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断罪と復讐  作者: 野渡 敬
自称:優しい犯罪者と優しくない断罪者
6/15

6話






 今日の僕の訪問は、昨日までとは違い正式なものだ。死刑囚に刑の執行日を伝えるのは死刑執行人の役割である。

 廊下を歩くと深い影に足音が反響する。他の牢とは少し離れた場所にある再奥の鉄格子の前で立ち止まると、影がかかっていて深緑に見える瞳がこちらを見上げた。



「ルラ、お前の死刑執行の日取りが決定した」



 陽の光に赤みの混ざり始めた頃。牢に訪れた僕がそう伝えると少女は目を金に輝かせた。



「本当?」


「ああ。執行は明日だ。時間は午前十時。九時に迎えの者が来るから大人しく待っていろ。」


「明日かあ…。」



 眉を下げ、右上に視線を投げた少女の様子に若干の驚きを抱く。喜ぶと思っていたのだが、この反応を見るに純粋に喜べてはいないようだ。



「嬉しくないのか?」


「ん?んー…死んじゃったら君に優しくなる方法を教えられなさそうだなあと思ってね。」



 私も一人でいる間に考えはしたんだけどなかなか、と俯くルラになんだそんなことを気にしているのかと、納得するとともに少し呆れた。思わず細いため息を漏らした僕に、深緑が不服を訴える。



「なにさ、私なりに君のためを思って頭ひねってたのに…。私だってなんとも思わない人のことならわざわざ考えないよっ。」



 ぷいっとそっぽを向いてしまったルラをみて、機嫌をとらなければという謎の使命感が湧き上がった。愛着が湧いている、とでもいうのだろうか。この少女の笑顔を、処刑する前に少しでも多く見ておきたかった。



「悪かったよ、君がそんなに僕のことを考えてくれているとは思わなくてな。」


「君が思ってるより私がロアンのことを好きだって、理解したなら許す。」


「ああ、理解した。僕もルラのことは好きだ。」



 そう言って微笑むとルラがこちらに身を乗り出し、僕の薄水色は再び御機嫌な金色と対面した。大人びた物言いをする子だが、こうしてみると案外ちょろいものだと少し拍子抜けする。



「ふふふっ、私もロアンのこと大好き!愛に時間は関係ないよね!」


「そうだな、僕もそう思う。」



 いつか僕も同じことを思った。あのときはこんなに愛しく思うとは想像もしていなかったが、今となってはこうなって当たり前だったと感じるから不思議だ。










 死刑執行の日取りを伝えに来てくれた処刑人は、仕事は終えたはずだが立ち去らずに鉄格子のすぐ向こうで壁に背を預けて座った。それが嬉しくて、少し茶々を入れたくなった。私は自分で思っていたよりもロアンのことを気に入っているらしい。



「さっきので仕事は終わりでしょ?帰らないの?」


「ルラが帰って良いと言うなら帰るか。」


「あっえ!?やだやだ、もうちょっとここにいてー!」



 ちょっとからかったつもりが、ロアンはすまし顔でそんなことを言って立ち上がろうとする。鉄格子の隙間から両手を出し、腰をあげるため床についた手を掴んで懇願すると、彼はこちらに視線を寄越し目を細めた。実に楽しそうである。



「謀ったな!?」


「お前は案外単純だよな。おかしなことを大人びたことを言う割に騙されやすいというか。」



 おかしなこと。大人びたこと。褒められているのか貶されているのか。いや、貶されてる、貶されてるよなこれ。



「今までよく詐欺に遭わなかったものだな。」


「詐欺に遭ったことはあるけど、騙されたって気づいてから気力で探し出して八つ裂きにした。あ、もちろんその家族もね。」


「…そうか。頑張ったな。」



 少し口元が引き攣っている気もしないでもないが、ロアンは優しげな笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。気持ちいい。頑張ったかいがあった。詐欺に関して初心者で詰めの甘かった赤毛の男に感謝を。

 …と、幸せに浸る脳内で電球が光った。



「あっ。」


「ん?」


「今の君、すっごい優しい。」



 短く声を発した私に頭を撫でてくれる手が止まったのは残念だが、これは伝えなければと口を開いた。頑張ったねと頭を撫でてくれたのだ。これが優しくないはずがない。



「これは優しさの一種だよ、ロアン。皆にそういう気持ちで接していれば優しい人間になれる…かもしれない。」



 声が尻すぼみに小さくなったのは見逃していただきたい。何せ人の感情なんてデリケートで難しい問題なのだ。自信をもって回答するなんて不可能だと、自信をもって言える。

 ロアンは、唇に指を当て数秒考え込んだ後、私の目を見た。



「そうはいっても、ルラ以外に愛情を持てる人間を知らないからやっぱり無理だな。」


「なにそれ!好き!」



 心をときめかせながらも私の脳は冷静に思考を続けていた。確かに、この感情はなかなかに不可解で珍しく、向ける対象はそうそう見つかるものではないのだろう。

 私の彼への愛情が恋愛感情ではないのと同じで、彼の愛情も恋愛のそれとは違うのは分かる。恋愛や家族愛、友情ではない、もっと別の何かなのだ。強いて言うのなら同一視、と言ったところだろうか…。ちょっと違うけど。



「まあ、優しさについてはルラが死んでからでも考えられる。そんなことを話すくらいならもっと別の楽しいことを話したいな。」


「うん、そっか、そうしよう。楽しい話をしよう!」



 楽しい話、と脳内を検索すると、足のない子供に自転車とサッカーボールをプレゼントするサンタが手を振ってきたので、まずはその話をすることにした。








次回、死刑執行です。

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