第62話 本当の名前
プカプカと。
私はカルロさんと空を浮いていた。
真っ白い空間。
よく精霊王様と魂で会話をするときくる場所に似ている。
たぶん同じ空間だろう。
精霊王様と会話する時はだいたい私は日本人の姿で。考えてハタとする。
え、もしかして!?
私は慌てて身体を見れば――大人だった。
スマホゲームをやりつつ寝落ちしたラフ着そのままの格好だ。
その姿のまま私はカルロさんにしがみついていたのだ。
えええええええええええええ!???
ちょちょちょ!?
これ待って!!????
私が思わずカルロさんをガン見すれば
カルロさんも少し呆然とした表情で
「……レティ?」
と聞いてきた。
「え、えっと、うん、……そう」
私がおそるおそる答えれば
「ああ、そうか。無事でよかった」
ホッとした表情で微笑む。
どうしよう美形ばかりのこの世界で私みたいな地味女でカルロさんはがっかりしたかな?
「……美人じゃなくてがっかりした?」
と、つい聞いてしまう。
「え?」
カルロさんが驚いた顔をするので私は慌てて頭をふって
「あ、ごめん。ほら。ゲームの世界ってかっこよかったり美人の人ばかりだから。
私みたいな地味なのが娘でがっかりしたかなーって」
と、フォローになってないフォローを自分で入れてしまう。
うう、テンパリすぎだ自分何を言っているのだろう。
「うん?そんな事はないよ。レティはどんな姿だって可愛いよ」
顔を近づけて歯の浮くようなセリフをさらりと言う。
ああ、もう流石二次元世界のキャラだけあってかっこいいことさらりと言うなぁ。
やばい。マジやばい。
ゲームならこういうセリフを言うタイプのキャラは攻略対象外なのに。
カルロさんが言うとカッコよく聞こえるから困る。
「そ、それはともかく!ここどこかなっ!???」
もう顔が近いのが恥ずかしくて私が慌てて辺を見渡せばいきなり視界が開けた。
急に真っ白だった背景に色が付き一瞬で私たちは移動した。
見覚えのある景色。
値札が壁に掲げられ、メニューのおかれた机が規則正しく置かれ厨房があるそこに。
そう――私の父が経営するラーメン屋だ。
え、なんでここに!?
ざわざわと客達が居る室内にいきなり転移したのだ。
日本の普通のラーメン屋に私たちは突如出現してしまった。
やばい、カルロさんがコスプレの痛い男の人になってしまう!?
と私が慌ててカルロさんを連れていこうとすれば
スルリ
客の一人が私の身体をすり抜けていく。
「これはーー?」
カルロさんが驚きの声をあげ、辺を見渡せば、誰一人私達を気に止める人はなく。
普通に食事をし、会話をしてラーメンを食べている。
もしかして私たちは見えていない?
などと辺りを見回せば
ガシャン。
後ろから食器を床に落としてしまう音が聞こえる。
おそるおそる振り向けばーー
「お父様……それに……」
と驚きの声をあげ、カルロさんを呼ぶ”私”の姿が。
エプロン姿で店を手伝っていたのだろうか。
驚いた表情で私とカルロさんを凝視しているのだ。
もしかして、私と魂を交換したはずの本当のレティ?
私が声をあげ自分に手を伸ばそうとした瞬間――
――時間がない――思い出して――
―― 二人とも ――
また声が聞こえ、再び風のようなものが私たちを包み込む。
私の姿の本当のレティが必死に何か叫んでいるがもう声は聞こえない。
カルロさんが私を抱くその力を強めて離れないようにしてくれる。
せめて、あと少しだけ、レティと会話できれば何かわかるかもしれないのに――。
私は風に逆らって私の身体に入っているレティに手を伸ばす。
その瞬間。
「紗良!」
声が聞こえた。レティの声が。
紗良――そうだ。それが私の本当の名前!!!
名前を聞いたとたん頭の中で何かが弾けるのだった。
■□■
そうだ。
この神殿にきたのは初めてじゃない。
私は以前会っている。
時空の精霊王クロシュテイム様に。
いつ、どこで、誰と?
