第65話 こんなはずじゃなかった
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかった。
馬車を走らせながらマリエッテが呪文のように唱えた。
まさかレティが精霊王達を従えているなんて夢にも思っていなかったのだ。
もう勝ち目はない。
魔術師に頼んで身を守ってもらうこと位しかできないだろう。
魔術師からは自分には何があっても接触するなと言われていたがもうそれどころじゃない。
聖女であるレティを陥れようとしたマリエッテに待つのはギロチンのみだ。
今逃げなければ殺される。
晩餐会が終わるよりはやく王宮から抜け出して、マリエッテはひたすら馬車を走らせていた。
王都の外れにあるロクシャルドの森へ。
そこにはあの魔術師シャルディスの隠れ家があるはずだ。
もちろん――レティの挑発が罠である可能性が高いのは分かっていた。
自分からシャルディスの居場所を探るために挑発してきた可能性も。
それでもマリエッテには逃げるしか手段が残されていなかった。
荒神化の手段をもつシャルディスにかけるしかない。
捕まればかつてクミに捕まった時と同じように惨めたらしく裁判にかけられ死刑を待つだけになってしまう。
はやく、はやく――。
マリエッテは祈りながら馬車を走らせるのだった。
■□■
『あっさり挑発にのったな』
マリエッテを追いかけながら鳳凰姿の炎の精霊王様が呟いた。
『我らが相手となればそれしか頼る術がないのだろう。
あの小娘などどうでもいい。
問題はシャルディスの方だ。
シャルディスが大人しく王都に潜んでいるのはダンジョン探索で開かれる儀式で各国から加護持ちの人間が王都に集まるのを待っているからだ。
加護持ちの力を吸い取り、我らに挑む算段だったのだろう。
だが、我らが王都に出向いてやったのだ。シャルディスもこちらの挑発に乗るだろう。
既にマリエッテとかいう小娘の視線を通じて、我らが出てきた事を知ったはずだ』
今度は氷の精霊王ルヴァイス様。
背中には私とカルロさんが乗っている。
『シャルディスは仕掛けてくるでしょうか』
黒豹のニーナ様。
ニーナ様の背にはミレイユが乗っている。
『仕掛けてくるだろう。あちらもループの術を発動させるのにタイムリミットが迫っている』
『倒そう倒そう!』
『何度も私たちを贄にしたの許せない!』
プンスカと小鳥姿になったハルナとサリナ。
『恐らく切り札の荒神化でくるでしょう。
時と空間の精霊王を荒神化させてきます。
今度の荒神は精霊王がベースです。大きさは以前とは比べ物になりません。
人間の都市など一飲みできる大きさでしょう』
かなり絶望的な事をいうニーナ様。
『それってかなりやばくないですか?』
私が思わず聞けば
『だろうな。
放っておけば世界は滅びる。
だからこそ我らが行くのだろう?
切り札はお主なのだ。
頼むぞ』
炎の精霊王様がわたしに語りかけた。
そう――荒神をなんとか出来るのは私だけ。
精霊王様達が時と空間の精霊王様の残した残留思念からかなりの情報を読み取った。
何故ループがおきるのか。
そして隠された真実を。
ゲームでは荒神に呑み込まれて時間がたちすぎて甦れなかった精霊王様達。
彼らは荒神の中で消滅したわけじゃない。
時間ループの生贄として捧げられたのだ。
シャルディスに。
けれど現在の歴史ではシャルディスは精霊王様たちの力を手に入れていない。
荒神を私が倒してしまったから。
よってまだループの術は発動できないでいるのだ。
だから、シャルディスもまた私たちと戦うしかない。
彼は絶対に時間をループさせなければいけない理由がある。
なぜならもうシャルディスは人間ではない。
ハルナとサリナを恨むがあまり、秘術で邪神を呼び込んでしまったのだ。
彼は精霊王様よりも弱いが神様の端くれという中途半端な邪神を自らに呑み込んでしまった存在。
ほぼその邪神に心を乗っ取られている。
邪神は神々に逆らった邪な神。
本来なら神に罰せられすぐにでも消滅させられてしまう存在なのだが。
シャルディスが死にたいがために自らの身体に召喚したため、神々の審判から逃れてしまった。
邪神はこの世界に結界をはり永遠に時間をループさせることによって神々が手を出せない状態へとしてしまったのだ。
今この歪んだ状態は全て邪神が仕組んだ事。
自らが神から逃れるために時間をループさせて他の世界から隔離した。
そしてそれをずっと繰り返している。
そうしなければ神々が邪神を殺しにくるから。
邪神は世界がどうなっていようが知ったことでない。ただループができればそれでいいのだ。
そしてなぜ私が呼ばれたか。
世界が他の世界から隔離されてしまったせいで本来の主人公ちゃんのクミの魂が滅んでしまったから。
本来の日本に戻れないのに何度も不安定な仮初めの日本とループを繰り返されてしまったため消滅してしまったのである。
もともと私とクミの住んでいた世界と、この世界では創造神が違う。
それゆえループの秘術という禁呪で世界に歪みが生じ戻れぬ日本の代わりに仮初めの日本が出来たと精霊王様は言っていた。
不安定な世界と、この世界を魂がいったり来たりしているうちに、魂が耐えられなくなり消滅した。
魂が消滅してしまって本来なら異世界転移してくるはずのクミが居ない。
そのクミの存在を補うために新たに異世界から私が呼ばれてしまった――それが時空の精霊王クロシュテイムの説明だった。
そしてこの歪な世界を元に戻せるのも、クミの消滅してしまった今、私しかいない。
決意を新たに私が前を見つめれば、カルロさんが私を引き寄せて微笑んでくれる。
そう、このぬくもりを失いたくなんてない。
チャンスは一回。
そのためにマリエッテを煽って、こちらもわざと罠にはまったのだ。
狐とたぬきのばかしあい。
どちらが上手かでこの勝負は決まる。
私たちが森を走っていれば。
ぐががががががが。
突然空気が悲鳴をあげた。
そう表現するしかない
空気が震えたのだ。
『――来ますっ!!!』
黒豹ニーナ様が叫んだその瞬間。
それは現れた。
超巨大なひとつの山のような大きさの荒神様が。











