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第105話 転魂前 その11 

「この部屋で【鑑定】で毒が検出できる場所をお伺いしても?」


「先ほどの証言通りだ。毒を飲まされた令嬢が血を吐いた場所のみ。他は見当たらない」


 私の質問にクライムはくいっと眼鏡をあげこたえる。

 私はその答えに満足げに頷いた。


「ほら、そこのお嬢様じゃないでしょう?」


 そしてわざと勝ち誇った顔をして抗議してきた赤のドレスの令嬢に微笑みかける。


「その証言のどこが犯人じゃないというのですかっ!?」


 赤のドレスの令嬢が納得できないといった様子で問い詰めてくる。

 その質問に私はやれやれとため息をつく演技をした。

 答えを言うのは簡単だ。なんたってトリックがアニメ番組でみたトリックそのままなのだから。

 けれど――ここは時間を稼ぐ必要がある。

 私だって何もこんな目立つようなことはしたくない。

 メリルさんに認識があやふやになる魔法をかけてもらっているからいいものを、ぶっちゃけ今この場で「お前誰だよ、どこの貴族だよ!?」と突っ込まれたら、貴族じゃないのがばれて、逮捕で終わってしまう。

 誰かが突っ込んでこない事を祈りつつ私は貴族のふりをしてそのまま話をつづけた。


 なるべく注意をこちらに引き付けないと。

 そしてオーバーに王妃が机に置いたワイングラスを指さした。


「そちらの毒を飲まされた王妃様は苦しそうに、このワイングラスをテーブルに置きました。レティシア嬢が毒をワイングラスに盛ったのだとしたら、そのワイングラスからも毒が検出されないとおかしいのですよ」


