第17話 食べ物で釣る作戦!
「よーーっしっ!!お菓子を作ろう!!!」
台所でふんっと私は腕を組んで張り切った。
「お嬢様、何故急にそのようなことを」
朝起きるなり私に付き合わされて不服そうなミレイユに私はうふふと微笑んで
「私の世界では精霊王様に美味しいものをあげるとご加護が一杯もらえるの!」
と胸を張る。
そうweb小説とかだと、美味しい日本のご飯で神様もメロメロとかよくあるの見たもん!
私が言えばミレイユがため息をついて
「精霊王様は食事をしませんよ」
と呆れられてしまう。
「えええ!?じゃあご飯で加護を貰っちゃおう作戦はっ!?」
私が言えば
「食い意地が張っているお嬢様じゃないんですからそんなの無理に決まっているでしょう!?
バチあたりにもほどがあります!!
まったく、賢かったり、間抜けだったりお嬢様がよくわかりません」
とミレイユに頭を抱えられてしまう。
むぐぐぐぐ。
そうはいってもここはゲームの世界だもん!?
もしかしたら通用するかもしれないじゃん。
ゲーム中の精霊王様ってどういう扱いだったっかな?
記憶が朧気で思い出せない。
あとでゲームの事を書いた紙を見たほうがいいかも。
「じゃあ、普通にお菓子作る」
私はちょっといじけながらお菓子を作り始めた。
せっかく砂糖があるんだもの。
パパにも美味しいお菓子を作ってあげるんだ。
私はいそいそとアップルパイ作りを始めるのだった。
居合わせた料理長とミレイユに手伝ってもらいながらお菓子を作る。
料理長に手伝ってもらいながら私は何か違和感を覚えた。
時々頭がクラクラしてくる。
風邪でも引いたかな?
レシピは何故か頭の中にあった。
よく家で作っていた記憶がある。
なのに家の事は何一つ思い出せない不思議な感覚。
今の私はどういう状態なのだろう?
日本の知識はあるのに思い出がない。
そして気づく。
……あれ?
前は家の景色くらいは朧気に覚えていたのに。
全く思い出せない。
家の景色もなくなっちゃった。
ブレスレットは効果がないの?
手伝ってもらっている料理長にパイ生地をお願いして、私はため息をついた。
もう私は日本人だった頃の私じゃない。
でも本物のレティでもない。
何だろう。また嫌なモヤモヤしたものが押し寄せてくる。
考えちゃダメ。
それを考えるとまた、不安で押しつぶされるから。
皆が私を受け入れてくれている。
それ以上に大切なものなんてないはず。
それでいいんだ。
うん。きっと。
私はそのままお菓子づくりを続行する。
心の中のモヤモヤを気付かなかったふりをして。
■□■
「うん。美味しい!これをレティが作ったのかい?」
アップルパイをパパにだせば物凄く喜んでくれた。
アップルパイといってもパイ生地にりんごを乗せたなんちゃってアップルパイ。
ちゃんとしたアップルパイには面倒でいつもしてなかったと思う。
食べやすいように食パンを縦に二等分したような大きさの生地にりんごをのせて焼いたんだ。
「料理長に手伝ってもらったからほとんど料理長作だよ」
「そんな事ありませんよ。お嬢様のレシピですから」
私が言えば料理長が横からフォローしてくれる。
「うん。でもすごく美味しいよ。ありがとう。
流石私の娘だ!!」
言ってまた私を持ち上げてキャッキャとくるくる回りだす。
「本当に親馬鹿で」
ミレイユがパイを食べつつため息をついている。
いつもならパパがクルクルしてくれるのは嬉しいはずなのに。
今日はなんだか嬉しくない自分に気づく。
それでも私は嬉しそうに笑ってみせた。
けれどパパにはすぐ嘘笑いがバレたみたいで
「なんだか元気がないけれど大丈夫かい?
もし昨日の結論がでないようなら日数を延ばしてもいいんだよ?」
と心配されちゃう。
そうじゃない。結論はもうでている。
私は精霊王様の加護をもらうんだ。
ずっとずっと皆と一緒で。
みんなと仲良く暮らしたい。
でも私は本当にここにいるべき人間なのかな?
レティでもないのに。
ポロポロと溢れる涙が止まらなくて、私はそのままパパに抱きつくのだった。
■□■
どうしよう。
心が物凄く不安定で。
今にも押しつぶされそうになる。
皆私を受け止めてくれると言っているのに。
その言葉は嘘じゃないと思うのに。
なのに何でこんなに不安なのだろう。
そうだ。
今の私でいられるかすらわからないからだ。
日本の記憶がなくなっちゃったら。
役たたずのお転婆6歳の女の子だけが残る。
それは本当に私なのかな?
1ヶ月後には記憶が全部消えちゃって今の私すら存在が消えているかもしれない。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
不安だけが渦巻いて。
ドロドロドロドロ。
心の中に嫌な気持ちが溶け込んでくる。
助けて助けて助けて。
心の中で叫ぶけれど誰にも声は届かない。
お願い怖い。怖い怖い。
私の本当のパパは誰?ママは一体どこにいるの?
誰か助け―――
「レティっ!!」
そこで、パパに肩をつかまれて目を覚ました。
「パパ……」
「大分うなされていたけど大丈夫かい?」
汗だくになった私をパパが抱きしめてくれる。
「う、うん。怖い夢見てただけ」
そう言って私はパパに抱きついた。
あのまま泣きつかれて寝ちゃったみたい。
パパのぬくもりと匂いに安心し、私はぎゅっとその背を掴む。
大丈夫。大丈夫。
私にはパパがいるんだもの。
「……パパ。
もし、私の記憶が全部消えちゃっても、ずっとパパでいてくれる?」
私が聞けばパパは微笑んで
「当たり前だよ。君はたとえ記憶がなくなっても私の娘だよ」
そう言って背中を撫でてくれるパパは優しくて。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
呪文のように心の中で唱える。
それでも、溢れる涙がとまらない。
「パパあのね。あのね。
ブレスレットをちゃんとつけてるの。
ちゃんとつけてるの。ほら見て!外してないよ?
それなのにどんどん記憶がなくなっていっちゃう。
どうしよう私が私じゃなくなっちゃう」
ぐしぐし泣きながら必死に言葉をつむぐ
「レティ」
「パパ。
私どうなっちゃうの?
このまま今の記憶もなくなっちゃうの?
みんなと過ごした記憶もなくなっちゃう?」
「レティ。明日精霊の森に行こう」
「精霊の森?」
「ああ、精霊王様の加護は呪いや毒などの異常を防いでくれる。
精霊王様の加護があれば、魂の同化も防げるかもしれない」
「ほんと?ほんと?」
「ああ、絶対何とかしてみせる」
パパがぎゅっとしてくれて。
私はそのままワンワン泣いてしまう。
お願い。お願い。
せめて、せめて皆との幸せな時間は忘れないで。
どうか私から私を奪わないで。
私はそのままパパに抱きつくのだった。