第103話 蝕む存在
リーナに案内されたのは、前にも来たことがある学園長室。
リーナが扉を開けて、私を中へと誘った。
「あ、来たわね」
部屋にはマリアとマルティエナさんだけがいた。
あれ、ロビン達は?
「ロビン達は今ダンジョンにいるわ」
私がキョロキョロしていたからなのか、マリアが教えてくれた。
「なんで?」
「確認作業みたいなものね。一応学園生を救出することはできたけど、ダンジョンがちゃんと戻ってるかまだハッキリしてないからね」
なるほど。だから男3人で行ったのね。
「でも、なんで私を呼んだの?」
「…フィリアには、話しておいたほうがいいと思って」
うん、分かってたよ。何を話すために呼んだのか。
「そうなんだ。で、何を話すの?」
すると、マルティエナさんが私の前に出てきて……なんといきなり土下座してきた。
「え!?マ、マルティエナさん!?」
「ごめんなさい…ほんとにごめんなさい…」
ブツブツと謝りだす。いや、何に対して謝っているのか大体想像がつくんだけれど、さすがにいきなり謝られるのは困る!
「マルティエナさん、何に謝っているんですか?」
分かっていても、言わない。これはマルティエナさんが直接言うことだから。
……あれ?……なにこれ……あ、でも……だから……なるほどね。ちょっと後で翡翠、手伝って。
『うん?………あ、分かった』
「……実は、ダンジョンを使って生徒を危険な目に合わせたのは、私なの」
翡翠を使えばなんとか……かなり引っ付いているけど、いけるはず。
「だから、ごめんなさい…謝っても許されることじゃないのは分かってるけど…」
「ええ、許しません」
私がバッサリとそう言うと、マルティエナさんが目を見開いた。
ちょっとド直球すぎたか。
「許しませんよ。もちろん」
私は翡翠を取り出す。
「フィリア!?」
マリアが慌てて私を止めようと動くけど、妨害させてもらう。
もちろんリーナのほうも。
「フィリア!?なにをするの!?」
「フィリアちゃん!?」
結界で阻まれて、マリアとリーナはこちらに来れない。
「そう……それが私の受ける罰なら…」
マルティエナさんは目をつぶり、抵抗する様子はない。
罰、ね……
「さようなら」
私は翡翠をマルティエナさんの胸に突き刺した。
「………あ、あれ?」
「目が覚めましたか?」
マルティエナさんが目を覚ます。
「なんで…私…」
マルティエナさんが自分の胸を見る。そう、確かに翡翠によって刺されたはずだ。だが、マルティエナさんの胸には傷跡ひとつ、いや、血一滴の跡すらない。
「どういうこと……?」
「簡単なことです。刺していないからですよ」
私がそう言うと、さらにマルティエナさんが困惑の表情を浮かべる。
「マルティエナ!」
おっと。マリアが私の結界を破って入ってきた。
うーん、さすがだね。私の結界を破るなんて。
「フィリア……どういうことなの」
マリアが怒りを滲ませた声をだす。ちょっと怖いな。
「厄介なモノが引っ付いてたからね。それを刺しただけだよ」
「厄介なモノ……?」
「これだよ」
私は翡翠の剣先に刺さっているモノをマリアに見せる。
剣先に刺さっているのは、液体とも固体とも言えない物体。赤や黒、紫といった色が渦巻いている。
「これ……なに?」
「うーん、言葉でいい表すのは難しいんだけど…呪い、もしくは毒みたいなものかな」
「呪い…毒?」
マルティエナさん、リーナ、マリア、その全員が理解できないと言いたげな顔をする。
「そう。マルティエナさんはこれに寄生……取り憑かれてたの」
「マルティエナが?取り憑かれてたって……」
「これの効果としては、精神…判断力、思考力とかが、どんどん蝕まれていくの。まるで…そう、遅延性の毒のように、ね」
「判断力…思考力…」
まぁそれだけじゃないんだけどね。とりあえず今はそれだけ言っておく。
これは言わば、あの禍々しい魔力の塊のようなものだ。
どうやらマルティエナさんは、これにかなり長く取り憑かれていたみたい。多分、私が初めて会った時から。
なんで今それが取り憑いていたことを見つけられたかっていうと……なんというか、黒っぽい塊が見えたのよね。
おそらくマルティエナさんが乗っ取られたことで、この塊が増大し、見つけることができたんだと思う。
で、見えたら鑑定できちゃって、それで取ったほうがいいって思ったのよね。
ゝ#Σの塊:■$#の力の塊。時間が経つにつれ精神、そして体を蝕み、やがて■$#のЩФとなる。
もうね……何書いてんの?って思ったよ。文字化けばっかりで。
ただ、■$#の力っていうのを見た記憶があった。
……そう、あのコルギアスの魔剣の説明文だよ。あれにも同じ文字化けがあった。だから翡翠でなんとかできるって思ったのよね。
『それに私は切れないしね』
そう、翡翠は人を切る事が出来ない。あの魔剣男のように、魔力に呑まれてる人なら例外だけど。
まぁいわゆる誓約だ。神器が望まれない使い方をされないための。
だからこそ、私は迷いなくマルティエナさんを刺した。
もしマルティエナさんが魔剣男と同じ存在になっていたなら、もうここにマルティエナさんはいなかったはずだ。
でも、無事だった。つまり、マルティエナさんはまだ蝕まれていなかったということになる。手遅れになる前でよかった。
「マルティエナ、体調は?」
「うん?大丈夫だよ。それよりなんだか……頭がスッキリした?感じだよ」
「そう……でもフィリア、言って欲しかったわ。いきなりやることないじゃない」
「…でももし私がマルティエナさんを刺すって言って、ママは賛成した?」
「それは……」
マリアが口篭る。死なないと分かっていても、止めただろう。
まぁそれは建前で、単純に説明するのが面倒だったからなんだけどね。
『主……』
い、言わなきゃバレない!
『…はぁ。じゃあコレ、燃やすよ?』
そうして。
翡翠が青白い炎を纏う。
「フィリア!?」
「大丈夫。燃やしてるだけだから」
あっという間に塊は消えた。これでもう大丈夫。
「ほんと驚いたわよ……でもフィリアちゃん、その剣?なに?」
「えぇっと……貰いました」
「貰った?誰に?」
「……名も知らぬ誰かに」
うん!無理があるよね!明らかに疑いの目を向けられる。
マリアは誰から貰ったのか予想できてるみたい。
「お願い。聞かないで」
「……言えないの?」
「言えないというか言いたくないというか…」
ママ!助けて!
「リーナ。そのくらいにしといてあげて」
「でも、マリアも気にならないの?」
「気になるけど、フィリアが言いたくないのには理由があるはずだし」
ナイス!
「…分かったわ。これ以上は聞かない」
良かった…一瞬教えてもいいかなって思ったんだけど、リーナの本性が…その…ね。なんか身体中調べられそうで怖い。
「とりあえずマルティエナ、立って。説明しなきゃでしょ?」
「あ……うん、分かった」
説明……あぁ。理由か。
「フィリアも座って」
「分かった」
私はマリアに勧められるまま、ソファへと座り、マルティエナさんの言葉を待った。