Knight's & Magic Side Story03 ドワーフたちの憩いの時
キンキンガンガンガリガリゴッ。オルヴェシウス砦にある工房からは今日も鎚音が絶えず聞こえてくる。
幻晶騎士の整備に飛空船の調整、さらに日々の技術開発と騎操鍛冶師たちの仕事に終わりはない。
「おうい! バト坊いるか!? 荷運びだ、イズモ動かしたいんだがよ」
騒々しい工房によくとおる、野太い声が響く。鍛冶師隊の隊長である親方こと『ダーヴィド・ヘプケン』の呼び出しを聞いて、ガシャガシャと音をたてながら幻晶甲冑が歩いてきた。
「ほうい、皆集めときますよ。いつになります?」
「モノはもう仕上がってる、積み込み終わったらすぐにだ」
そう言って周りを見回したのは『バトソン・テルモネン』。これでも銀鳳騎士団の設立当時から参加している古株なのではあるが、親方からの呼び名はずっとバト坊のまま。本人に気にした様子はない。
彼が人を集めていると団員たちに交じってドワーフ族の女性がやってくる。最近になって銀鳳騎士団に移籍してきた鍛冶師の一人である、『デシレア・ヨーハンソン』であった。
「なぁダーヴィド。荷運びに飛空船出すのはいいとして、どうしてあんたらが乗り込むんだい」
「どうしてってな……。ありゃあ俺たちの船だからよ」
「いやおかしくないかいそれ。古巣でだって動かすのは騎士だったのに。鍛冶師は作るのが仕事だろう?」
言われて親方とバトソンが顔を見合わせた。これまでごく当たり前のことだと思っていたが、言われてみれば珍しいかもしれない。
「そういや王都でも近衛騎士団の人たちが乗ってたね」
「そいつはアレだ。近衛んとこに納入したもんだからよ。ウチのは俺たちが作ったやつで……」
「試験ってならともかく、あんた普段から乗り回してるだろ」
「うっせ、ウチぁ人手不足なんだよ。それに俺たちが作ってんだから、動かすのも俺たちが詳しいんだよ」
「前はそれで戦場まで行ったんだろう? 世話ないね」
よく考えればそうかもしれない。西方諸国の戦場を飛ぶのみならず、さらに魔の森ボキューズ大森海まで向かうことになったのだから。
「確かにちょっとばかし珍しいかもしれねぇ」
「ちょっと……?」
「そのおかげもあって飛空船にゃあ随分と詳しくなったしな! 無駄じゃあねぇって」
苦し紛れの言葉だったが、デシレアははたと手を打っていた。
「そっか、あんたらが飛空船についての資料を作ったんだね。あれは国機研じゃあ『悪魔の書』と呼ばれててね」
「ええー! すごく頑張って書いたのに、どうしてそんな物騒な扱いされてるのさ」
「それはあの本を読んだ者が……読みふけってしまうあまり、空腹で倒れたりしたからさ!」
「自業自得じゃねぇかよ」
「そうなんだけどだって、空を飛ぶ船なんて物語でもあるかないかの代物だよ! それがドンと現れたんだ、鎚を握って生まれた私たちが興味を持たないはずがないだろう!」
「……おう、そりゃあ頑張ったかいがあったぜ?」
フレメヴィーラ王国にもたらされた飛空船技術解説書。それは大西域戦争にて登場した未曽有の飛行兵器、飛空船について詳細を記した冊子だ。
技術的な内容について微に入り細を穿ち記されており、鍛冶師たちの理解を大きく手助けるものであった。この書があったからこそフレメヴィーラ王国では早期に飛空船を生産することができたのであるが――。
「書いてるときは盛り上がったんだよねー。まとめるの凄い大変だったけど」
その正体は銀鳳騎士団鍛冶師隊の落書き帳である。全員が好き勝手極まりなく書いた結果、仕上げを押し付けられたバトソンが発狂しかけたのも今は昔であった。
「そういえば。あんたらは西方諸国で初めて飛空船を見た時ってのはどうだったんだい。やっぱり感動したもの?」
己の中に生まれた感動を思い出して、二人を見回す。彼らの中にも同じ気持ちがあると思って。
「そりゃあ、とんでもねぇことになったと思ったな。墜とさねぇといけねぇし、墜としたら墜としたでバラさねぇといけねぇ」
