第71話 レティとカルロ
「本当にレティはここに残るのかい?」
王宮の庭園で。
カルロは娘のレティに問う。
綺麗な白のドレスを身にまとったレティは優雅に微笑んだ。
「はい。
センテンシア領には私の居場所はありませんから。
皆が知っているレティは紗良です。
私は彼女のようにはなれません。
だから、レティを誰も知らない場所で一からやり直したいと思います」
「……そうか。
父親として何一つ力になれなくてすまない」
カルロがレティの手をとれば、レティはフフッと笑って
「お父様が生きていてくれただけで、嬉しいです。
こうして普通に話せるだけで夢のよう」
そう言って微笑む。その笑顔は貴族の優雅さと気品を兼ね備えていて、同じ笑顔なのに魂が違うというだけでこれほど変わるのかとカルロは無意識に紗良と比べてしまっていることを自覚して、慌てて想いを振り払った。
心の中で比べるのは――帰ってきたレティに対して失礼だ。
彼女は3歳で人間関係など築く事なく転移してしまった。
戻ってきても周りが知るレティは紗良で、本来のレティを誰も知らないという心細い状況なのだから。
彼女がセンテンシア領に戻らず、王城でもなく神殿で働きたいと申し出たのもそのためだろう。
娘に何もしてあげられないことを心苦しく思うが、レナルド王子が聖女であるレティ用にと神殿を用意しているのだ。
レティはそこで新たな人間関係を作っていける。
もちろん無償の善意でしてくれてるわけではない。
王都の精霊王が不在の今、王都の存在意義すら問われかねない状況で聖女レティを自分の庇護下に置くことで王位を絶対のものにしたいのだろう。
レナルド王子の下心をレティも十分理解していた。
王子自ら自己申告してきたのだから。
けれど、もしレティが断れば、この国は王位争いや他国に攻め込まれてしまう状況になりかねない。
紗良が命懸けで守ったこの世界の平和。
レティの仕事はその平和を守ること。
レティは思い出す。
このまま川に飛び込めば楽になれるかと橋から景色を見下ろしていたところに、慌てて背後から抱きついてきた紗良の事。
必死に自殺はダメだと説得してくれる紗良の優しさが嬉しくて、大泣きしてしまった自分を抱きしめてくれた。
いつもなら、ゲオルグ王子とマリエッテに断罪されるシーンで過去を思い出していたのに、何故かその時だけはそれよりもはやく記憶を思い出した。
だから、クミに謝りたくて、学園で彼女が入学してくるのをずっと待っていたけれど、彼女が学園に姿を現さなかった時、どれほど絶望しただろう。
何故かクミは存在そのものがなかったことになっていたのだ。
自分はやはりマリエッテに断罪される未来しかないと絶望していた所に優しい言葉をかけてくれたのが、紗良だった。
彼女は自分が諦めるような事もまっすぐに取り組んでいって。
ループの秘密とそして世界の真相に行き着いた。
そして今――本当に世界を救ってしまったのだ。
彼女の努力に自分が報いなければ、彼女に顔向けできない。
それに――
「紗良が覚悟を決めて聖女になったのに私がそれを投げ出したら、紗良が帰ってきたとき顔向けできませんもの」
と、レティは微笑んだ。
「……レティ。もう彼女は………」
カルロが何か言おうとするのをレティは人差し指をカルロの唇にあてて遮る。
「約束をしましたから。紗良と。
彼女は絶対戻ってきます」
「……約束?」
カルロが不思議そうに聞けば
「はい。マリエッテの死刑前に一緒にざまぁしようって。
だから絶対戻ってきます」
キリッというレティの言葉に、カルロはしばし固まった。
恐らくレティを元気づけるために言ったのだろうが……
「……彼女らしいね」
今にも誇らしい顔で胸をはる紗良を思い浮かべてカルロは思わず頬をほころばす。
「そうですね。きっと戻ってきます。
だから頑張ってくださいね!私も応援しますから!」
「……頑張る?」
カルロが聞けばレティはにっこり微笑んで
「紗良が私の義母になってくれるなら嬉しいですから!
今度こそちゃんと想いを伝えないと!」
「今度こそ?」
「……あ、ごめんなさい。
お父様は憶えていらっしゃらないのですね。
ループ前の記憶を」
「え?」
レティの意外な言葉にカルロが思わず聞き返せば、レティの身体がぽぅっと光りだす。
「え?……この力はクロシュテイム様?」
本来なら力が戻るまで聖女のレティの身体の中で眠らせているクロシュテイムの力が反応し、カルロの身体を包みこんだ。
眩い光がカルロにまとわりつき、逃げようとしても身体が動かない。
「なっ!??」
「お父様っ!!!!」
レティの悲鳴のような声とともに。
カルロの中に何かが入り込んでくるのだった。