「あ……」


 私の言葉に皆、唖然とした表情になり給仕やクライムさんに視線が向いた。


「先ほど言った通りだ。毒が鑑定されるのは王妃が吐いた場所のみ。

 そのワイングラス周辺からも残ったワイングラスからも毒は鑑定されない」


 初めから私の意図を悟っていたのかクライムが会場にいる皆に説明するように答える。


「それにもう一つおかしい箇所がる。

 鑑定で検出される毒はひとたび口にすればすぐに死に至るかなりの猛毒のはず。

 それなのに王妃様がワインを飲み干せた。あの量を飲み干すのはかなり訓練をうけたものでなければ無理だろう。そして飲んだあとに動くことができたのもおかしい」


 そう言ってクライムはくいっと眼鏡をあげた。


「ではなぜ、王妃は死んだというのです!!」


 衛兵の一人が私に詰め寄った。

 広場にいたものの視線がほぼ私に向く。


「簡単な事。毒は別の場所で摂取したからです」


「別の場所?」


「ワインを飲んだ王妃は、よろけながら椅子に座ろうとして介抱されハンカチを渡された」


「……まさか」


「そう、毒が仕込んであったのはそちら――ハンカチです。

 ハンカチに毒をしみこませておいたのでしょう」


「ですが、ではそれならなぜワインを飲んだ時せき込んでいたのですか」


「おそらく、毒ではない何かが混ぜてあるのでしょう。

 多量の塩、または辛み成分、もしくは王妃が苦手なもの。

 どれでもかまいません。毒と鑑定ででないものを混ぜ込んだのでしょう。

 それなら鑑定士の鑑定もすり抜ける事ができます」


 私がそう言いながら鑑定士に視線を向けると、鑑定士は何度もうなずいた。

 おそらく自分たちのせいじゃないと証明されるため必死なのだろう。素直でよろしい。


「さて、先ほどよろけた王妃様を介抱したレディにお聞きしたいのですが……なぜ手袋先ほどとかわっているのですか?」


 私の質問に、その場の視線が、王妃が毒を飲んだ時に介抱した白いドレスの令嬢に集まった。


「……!?」


 令嬢はドレスにあわせたフリル付きの白い手袋をしていたはずなのに、今している手袋にはフリルがない。

 おそらくつけかえたのだろう。

 その様子に私はわざとらしく満足げに微笑んだ。


「答えは簡単ですよ。毒が検出されるからでしょう?」


「わ、私はあの方を介抱したのですよ!?衣服に毒が付くのは当然ではありませんか!!」


「ええ、そうですね。私が観た限り、王妃様が吐いたワインをあなたは介抱したときそのドレスにつけてしまわれた。なのになぜ毒が検出されてないのです?」


 私の問いに介抱した白いドレスの令嬢の動きが止まる。

 そう彼女の白いドレスにはワインがついたシミがある。

 王妃がワインを飲んでむせたときに、ドレスにワインがついたのだろう。

 それなのに、彼女のドレスには毒が検出されないのだ。

 王妃が吐いた血からはたっぷりと毒が検出されるにかかわらずである。


 介抱した時点の嘔吐物には毒が含まれておらず、椅子に座ってから吐いた血だけに毒がある。つまりワインには毒は含まれていない。


「!?」


「おかわりでしょう?

 それこそが、レティ嬢が渡したワイン自体には毒が入っていなかった証拠」


 私の言葉に、取り囲んでいた衛兵と、周りにいた貴族たちがざわめきだす。

 よし、いい雰囲気、とにかくレティが犯人じゃないという風にもっていかないと。

 マリエッテのほうにちらりと視線を向ければ、こちらを物凄い目で睨んでいる。

 けれどここで遮ってしまえば自分に疑惑が向くのは十分理解しているのだろう。

 第三王妃派の貴族もいる以上、マリエッテの権力でこの場を制御できないため表立って反対もできない。


 私は王妃を介抱した白いドレスの令嬢に視線を戻した。


「もし吐いたはずのワインで汚れたドレスからは検出されず、貴方の手袋やハンカチから毒が検出された場合、おかしいとおもいませんか?」


「ち、ちがっ……!?」


 白いドレスの令嬢が一歩たじろぎ、私とレティを取り囲んでいた衛兵たちが白いドレスの令嬢のほうに向きなおった。


「違うのならば手袋を出していただこう。私が鑑定する」


 追随するように眼鏡ヒーロークライムが白いドレスの令嬢に詰め寄った。

 嫌だ嫌だと震える令嬢。


「わ、私は頼まれただけで!!こんなことになるなんて知らなかった!!」


 そう言って白いドレスの令嬢は泣き出した。

 まぁその言葉に嘘はないだろう。この令嬢は王妃のそばにいたことから王妃派。

 狡猾なマリエッテの事だからこの令嬢から足がつくような真似はしないはず。

 どうせまわりまわって何人もの人を迂回してあの令嬢を脅してやらせたに違いない。

 第三王妃は敵が多いと聞く。マリエッテだけが犯人とは限らない。

 たとえ自白剤を使ったとしてもマリエッテのところへはたどりつけないように入念な準備をしてはいるだろう。


 けれど――このまま、マリエッテ無罪になんてするものか。

 レティが学園をやめると言ってから今日の舞踏会までそう時間はなかった。

 完璧には用意はできていないはず。

 たとえあとで権力と金で事実を隠匿されようとも、少なくともこの場ではマリエッテあんたの悪行を明白にしてみせる。


 私がちらりとレティを見ると、レティと目があい微笑んだ。


 毒を盛った犯人と指摘されたときのレティは……悲しみや慌てるというよりもすべてを悟った顔をしていた。絶望よりも、ああ、またかという表情で、ただ無言で一点だけをみつめていた。その姿が泣くよりも痛々しくて、彼女がいかに世界に絶望しているのか伺い知れた。


 待っていてね、レティ。

 やってもいない罪で裁かれる呪縛から、貴方が目を覚ますように、いまここでけりをつけるから。マリエッテなんて怖くない。たんなる小悪党だって証明してみせる。


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