第13話 前世の記憶
「じゃあ、何か。
カルロはその後妻に毒で後妻の言うことしか聞かない廃人にされるって事か?」
領地に戻り、館の会議室で皆を集めて一通り本来のレティのこれからの説明をしたところで、セクターさんが呻いた。
「思っていた事とは違いましたね。
私たちはてっきり、新たな国王がこの地を目障りに思い難癖をつけてきて領地が取り潰され、お嬢様と領主様が一緒に処刑されたのかと」
と、ミレイユ。
「しかし、おかしいですね。
なぜ精霊王様と誓約を結んでいるはずのカルロ様がそのような状態にされているのに精霊王様は何もしなかったのでしょう?
誓約を結んでいるはずの御使いが精霊王様のいる領土でそのような状態になれば黙ってはいないはずなのですが」
と、今度はラディウス様。
領主であるパパはこの地の精霊王様と誓約を結んでいるらしい。
領主になるための必要な儀式なのだとか。
誓約は精霊王様のしもべになる代わりにその領地の主となり加護をもらえると聞いている。
なのに状態異常にかかるのはおかしいとのこと。
結局、私はパパに一部を伏せたまま説明したあと、みんなにも説明することになった。
パパが見たという私のメモは私が隠しそびれた一部のメモだけだったから。
伏せた情報というのは元はこの世界はゲームの世界だということ。
流石にこの世界はゲームで現実ではありませんとは説明しにくかった。
なんて説明したらいいのかよくわからなかったんだもん。
「私もレティが知った知識を話しただけですから。
これもレティが真実だと思い込んでいるだけの事かもしれません。
事実は別なのかもしれないです。
だから精霊王様がなぜ、パパを助けなかったかはわかりません」
「……なるほど」
私も、ゲームとして知ってる知識は、主人公のみ。
やられ役であるレティの詳細な事情などゲームであまり語られるはずもなく。
主人公が知ったレティの家の話を少し知っている程度だ。
「なるほどね。貧困から領地が潰れて乗っ取られた。
だからお前さん、塩作りをはじめたわけか」
「はい!そうすれば未来が変えられるかと思って!」
「流石レティだ。君は頭がいい」
と、ニコニコ顔のパパ。
ついいつもの癖で私を抱き上げようとし、そのまま手を止める。
「えっと、抱き上げたら失礼かな?」
「えーっと、パパが嫌じゃなければ……」
と、私。
パパは、ぱぁぁぁぁとバラを咲かせて、そのまま私を抱き上げてきゃっきゃしてる。
中身が違うと知っても親馬鹿を止めるつもりはないみたい。
中身が大人だと知られてしまっているからちょっと恥ずかしいけど、いきなり止められるのもやっぱり寂しいし、凄く嬉しい。
「相変わらず親馬鹿だなお前は」
と、セクターさん。
「しかしその方がよろしいかと。
急に態度を変えたのでは周りに不審に思われます」
と、ラディウス様。
中身の魂が違うとバレると地域によっては悪魔扱いされてしまう可能性があるとかでそのまま父と娘でいることになった。
この世界の宗教はその土地を守る精霊王様を祀る形になっている。
精霊王様の中には最近になって異世界人を敵視している精霊もいるらしく、魂が異世界人とバレた状態でその精霊の地に足を踏み入れてしまえば殺されてしまう可能性もあるとか。
なので中身が違うと知っているのはここにいる4人だけである。
「ところで、お嬢様。
一つお聞きしたいことが」
「はい?」
私がキョトンと見上げれば、ラディウス様は真剣な表情で。
「こちらにくる前の記憶は思い出せますか。
特に家族や身近な人についてです」
ラディウス様に言われてドキリとする。
そう――日本の記憶を思い出した時には覚えていた家族の顔が思い出せないのだ。
「……思い出せません」
「魂が身体と世界に順応して同化しようとしているのかもしれませんね」
「同化?」
「はい。伝説では悪魔のいた時代。
悪魔に身体を乗っ取られないように、身体にも記憶を残し、魂と身体の記憶が一致しなければ魂を迎え入れられないように、神々が術を施したと言われています。
そのため魔術で無理矢理身体と魂を入れ替えた場合。
魂が身体の記憶に適応します」
