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第103話 転魂前 その9 レティ視点

 

 今日、この舞踏会に出たら、私は自由になれる。

 毎年行われる王族主催の舞踏会にて、レティはドレスに身を包み深呼吸をした。


 いままではマリエッテの取り巻きとして参加していたレティだが今年は対立する第三王妃側の派閥の令嬢達とともに行動をともにしている。


 この舞踏会でレティは第三王妃に忠誠を示す。第三王妃の派閥にはいったと周囲に広めるためにワインを捧げるのだ。

 マリエッテの腹心であるはずのレティの寝返りは社交界に大きな波紋をひろげるだろう。

 社交界におけるマリエッテのダメージははかりしれない。

 この舞踏会が終われば、第三王妃手引きのもと国外へ出られる手はずになっている。

 第三王妃としてもマリエッテを悪女としたてあげるために、レティが悲観して第三王妃にすがり、慈悲深い第三王妃の力を借りて国を逃げたと悲劇を盛った方が都合がいいはず、レティの邪魔をすることもないだろう。心配なのはマリエッテの方だ。

 マリエッテが刺客を差し向けてくるかもしれないため、王城の外には紗良とメリルが控えていてくれるはず。身分証を手に入れたらそのままこの国からでていかないと。


 レティはメリルが念のために身に着けていてくれと言ってくれたネックレスを握りしめる。これを身に着けているとメリル達がレティがどこにいるのか把握できると言っていた。


 早く終わらせて、紗良達と合流しないと。


 ――そう思っていた。


 けれど。


 がちゃん!!!


 レティが給仕から受け取ったワインを第三王妃に捧げ、第三王妃が満足そうにそのワインを飲んだ途端、


「がはっ!!」


 第三王妃がワイングラスをテーブルに置くと喉を押さえてよろけはじめたのだ。


「王妃様!?」


 会場が異変にざわめき、第三王妃の隣に控えていた令嬢がよろけて椅子に座ろうとする第三王妃を介抱する。第三王妃は介抱した令嬢のハンカチをうけとり口を抑えると……


 ごぽっ!!!


 妙な音を立てて第三王妃の口から血があふれ出しその場に倒れる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!???」

「誰か治療師をっ!!!」


 悲鳴と怒号があたりに響き、第三王妃の吐いた血があたり一面に広がっていく。

 レティはその光景をただ立ち尽くして見守るしかなかった。


 何がおきているんだろう?


 レティが渡したワインを飲んだ途端、第三王妃はせき込んで倒れた。

 誰がどう見てもレティの渡したワインが問題だったのは確かなのだ。


「この女が毒をもったのです!!!!」


 第三王妃のとりまきの一人がレティを指さした。

 担架で運ばれる王妃に向けられていた視線が一斉にレティに集まる。


「ワインをあの令嬢に渡す前に鑑定したワインには毒はありませんでした!鑑定人が二人鑑定したので間違いありません!!!」


 自らの潔白を証明したかったのか真っ青になって給仕が叫ぶ。

 その隣では鑑定人が二人頷いていた。

 その言葉に衛兵たちが一斉にレティを取り囲む。


 レティは固まったまま、倒れて担架で運ばれる王妃から視線をマリエッテに映すと彼女は冷たい目でレティの事を見ていた。


(――ああ、やっぱり彼女からは逃れられない)


 レティは毒など仕込んでいない。

 おそらく、マリエッテが何らかの形で給仕から受け取ったワインをレティが第三王妃に渡すまでの間に毒を仕込んだのだろう。


(結局、ループしても私は逆らえない)


 勇気を振り絞って、マリエッテのそばを離れ、敵対する第三王妃側についたはずだったのに、それをマリエッテに逆に利用されてしまった。


 マリエッテは自分の考えなどとっくに見通していたのかもしれない。

 マリエッテは何人もの密偵を雇っているはず、自分の行動など筒抜けだったのだろう。


 このまま第三王妃を殺した罪でレティは父とともにまた裁かれ殺される――。

 王族を殺したのだ。領地の父もただではすまない。

 ループの時と同じく民衆の前で親子ともども断頭台にかけられて死ぬのだろう。


(私が彼女に逆らおうとするなんて愚かな事。敵うはずなんてなかったのに……)


 倒れた王妃とレティを取り囲む衛兵とで混乱する現場をレティはただ他人事のように見ていた。結局何も変わらない、罪状がかわり死期がはやまっただけにすぎない。


「さぁ、同行願おうか!!レティシャ・エル・センテンシア!!」


 衛兵の一人がレティを取り押さえようとした瞬間。


「お待ちください!!彼女は犯人ではありません!!!!」


 会場内に男性の声が響き渡る。


 そしてレティを拘束しようとした衛兵を遮って、まるでレティを守るかのように20代くらいの端正な顔立ちの長い黒髪の貴族が割って入った。


「……え?」


 思いがけない展開にレティが思わず自分を守った男性貴族の顔を見つめると、彼はウィンクして微笑んだ。


 その笑顔が、黒髪の異世界人紗良と重なる。


 ――もしかして紗良?――


 レティが呆然と彼を見つめると、彼は衛兵にくるりと向き直り


「彼女は毒を盛った犯人ではありません」


 そう言って黒髪の貴族は会場に響き渡るように大きな声で叫んだ。


「な、何を言ってるんだ貴様は!!どうみてもその少女しか犯人はいないだろう!?」


 衛兵が黒髪の貴族に手を伸ばすが彼は簡単に払いのけて、笑みを浮かべた。


「あなたこそ何を言っているのですか?現場が雄弁に語っているではありませんか。

 毒を盛った犯人は別にいると。いまそれを証明してみせましょう!!!」


 そう言ってわざと会場に響くよう声をはりあげて言って微笑む貴族の男性の笑みは、顔立ちは全然違うはずなのに「マリエッテにざまぁしてあげるから!!」と力強く微笑んで慰めてくれた紗良が浮かべた笑顔そのままだった。


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