エリスマン亭
「何で、分かるの?」
「心で何か呟く時に出る微弱な振動をキャッチしてるんだよ」
え、この人、宇宙人?
それとも、怪しい宗教の人かしら?
「どっちでもねーけど。 とにかく、社長待ってんだから行くぞ」
私は、無理やり手を引かれて中華街から引き離された。
やって来たのは、坂の上にあるエリスマン亭と呼ばれる建造物だ。
この建物は、白を基調にした西洋建築物で、歴史的価値がある為、取り壊されたものを新たにここに建てたらしい。
元々の持ち主は生糸職人のエリスマン、と呼ばれる人だが、現在は市の所有物とのことだ。
その美しい建物も、今はネズミ色の足場で囲われていて、外観が分からない状況だ。
「と、いうことで、早速始めましょう」
そう切り出したのは、ペンキストリートの社長、叔父野片鱗さん(65)だ。
まだ、現場に出てバリバリ働いているのだから、驚き。
そして、もう一人はさっきの男の人で、名前はイルカ(19)さん。
実は、入社してまだ半年とのことだ。
「浜に打ち上げられて、気付いたら人間になってたんだ。 よろしくな!」
「はあ……」
何言ってんだかよく分からないけど、この人から色々教えてもらわないといけないから仲良くしなきゃね。
家の脇にはバンが止めてあり、ハッチを開けるとペンキの匂いが立ちこめた。
ペンキの缶を持ちながら、私は聞いた。
「そうそえば、兄さんは?」
ドスン、と重たいペンキ缶を置くと、もう一つの缶を床に置いて、イルカが答えた。
「兄さんは現場にゃ出てこねーよ。 使うペンキの色を決めたり、発注かけたりすんのが仕事だからさ」
……そういえば、そんなこと言ってたっけ?
だから、色白で細身だったのか。
それってどっちかってと、私の仕事のような気もするけど……
「人手が足りてないのは現場なんだから、しゃーねーよ。 ぶつくさ言ってないで、はじめっぞ」
イルカにローラーを手渡される。
仕方ないな、という気持ちで、私はエリスマン亭を見上げた。




