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発動



 つきつけてやろうか、父はおまえを愛してなどいなかったと。おまえを可愛がったのはおまえを作ってしまった罪の意識からだと。

 簡単なことだ。父がおまえから遠ざけた最後の教典をおまえに見せればいい。そこにはおまえを根本から揺さぶる言葉が並んでいる。

 父の偶像も地に堕ちる。


 父はおまえのいる京都の社からその本を勝手に持ち出し、担当していた東京洗足社(せんぞくしゃ)の書庫に隠した。教典第十三巻、1冊は東京のもの、もう1冊は京都のもの、2冊並んで仕舞ってあるんだ。私はそれを確認済みなのだよ。


 父もおまえにだけは恰好をつけたかったとみえる。生身も生身、人より余程生臭い男だった癖に。


 その本をおまえの社へ宅急便させるなんて無粋なことはしない。私の目の前に同じ写本があるのだから、おまえがここに来て、自分の意志で手に取ればいい。自分が見たこともない教典があると知れば、中を開いてみたくなるだろう?

 おまえが27年ぶりにここ恐山の社に来ればいいだけだ。私が教団トップとはいえ、根拠ない命令に従う男じゃない。断れない理由を用意してやるから。


 父は私たちふたりの息子を、神職名を使って「誘導の春堂(しゅんどう)、同調の冬仙(とうせん)」と評した。冬を温かく照らす仙人と呼ばれたおまえは、傷ついた人々のレベルまで降りていってシンクロし、笑顔を向け音楽を届けることで癒す。春の私は言葉を紡ぎながら言霊を重ね良い方向に導く。

 しかし導く先が良い方向かどうかは私の一存にかかっていると思わないか? 

 敢えて悪い方向におまえを仕向けることもできるのだよ。



 さてそろそろ、香炉に火を入れさせてもらおうか。

 これが私の長い導火線の端緒だ。

 

 今この屋敷にいる女性はただひとり、息子彬文の恋人だけだ。二日前に紹介され、逗留中。

 男やもめの息子にどこからか降って湧いて纏わり付いている。氏子どころか信者でも一族でもない四十女だ、理性を鈍らせて淫らに息子にしなだれかかるといい。

 あの女のせいで息子は、神官を辞める、信者でもない、一族との縁切りも考慮中と言い張っている。

 

 私のこのいたずらに彬文は激怒することだろう。彼女は心臓が悪いらしいから。

 表面は冷やかに、言葉と視線の氷の刃を私に突きつけに来る。彼女を守るために私との縁切りを一層固く決意して。

 

 私は「離団したいならせめて信也に後を任せられるようにしろ」と詰め寄るつもりだ。

 彬文が甘えられる相手は信也だけ。変な宗教団体の中核に生まれ落ちてしまったあのふたりは、何も口にせずお互い庇いあって生きてきた。

 信也は説明を受けなくても事情を察して、彬文の恋路を思いやり教団を担うだろう。それができる男なんだ。子供っぽく見えていても、根底で頭はちゃんと働いている。

 幼い頃から彬文のことは大好きで、いつだって心を砕いてきただろう?

 

 分家扱いの信也が京都だけではなく教団全体に認められるためには、祭儀をもう1つ受けなければならない。

 その祭儀及び後の手続きは私のお膝元、ここ恐山でしかできない。

 毛嫌いしている儀式でも、彬文の幸せのためとなればおまえはやって来る。

 それが私の罠だとも知らずに。

 

 表面的には、息子を誑かす女を排除しようとしているように見えるだろう?

 彬文でさえ、私の意図は教団を抜けようとする自分への脅しだと思うだろう?

 私のターゲットは息子でも、その恋人でもない、信也、おまえだよ。



 どちらに転んでも私に損はない。

 信也が再起不能になれば彬文も教団を見捨てることができない。縁切りは踏みとどまるだろう。

 息子は私と信也がいるからこそ、今のうちは任せておける、好きな女に(うつつ)を抜かすこともできると思っている。私が死んで信也が狂えばそれまでだ。教団を続けるにも解体するにも、そんなこと、彬文にしかできない。

 

 神社を心の拠り所にしてくれている信者たち、平安時代からの氏子である親族一同を、「明日神社を閉鎖します」といって路頭に迷わせるわけにはいかない。特に親族は何らかの形で社のネットワークに取り込まれている。雅楽師、音楽教室、呉服商、茶葉商、宮大工、香道、生計(たつき)として多かれ少なかれ依存しているのだから。


 信也が狂わないならそれはそれでいいこととしよう。あれだけの才能だ、乗り越えるならそれでもいい。うちの教団の神官として有用なことに変わりない。


 まがりなりにも弟なのだから、それ程の男であることを認めてやってもいい。

 いや、認めているから潰したいのだろう。

 

 私から父を奪った罪、母を苦しめた罪、生まれてしまった罪を償ってくれるならそれでいい。

 

 うちの教団の考えに合わせて言えば、私は春を冠する土相の男。春は長閑なばかりではない。暖かいかと思えば予期せぬ晩霜(おそじも)が伸び始めた緑を傷めてしまう。

 冬の火相の化身と言われてきた信也でも、焼くことができるのは私の表土だけ、奥底まで焼き尽くすことはできない。霜を纏い冷たく凍りついたこの心を温めることさえも。


 お手並み、拝見といこうか。


兄が弟に対して持っている思いが通じましたでしょうか?

「え~春雄ってこんなに信也が○○○○」と作文してもらえると嬉しいです。


春雄の息子の彬文と信也の仲良し加減は拙作https://ncode.syosetu.com/n7831fa/

「神社の忍者は貴族の末裔」

を見ていただくのがいいかと思います。

もしご興味があれば、ですが。

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