしたけど、そのまま素振りを続けるアッシュ。あれ?
「おーい」
後ろから呼びかけるけど、反応がない。むぅ。
「えい」
一向に反応しないので、風魔法で木剣を吹き飛ばした。
「うわ!?」
おっと。ちょっと強すぎたか。風圧でアッシュが尻もちをついてしまった。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「っ!」
私が近づくと、ばっとアッシュが立ち上がって距離をとった。なぜ?
ていうか私、アッシュに身長で負けそうなんだけど……なんか悔しい。
「……ほんと、なのか?」
「え?」
小さく消え入りそうな声が聞こえた。
「……ほんとの、お姉ちゃん、なのか?」
「あぁ。それね。ほんとだよ。黙っててごめんね」
「いや……」
またアッシュが後ろを向いてしまった。
な、なんて話しかけたらいいのよ。
「その……「ごめん」え?」
「ごめん…今まで偽物とか…」
「あぁ。別にいいよー」
「軽くないか!?」
バッとアッシュが驚きながら振り向いた。
いやだって私からしたら居心地悪かっただけで、心に深い傷がついた訳でもないしね。
「軽かったらだめ?」
「あ、いや、そういう訳じゃ……」
なんか釈然としないなぁ。
「じゃあやる?」
「え、えぇ!?な、なに言ってんだよ!?」
アッシュが顔を赤くする。なんでだろう?
「いや、打ち合ったらいいかなぁと。あれで」
私は木剣を指さした。つまりアッシュが私を姉だと認められない理由は、多分実力だと思うのよね。だから1回やったらわかるんじゃないかなぁ、と。
『……やっぱり鈍感だ』
なに?なんか言った?
『…いや、なんでもない』
そう?まぁいいや。
「という訳で、やろうか」
「という訳ってなんだ!?」
「いいからいいから」
私はアイテムボックスから木剣を取り出す。さて、アッシュの実力を見せてもらおうかな。
話が脱線し過ぎているような……もどせるかな…