第10話 日本の記憶
「でも本当によかったのかい」
遊びにきた神殿で魔法で塩を作りながら。グレンお兄ちゃんが聞いてきた。
あれから、グレンお兄ちゃんはミレイユの家の養子となり魔法学園に行けることになった。
「うん。だって考えたのは本当にお兄ちゃんだし」
そう言って私が笑えば、お兄ちゃんは少しハニカミながら
「レティのおかげだよ。
実を言うとね、魔法学園の特待生試験は受けていたんだ。
でも、テストは満点なのに氷魔法という理由だけで断られてね。
氷魔法という属性なのを呪ったよ。
でも、レティが言ってた持っているモノを最大限に生かせるように努力するべきって言葉にその通りだなって」
「グレンお兄ちゃん」
「氷魔法の可能性を気づかせてくれてありがとう。
レティは本当にすごいよ。
これからは氷魔法特有の属性を生かせるような立派な魔法使いになってみせる」
そう言って手を差し出される。
私はその手をそのまま握った。
よくTVや漫画でみる修正力とやらで、無理矢理ゲームの流れに戻ろうとするかもしれないけれど。
少なくとも現時点のグレンお兄ちゃんなら、あんな小悪党になることはないと思う。
嬉しそうに微笑むグレンお兄ちゃんを見つめ――絶対未来を変えよう、と誓うのだった。
■□■
……にしてもこの世界マジ氷魔法不遇だなぁ。
レティを不幸にするためにやった設定なのだろうか。
試験まで氷魔法だからと落とされる程の不遇魔法だとは思わなかった。
氷魔法って普通に強いイメージなのに。
だってダンジョン攻略とかに便利そうじゃない?
わりとRPGとかだと強い部類のはずだけど。
ベッドで足をバタバタさせながら私は考える。
でも塩を自分の領土で作れるようになったのは一つミッションクリアだよね!
ほぼ他人任せだったけれど。
この領土が最初に貧乏に陥るのは、塩が買えなくて特産品のお魚製品を塩漬けとかで売れなくなったからだし。
この調子で貧乏設定さえ潰していけば、パパが身売りしなくてすむ。
パパが薬で廃人にされるとか絶対嫌だ。
大事なパパだもの絶対守らないと。
そこまで考えて、また思考が記憶が戻る前のレティになっていることに気がつく。
何でだろう?
大体私のパパは日本のパパで……。
あれ?
……思い出せない。
日本のパパの事が何一つ。
顔すら思い出せないのだ。
そしてーー自分の日本での名前さえも。
自分の顔も。
ひょっとして私……本当に6歳のレティになろうとしている?
唖然として、ベッドから起き上がるのだった。
■□■
「レティ。ここ最近ご飯をあまり食べていないようだけど大丈夫かい?」
あれから一週間後。パパが私に聞いてきた。
「うん。大丈夫。
今日はミレイユの授業はないはずだからちょっと部屋に行くね」
そう言って私はご飯を食べ終えると、部屋に戻る。
書き留めないと。
今私が憶えている全てを。
だって、そうしないと全部忘れちゃう。
私が私だった証も。
これから起こるはずのゲームの未来も。
もしかして本来のレティもゲームの世界を覆せなかったのは、これが原因なのかもしれない。
忘れてしまったのではないだろうか。
覚えていたはずの未来を。
私も18歳になるまで思い出せなくて、殺される間近に思い出すのかな。
記憶を戻した時に慌てて書き留めた私の知る限りのゲームの知識と現代知識を見てみれば思い出せないものが結構ある。
記憶をなくすペースが思いの外はやい。
このままだとあと1ヶ月もしないうちに本当に日本の記憶をなくして6歳児になってしまうかもしれない。
もう迷ってる暇はない。
ちゃんと大人に話さないと。
この領地が将来乗っ取られて酷い結末がまっていることを。
頭ではわかっている。
でも、私はどうなるの?
中身がレティじゃない私は受け入れてもらえるのだろうか。
レティじゃないのにレティになっていっている自分。
本来の記憶もなくなって、私でもない。そして本当のレティでもない。
私は一体なんなんだろう?
記憶もなくし6歳の幼女になった私が、お前は娘じゃないと放り出されたら生きていける?
大好きなパパに身体を乗っ取った女として憎悪の眼差しで見られてしまうなんて考えるだけでも嫌だ。
怖い。怖い。怖い。
お願い誰か助けて。
ぐしぐしと溢れる涙がとまらない。
気が付けば、紙に怖いと助けて、帰りたいばかり書いている。
もうやだ。戻りたい。
顔も思い出せない本当のパパとママ。
顔は思い出せて側にいるのに本当のパパじゃないパパ。
どっちが私のパパなのだろう。
web小説とかで、異世界転移の転生は魂が身体に引っ張られるとかいう設定はよくあったけど。
記憶までなくしちゃうなんてひどすぎる。
記憶をなくしてしまえば、もう日本人だった本当の私は消えちゃうのだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
お願い助けて。誰か助けて。
私はひたすら、思い出せるだけの日本の記憶を書き記すのだった。