私が疑問符を浮かべた瞬間、景色がグラリと揺れ、時と空間の精霊王の神殿の最奥部分にワープした。
そして、そこに居たのは大きな白銀の鳥。
精霊王クロシュテイム様。
私たち二人は精霊王様と対峙していた。
でも、隣にいるのはカルロさんじゃない。
私の隣にいたのは16歳くらいのレティだ。
綺麗なドレス姿ではなく、冒険者のような鎧を着込んでいる。
私も鎧姿なところをみると、私たち二人は自力でこの最奥部まで突入してきたのかもしれない。
私が唖然とその光景を見ていれば、精霊王様が口を開く
『もう貴方が召喚された時点で全てが手遅れなのです。
既にシャルディスがルヴァイス達の力を吸収してループの術を発動させてしまっています。
この時間軸でいくら足掻こうともループは止められない。
私たちに逆らう術などない。
ただ運命を受け入れるのみ。
この世界は囚われたのです。抜ける事のできない時間の檻に』
「そんな……今までしてきたことは、私たちはあらがう事すら出来ないのでしょうか!?」
レティがすがるようにクロシュテイム様に問うが、白銀の鳥は静かに頷く
『時間が巻き戻れば記憶をなくす。
転生したさいに少しばかりの記憶を思い出すようにすることは出来ます。
けれど、身体の適応化がその記憶をすぐかき消すでしょう。
この世界の住人である以上、私たちに歴史は変えられない。
それは精霊王達とて同じです。
唯一の希望であるのは異分子である紗良、貴方ですが』
そう言って精霊王様は今ひとつ話の見えていない私に視線を向けた。
『貴方がこの世界に召喚された時点ではもう対処のしようがない。
ループの術は発動してしまっているのです。
そして決まった時間で巻きもどる。
既に貴方もこの世界に囚われてしまった。
貴方もこの世界の住人と同じく永遠にループをしなければいけなくなるということです。
魂はもう本来の日本には戻れず仮初の日本へと戻り、こちらの世界との往復をくりかえす』
そう言って静かに目を伏せた。
どうしようもないと言わんばかりに。
そしてまた景色がかわった。
私と精霊王様とレティは、かつてレティが転魂の術を使ったセンテンシア領の精霊の森の聖剣が突き刺さっていそうな祭壇に来ていた。
3人で祭壇を見つめている。
『……可能性は確かに0ではありませんが、貴方もレティも徐々に記憶がなくなります、成功する確率は0に近い。
そしてもし、失敗すれば、貴方の魂は恐らく消滅します。
それでも本当にやると?』
聞く精霊王様にレティも心配そうにこちらを見ている。
そこで――映像が途切れ私はまた白い空間に放り出された。
ああ、そういう事だったのか。
映像を見た私は理解した。
記憶は思い出してはいないけれど、きっと私はこのあとレティと転魂することを決断するのだろう。
歴史を変えられるのは私だけ。
けれど私がこの世界に召喚される時点でもう精霊王様達の力を使ってループの準備は終わってしまっている。
だからどうしようも出来ない。
なら――レティと魂を交換することで、ルヴァイス様達が荒神に呑み込まれる前に私がこの世界に来て歴史を変えようという話になったのだと思う。
本当に僅かな可能性にかけて。
いやだってほら。
ループなんて巻きもどる時間軸に囚われて魂が消えるか、いちかばちか、ループから脱せられるか問われたら私はループから脱する可能性にかけると思うんだ。
やだよ、永遠にループなんて。
どっちみち魂が消える未来しかないのならいちかばちかにかけた方がいいじゃん。
私がそんなことを考えていれば――
『成程な。
だいたいの事情は飲み込めた。
そろそろ戻るぞ 紗良』
そう言って白い空間でぷかぷか浮かんでるわたしに手を差し出してくれたのは気を失ったカルロさんを背負った精霊王ルヴァイス様だった。











