第77話 その後(1)
「お父様と何かあったのでしょうか?」
王都に用意されたセンテンシア領用の別荘の豪華なお屋敷で、ぐったりしていればレティに話しかけられた。
結局ダンジョン帰還から、レティ達と再会したりいろいろあったけれど。
ダンジョン攻略のパレードやレティの聖女就任式やらなにやら諸々の行事があるためまだ王都に滞在してたりする。
「え!?な、なんでそう思うのかな!?」
私が慌てて聞けば
「紗良は態度にでやすいです。
紗良は憶えていないかもしれませんが3年も一緒に旅をしていたのですから。
見ていればわかりますよ?」
と、レティがにっこり笑う。
うん、そうだ前世で3年ずっと一緒に旅をしていたらしいから、行動パターンは読まれてるっぽい。
「あーー、うん、いや、避けてるわけじゃないんだけど。
こうなんていうか、カルロさんが積極的すぎて、恥ずかしくてどうやって対応していいかわからないっていうか」
もう一緒に行動していると、イケメンすぎて辛いのだ。
疲れたと椅子に座ろうとすればさり気なく椅子を引いて座りやすくしてくれたり。
ちょっと髪型をいじったりすれば似合うよ。可愛いとか言ってくれたり。
イチャイチャしたいなーとぼんやり思っていれば後ろから抱きしめて好きだと言ってくれたり。
王子がこちらをからかってくれば、紗良は私の恋人ですよ?とキラキラオーラを放ちながら凄んでみたり。
英国紳士か!!レディファーストか!!
と、突っ込みたくなるような程の気がききすぎて逆につらい。
全部、嬉しい。本当に嬉しいのだけれど。
「彼氏居なかった歴の長い私には幸せすぎて刺激が強すぎる」
と、レティに言えば
「紗良は押しには弱いですものね」
クスクス笑われる。
「だって、免疫ないんだもん仕方ないじゃん」
「それもあるかもしれないですけれど。
紗良は人にしてあげる事ばかりに気を使っていて、逆に何かしてもらう事に慣れてないように見えます。
確かにお父様もやりすぎな部分もありますけれど、貴族ではあれくらいは当たり前ですよ?」
「そ、そうなの!?」
「身の回りの世話も、男性がエスコートしてくれるのも上流貴族では当たり前ですけれど……。
センテンシア領は貧しかったですからね」
と、レティがほぅっとため息をついた。
そのせいで苦労したレティとしてはいろいろ思うところがあるのだろう。
確かに自分のことは自分でやっていて、着替えるときとか身の回りを世話してくれるメイドさんはいなかった。
恐らく、平民として一人でやっていけるようにと敢えて身の回りの世話をしてくれるメイドをつけなかったのだろうけれど。
後に貴族として暮らすのが決まってから、カルロさんがつけてくれようとしたけれど、今更着替えを手伝ってもらう年齢じゃないと断った気がする。
もう結構前の事なのでうろ覚えだけど。
などと考えていれば
「紗良の気持ちもよくわかりますけれど、ああ見えてお父様もナイーブなところがありますから。
逃げるのはやめてあげてくださいね?
今頃誰も見てないところでいじけてますよきっと」
と、ウィンクするレティ。
そう言えば、セクターさんに抱っこを先をこされた時とかよくいじけてたっけ。
最近はイケメンオーラが凄すぎて忘れてたけど。
そうだよね。ちゃんと言わなくちゃ。
カルロさんとしては貴族として当然の事をしているのに、エスコートされ慣れてないって理由だけで苦手意識を感じて逃げられたのでは傷つけてしまう。
昔。
まだレティだったとき、いつ自分が消えるのか物凄く不安で押しつぶされそうで、そんな時ずっと居てくれたのがカルロさんだった。
一人悩む私に、「価値観の違いを話し合わないまま、放置してしまってはお互いすれ違う事になる。違うかい?」と、優しく声をかけてくれて。
私が私じゃなくなっちゃうかも!と泣いて意味不明な説明をしても、ちゃんと黙って聞いててくれて、頷いてくれた。
あの時誓ったはずだ。
ちゃんと言わなきゃ伝わらない。
……でも、なんて説明したらいいんだろう。
イケメンすぎて逆に辛い!
をうまく説明する言葉が浮かばない。
こう、ソフトにマイルドに、積極的すぎてつらいと説明する言葉はあるのだろうか。
私ははぁっとため息をつくのだった。
■□■
「随分機嫌が悪いようだね?」
レティの聖女就任の式典の準備中。
王子にカルロは話しかけられた。
物凄い満面な笑みを浮かべる王子にカルロは苦笑いを浮かべ
「そのような事はありませんが」
と、毅然と答えれば
「そうかい?それならいいのだけれど」
王子が含みのある笑みを浮かべそのまま去っていく。
大方この王子の事だから、カルロが紗良に避けられているのは気づいているのだろう。
だからこそからかうために嬉しそうに声をかけてきたのだ。
今思えば彼女をもう失いたくない一心から気持ちが焦りすぎていた。
前世を思い出してから、彼女に全く気持ちを伝えられないまま、命を落としたあの無念さを二度と味わいたくないと自分の気持ちばかりを彼女に押し付けてしまっていた気がする。
気持ちがまったく通じなかった前世の紗良ばかりを見ていて、恥ずかしがりやだった娘時代の彼女をまったく見てやれていなかった。
もっとゆっくりと距離を縮めていかなければいけないはずだったのに。
自分は性急に距離を縮めようとしてしまい、避けられてしまう結果を招いたわけで。
二度と会えないと絶望していたところでの再会で、気持ちが浮かれてしまった部分が大きいのかもしれない。
前世の常に自分の前を颯爽と歩いていた紗良も。
自分を失いたくないと常に不安で泣いてカルロに甘えていた紗良も。
どちらも嘘偽りなく彼女なのだ。
前世の紗良ばかり追いかけていては、今の彼女に失礼だ。
前世で気持ちが全く通じなかったのは……結局彼女の強い部分しか見てなかったからなのだろう。
本当はさみしがりやで、臆病な部分もあるのに、常にレティを慰めて、周りを守り、戦っていた紗良は無理をしていたのかもしれない。
彼女は甘え方を知らないだけだったのだ。
だからこそ、娘となってカルロに頼る事によって初めて気持ちが通じあえた。
前世のカルロに足りなかったのは、彼女のか弱い部分を気づいてあげられなかったこと。
甘えたい気持ちを封印して気丈に振舞っていた彼女しか見ていなかった。
ちゃんと見守ってあげられる立場にならないと。
謝らなければいけないのはわかっている。
だが何と説明して謝ればいいのだろう。
本当は君は弱いから自分が守るなどという言葉はたぶん彼女は望んでもいないだろう。
それとなく頼ってもらえるように、気持ちを伝えなければいけない。
でなければ全力で逃げていくのが紗良という女性なのだから。
親の立場より恋人の立場はずっと難しい。
カルロは大きくため息をつくのだった。











