第106話 転魂前 その12
「毒をしみこませたハンカチと手袋を所持していました!」
衛兵の一人が介抱した令嬢からハンカチと手袋をとりだし、クライムが鑑定して頷いた。
「毒を摂取させた犯人は貴公だ。シャーレッテ」
そう言うクライム。
介抱していた白いドレスの令嬢ーーシャーレッテは顔を青くして、「嘘だ、嘘だ」とつぶやいている。
「さぁ今すぐその令嬢をつれていきなさい!!」
貴族の一人が衛兵に命令し、衛兵が立ち去ろうとする。
けれどさせるものか。
「お待ちください!!!」
私は大声で叫んだ。白いドレスの令嬢を連れ出そうとした衛兵やホールにいた人たちの動きがとまる。
「まだです。この事件まだ本当の犯人は捕まっておりません」
「本当の犯人だと?」
「忘れていませんか。まずこの事件はそこにいる令嬢レティシアに罪を着せようと仕組んだものです。ですがいまこの状態で、監査官たちがきたとして、毒を所持していないレティシア嬢を犯人にできると思いですか?ワインに毒が入っていないのも監査官たちが到着したらすぐばれてしまいます」
「何がいいたいのだね?」
いかにも偉そうなジャラジャラと宝石と勲章をつけた白髪の貴族が聞いてくる。
「つまり、犯人の共犯が、レティシア嬢に罪を着せるため、捕まえるどさくさに紛れてレティシア嬢のドレスか何かに毒を忍ばせ、ワインに毒を入れる手はずになっている。
つまり――いまこの会場に毒を所持している人間がいるということですよ」
ざわっ!!!!
私の言葉に会場が一斉にどよめく。
「我々を調べるという気か!?」
「この小僧が!!」
会場が殺気立つ。自分たちが犯人候補から外れていたから黙ってみていたけれど、自分が犯人と疑われる状況は黙っていないということらしい。さすが貴族様。
「いくら何でも私たちを疑うのは失礼ではなくて?」
「大体貴様はだれだ!見たことがないぞ!!」
貴族たちの攻撃がワイワイと私に向かってくる。
「そうです、まず名前を名乗っていただけないかしら?」
貴族たちの攻撃が私に向かったのを見計らって、優しい笑みを浮かべながら問うマリエッテ。貴族たちの避難が私に集中したところで追撃にくるところはさすが腹黒貴族様。やっと本丸登場らしい。
「そもそもこの推理劇自体が仕組まれたものでないと一体だれが証明できるのかしら?
身分の低い者が恩を売って貴族に取り入ろうとすることはよくあること。
貴方自身が犯人でないという証明はどこにもないはずですわ。
それにシャーレッテを脅して貴方がやらせたという可能性が0ではありません」
マリエッテの言葉に会場が鎮まる。
そして、その言葉に複数の貴族が「そうだ、お前は何者だ!」と追随しはじめた。
私とレティを非難する空気が会場にできあがる。
そんなわけないじゃん!!!と突っ込みたくなる推理だが、貴族たちが誰も異論を唱えることなく追随しているところから、自分たちが調べられるのはよほど嫌とみえる。プライド高い。
マリエッテは貴族様の無駄なプライドを利用して、私をこの場から追い出す選択をしたらしい。
こういった場所で必要なのはその場の空気。つじつまなど二の次だったりする。
さすがというかなんというか。場の空気を読むのは上手というか。どうせ私を追い出して、会場を工作してつじつまをあわせて別の犯人を仕立て上げるつもりだろうが……。
ゲームヒーローのクライムが何か言おうとしているところに、わたしは目をあわせて、しっという仕草をする。
その動作にクライムが何か反論しようとした言葉をとめた。
そう、彼も私の真意に気づいたのだ。
マリエッテ、あんたはなんでもできる有能令嬢とでも思い込んでいるようだけど所詮はまだ10代のお嬢様。絶対じゃない事を証明してみせる。
この派手な推理ショーそのものがあんたを追い込むための手段だと思っているなら勘違い甚だしい。
私の狙いは別にある。そしてその狙いは目論見通り。
私が笑みを浮かべると同時――
「おだまりなさい!!」
ざわついたホールに甲高い女性の声が響くのだった。
◆◆◆
「な?」
「私を殺そうとした犯人を捕まえるための協力ができないというのですか?」
「王妃様!?」
そうーー私が待っていたのはこれ。
ワイワイと、私に罵声を浴びていた貴族たちが押し黙った。
無理もない。担架で運ばれ死んだと思われていた王妃様がひょっこりこの場に現れたのだ。
「ご、ご無事だったのですか?」
意外だったようでマリエッテが思わず声をあげた。
「あら?残念だったようねマリエッテ嬢。この方がいてくれて助かりました」
王妃のセリフとともに現れたのは、メリルさん。彼女は大魔導士様としても有名だったりする。普段は森の中でヒキニートをしているがちゃんと名乗り出れば客品して迎え入れられるくらいに有名な大魔導士なのだ。ゲームでもヒロインちゃんを守っていたからね。私はメリルさんが魔法で王妃をこっそり治すために人目を引いただけ。いくらマリエッテあんたでも第三王妃を黙らせることはできないだろう。私は無駄に目立つ推理ショーで王妃が治療している間に、証拠とマリエッテがこの場から立ち去るのを防いだにすぎない。
そして王妃が目覚めた今、この断罪ショーをとめるのは貴方じゃ無理。王妃と大魔導士様相手に発言を止める力はまだマリエッテにはないはず。
さぁ、舞台は整った。おとなしく断罪されてもらいましょうか。マリエッテ。
私はにんまりとした笑みを浮かべた。