「案の定、エルが嬉々として墜としまくるし。あれ調べるの大変だったなー……」
だが銀鳳騎士団にとっての感想は、当然のようにズレている。
「なんだいその夢も希望もない! もっとこう、感動とかなかったのかい!?」
「でもさー。どんなにすごいものでも調べて作るのって俺たちだよ?」
「そもそも船飛ばす前に、坊主が槍ぃ飛ばせとか言ってきやがるし」
「ああうん。大変……だったんだね」
どだい最前線にいるのだから仕方がない。ちょこちょこと騎士団長の無茶が挟まっている気がしたが、デシレアは努めて考えないことにした。その間にも親方とバトソンは当時を思い返してゆく。
「飛空船といえば、元はジャロウデクが作ったもんだが。こいつは荒削りだったが悪くない代物だった」
「最初はとにかくいじり倒したねー。源素浮揚器ってすごいよね、わりとなんでも浮くし」
「それで作った一隻目が『ジルバヴェール』だ。こいつ自体はもう残っちゃいないがな」
「イズモの芯にしちゃったからね」
「あれも初めてにしちゃあ上出来の部類だろうが、まぁ慌てた代物だったな」
「あんときは時間なかったからねー。だってのにエルがいろいろ積みたがるから」
「そうだ! 投槍器をこれでもかってほど要求しやがって! 確かにあの化け物竜倒すには必要かも知れねーがよ、限度を考えろってんだ」
「まぁエルだし……」
あの団長は何をしているのだろうか。大西域戦争における銀鳳騎士団の活躍については聞き及んでいるが、その裏で様々な無茶ぶりがあったのである。デシレアはそっと涙をぬぐった。自分もまた無茶ぶりを受ける立場にあることは今はあえて無視しておく。
「飛空船もすごいけど、古巣にいたときはその後の空戦仕様機も驚いたもんさ。みなで必死になって飛空船を作ってる時期なのに、幻晶騎士を飛ばそうなんざ本当に頭のおかしいやつらがいるって思ったよ」
「奇遇だな。坊主が図面持ってきた時には俺もそう思った」
「でも頭がおかしくないとエルじゃないし?」
わりと容赦のない評価だが男たちは深く頷きあっていたのである。そんなにも苦労しているのだろうか。
「頭がおかしいと言えば、イズモだって。なんだいあの馬鹿でかさは」
「ええー! イズモは俺の自信作だよ!」
「へぇ。バトソン、あんたが中心になったのかい」
デシレアは意外そうな表情を浮かべる。銀鳳騎士団旗艦、飛翼母船『イズモ』。国内でも比類ない巨体と高い性能を持つ強力な船だ。てっきり鍛冶師長であるダーヴィドが製造を指揮したのだと思っていたが。
「俺だって、これでもジルバヴェールから携わってるんだぜ? まぁあの頃の親方は飛翔騎士にかかりっきりだったってのもあるけど」
ダーヴィドの評価に隠れがちではあるが、バトソンとて歴戦と言ってもよい経歴を持つ。特に幻晶甲冑や飛空船に関してはダーヴィドよりも得意としているほどだ。
「あれもすごい仕事だったよ。飛空船自体は古巣でもつくってるさ、でもイズモは真似できない」
「イズモは飛空船つうか、空飛ぶ銀鳳騎士団そのものだからな。なんせ幻晶騎士を修理できるだけの設備のっけてる」
「それくらいしないとボキューズにはいけないよね」
「いったいあんたたちはどこを目指してるんだい」
デシレアは溜め息を禁じ得ない。先程から鍛冶師の仕事とは思えないことばかり飛び出してくる。
「目指してるっつうか。坊主が好き放題やるから後を追っかけてたら、ついな」
「果てしない感じだよねー。また色々と仕込んでるし」
「やれやれ、そんな笑いながら言ってちゃあね。あんたらも同類ってこった」
「ほほう。心配しなくともお前にも無茶ぶりは来るぞ。そうだ、銀鳳騎士団に来たからには飛空船くらい動かせねぇとな。今度訓練するか?」
「いや、それは意味がわからない」
この時の会話がきっかけになって後に国機研移籍組を集めての飛空船訓練飛行が計画されようとは、この時のデシレアには知る由もないのであった。