ラディウス様が真剣な顔で言い
「適応するならいい話じゃないか」
セクターさんが感想を言えば
「いえ、本来のお嬢様が、死ぬのを恐れて魂を入れ替えたのだとしたら、わざわざ異世界人であるお嬢様と身体を入れ替える必要はないはずです。
異世界人との魂の入れ替えなど聞いた事がありません。
この世界の住人と魂を入れ替えるよりも難易度はずっとあがります。
失敗して死ぬ可能性の方が高い。
本来のお嬢様がただ生きるために魂を入れ替えたなら、こちらの世界の住人と魂を入れ替えた方が安全なのです。
ですからここからは推測でしかありません。
それを前提でお聞きください。
まず王都の精霊王様は時空と空間の精霊王様です。
異世界にも影響を与えることができるといわれています。
あの転魂の魔法は過去、第二王子の婚約者の立場だったのを利用して、時と時空の精霊王様の禁呪を手に入れたとみるべきでしょう。
どうやって禁呪を手に入れたか。
何故氷属性のお嬢様が使えたのかは申し訳ありませんが私では解りません。
ですのでそこは置いておきましょう。
ただ、何故3歳という無謀な年齢で禁呪に挑んだか。
これも今のお嬢様と一緒で、ループを思い出した本来のお嬢様も身体の記憶に魂が引き寄せられ幼児化してしまいループの記憶を無くしてしまいだしたため、3歳で実行するしかなかったのだと思います。
問題はなぜ命の危険をおかしてまで、禁呪に手をだし、異世界人との魂の交換を図ったか」
「もしかして……異世界人の魂を呼ぶ事でループを打破しようとした?」
私の問いにラディウス様は頷いた。
本来のレティも、ただ逃げただけじゃないのかもしれない。
本来のレティも記憶をなくしだしたため手紙に書くのを忘れただけで彼女なりに戦っていたのかも。
チラリとパパを見るが私を気にしてか、とくに表情を変えていない。
本当の娘の事は極力言わないように避けている節がある。
「未来を変えるべく、この世界に順応していない今のお嬢様の魂を呼んだのだとしたら。
つまり、いま少しずつ歴史が変わっているのは、今のお嬢様の魂が異界の適応していない、魂。
世界にとっては異分子の魂の存在があるからです」
真剣な顔で言うラディウス様の言葉に私はごくんと唾を呑んだ。
「……つまり、レティがこの世界に完璧に順応した場合」
パパが私を抱き上げたまま固まり。
「世界の力が本来の流れに巻き戻そうと強引に、この領地を滅ぼすかもしれません」
残酷な予想をラディウス様が告げるのだった。
■□■
「――はぁ」
自分のベッドの上で、私はため息をついた。
腕にはめたブレスレットを見つめる。
これは魂が同化するのを防ぐ効果があるらしい。
本来はもっと別の呪いなどの効果を防ぐ効果のブレスレットなのだけれど、魂にも効果があると言われていると説明された。
けれど、定期的に日本にいた時の事を思い出すようにしてほしいと頼まれたのだ。
記憶を思い出してまだそんなにたってない。
なのにこんなに一気に魂の同化が進むと思わなかった。
私が同化しちゃったら――未来がゲーム通りに動きだしてしまうのかもしれないのだ。
性悪女に騙されて、主人公を虐める悪役令嬢になってしまう。
そして、最後は性悪女の罪を全て背負わされ、断罪されてしまうのだ。
絶対絶対、魔法学校にだけは行きたくない。
なんとか、同化する前に、この領地をお金持ちにして、ちょっとやそっとの嫌がらせくらいでは揺るがないようにしておかないと。
パパを操る後妻がきてしまったら、私は子供を生むためだけに第二王子の婚約者にされてしまう。
なんとかそれを防がないと。
一番未来を大きく変えられるとしたら4年後にある王族のダンジョン探索。
新しいダンジョンが国内にできあがり、第一王子がダンジョン探索に乗り出しそこで命を落とすのがゲームの設定。
そのせいで第二王子が王位継承権第一位になってしまう。
第二王子が実権を握れば、私を嫌う彼がこの地に嫌がらせしてこないとも限らない。
だから第一王子の死を防げれば、未来は大きくかわるはず。
私はベッドから起き上がり覚えている限りをつらつらと紙に書き出すのだった。