三題噺第2弾「土」「洗濯機」「きれいな記憶」
あれは、僕が小学生低学年か、保育園に通っていた時だろうか。
恋という感情に気が付かない少年の思い出を語ろうと思う。
この話は、きれいな記憶の片隅に押しとどめておこう。
あの人に迷惑がかからないように。
緑が生い茂る街中に、ポツンと立っている人の影……。
「おーい、だれかたすけてよーー!」
僕は、側溝に足を取られて、身動きが取れないでいた。
「こわいよ……。いたいよ……」
側溝に落ちた時に、足を擦りむいて血が出ているようだった。
ここは相当な田舎なので、周りに人が通ることはほとんどない。
それでも、僕は叫び続けた。
「たすけてーー!!」
どれくらい時間が経っただろうか。
あんなに明るかった風景は、いつのまにか常闇に落ちていっている。
僕は誰かの背中におんぶされていることに気がついた。
「あれっ。あなたはだれなの? ぼくをたすけてくれたの?」
「そうだよー。私はどこかから『たすけてー!』って言ってるのが聞こえてきたから、声の方向を探していたら、君が側溝に足を取られて身動きできないでいるじゃない。こんなところに幼い君が一人でいるなんて、ちょっとビックリしちゃった」
「うぅ……、うぇぇぇっぇっぇぇぇぇぇぇんんんん」
僕は安心したのか大泣きしてしまった。
「よしよーし。お姉さんがあなたを家まで送ってあげるからねー。だからもう、泣かないの! 男の子でしょ!」
「う……う、うん……。ありがと、お姉さん!」
改めて思うと、この時の僕は、この人に恋に落ちていたのだと思う。
でも、幼い僕はその感情に気が付かないでいた。
後から聞いた話だけど、僕は疲れ果て、太陽が地平線に落ちる前に眠ってしまったらしい。
本当にあの人はずるい。こんな言葉をかけてくるのだから。
「実は私、あなたが側溝に落ちた時から見ていたわ。すぐに助けようと思ったのだけれど、このまま眺めて、あなたがどういう反応を取るか見てみたくなってしまったの。ごめんなさいねw」
普通、そんなこと思うのだろうか。しかも、笑いながら『ごめんなさい』だなんて、なんて酷い人なんだ!
だから助けてもらっておいた身分だけれども、あの人のことが大嫌いになった!
でも、あの時……、背中におぶさって眠っていた時、あの人は何か呟いていたような……。
もう、いいか。あんな意地悪お姉さんなことなんて。どうせもう会うことなんてないんだから。
「ゆうくん、ゆうくんがもう少し私と同い年だったら、よかったのにね……。家に着いたら、土で汚れた服を洗濯機に出して、お風呂に入って、身体を温めなきゃね」