4話
犯罪者のターン。
人間同士の殺し合いや遺体の表現がありますのでご注意ください。
私の両親は民衆革命の指導者的立ち位置の人間であった。
「おい、待て。」
「なにさー、人が過去を語り始めようっていうのに邪魔しないでくださいよ。」
今日も今日とて処刑人の彼は朝から私の牢までやってきた。昨日も今日も処刑の予定が無かったらしい。まさか暇なんだろうか。いやいやいや。いやまさかね。
昨日は相手の過去の話を聞いたのだから今日は自分が話す番だと思い語り始めたところに、早速邪魔が入った。
まだ午前の早い時間、昇り始めた陽の光が淡く差し、横にゆるく結ばれだ彼のクリーム色の髪が白銀に輝いて見える。
「革命の民衆側の代表者はライアスという夫婦だったがまさか…」
「まあ私の両親ってことで間違いないでしょうね。」
私が表情を変えずそう言い放つと、彼は水面を描いたような目を見開いた。
「じゃあお前は、アレンの妹か…?」
「ああ、兄さんは生きてるんだね。知り合いなの?」
思いがけず懐かしい名前を聞き、笑顔がこぼれる。とはいえ、仲が悪かったわけではないものの、兄弟とは名ばかりの関係だった。
両親とともに革命の遂行に全力を尽くしていた兄とは違い、まだ幼く出来ることがなかった私は、実家の裏にあった森を毎日野生児のごとく駆け回っていた。森の植物の中で何が食べられるかはだいたい学んで持ち帰ったし、木々の間を駆けずり回った結果身体能力は大幅に向上した。蛇に襲われたらその首元を引っつかむだけの技術も身についた。
どうでもいいことばかり思い出してしまった気もしないでもないけど、まあそこはそれ。
毎日がその繰り返しだったため、家族とは食事の時以外は顔を合わせることすらなかった。
家族との過去の回想に浸っていると、目の前の色の薄い彼が兄の現在の説明をくれた。
「アレンは今僕の補佐をやってくれている。」
「それはまた大したご身分になっておられるようで。」
「しかし妙だな。」
唇に指を当て目を細める彼に妙とは何のことかと問うと、彼は若干の猜疑を浮かべた目でこちらを見つつ口を開いた。
「妹がいたとは聞いたことがあったが、アレンはお前の名前を知っても何も反応しなかったぞ。」
ああ、つまり、私が本当にライアス夫妻の娘か疑っているというわけだ。
確かに自分の妹の名前も知らない訳が無いから少しおかしく感じられるだろう。それに関しては私に非があるとしか言えない。
「ルラっていうのは私の本当の名前じゃないからね。」
「おい、待て。」
「ちゃんとした名前はメルリア。でも最早人殺しの私は家族に迷惑しかかけないし、実はメっていう発音はあまり好きじゃないからメだけ除いて呼びやすい名前を名乗ってたんだ。」
さっきも耳にしたような制止の声をスルーし、自分が今名乗っている名前について説明する。結局ルラライアスってラ行が三文字続いて呼びにくいけどね、と笑うと薄水色は何とも言えない感情を映した。ちょっと国のお偉いさんに偽名名乗っただけじゃん、何か文句あるか。
だって仕方ない。メルリア・ライアスという名前、知っている人が聞けば、世を震え上がらせた殺人鬼がかの革命における立役者の夫婦の娘と知れてしまう。それは英雄の名誉の為にも、革命後で気が立っていた民衆の精神的安定の為にも、避けた方が良いと思われた。
「ライアスなんてありふれた苗字だし、そこから革命の英雄を連想する人は多分そんなにいないでしょ?」
そう、ライアスという苗字はこの国ではよくある苗字だ。どれくらいよくあるかというと、二十軒あれば一軒はライアスがいる、といわれるほどだ。
…一匹見れば二十匹隠れている、みたいな言い方になってしまった。いや、黒光りするあいつらの場合は二十匹どころじゃなくて百匹はいるらしいけど。
とにかく、両親は既に死んだとはいえその名前に泥を塗るのはなんだか忍びなく感じたり理由はいくつかあるが、勝手に違う名前を名乗ることにしたのだ。
そう、私の両親は革命終焉の熱狂の最中に死んでいった。
革命直後の故郷の状況はそりゃあもうひどいものだった。
帝都から少し離れた田舎町ではあったものの多くの民が革命に参加していた私の故郷は、帝国兵の進軍を回避できるはずもなかった。
故郷を捨てられないと立ち向かった大人達は次々と殺されてゆき、屋内に隠された子供たちも片っ端から引きずり出され容赦なく惨殺された。とはいえ帝国兵もこんな田舎に多くの兵力を割けず、数日間にわたる戦いの末結局双方共に全滅という凄まじい事態を、メルリア・ライアスは森で一番高い木の上から目撃した。
最後の戦いのため帝都へ向かった家族に森に隠れているよう言われ、その言葉を守りホームグラウンドたる森で猿の真似事をしていた私は、戦いを遠目に見ながらのうのうと生き残っていた。しばらく危険が残っていないか観察したあと町におりると、そこら中に背格好様々な死体が散乱して腐臭が立ち込め、それにつられて虫が集り、蛆が死肉を貪っていた。気温が高くじめっとした季節だったので死体の融解が早かった。
死体達の傍らには武器として使われた剣や農具がそのまま放置され、足の踏み場に困る場所すらあった。
このとき私たち家族は奇跡的に全員が生き残っていた。両親は私が生きていれば元帝都へ連れて行くために、同胞を置いて故郷へと戻ってきた。悲惨な状態の町に私だけが生き残っているのを見て、我が子とはいえ二人とも恐怖した様子だった。私はただ森でかくれんぼをしていただけなのに、悲しいことだ。
両親が死んだのは、三人で帝都に向かい歩く道中のことだった。うっそうとした森が両脇を覆う小道で、帝国兵の生き残りと、偶然出くわしてしまったのだ。帝国兵達は両親の顔を知っていたため二人を殺そうとし、両親は森に慣れた私だけを逃がすため犠牲になった。
別れ際に彼らが謝罪の単語を漏らしたのは覚えているが、詳しい内容はもう忘れてしまった。
「その後はまあ、狂気が尾を引いてるあんな世の中では長生きはできそうにないからとりあえず好きに生きようと思って、」
「好き放題やり続けてエスカレートしていった結果がこれか。」
「うん、すごい満足!我が人生に一片の悔いなし!」
あぐらをかいたまま、両手を内側に向けた完璧な万歳のポーズをとる私に、小さなため息が落ちた音が届いた。
私の話を聞いている間に体勢を崩し片足を立てて座っている彼は、額に指を当て俯いている。
「好き勝手しすぎというものじゃないのか。」
「いいじゃん、どうせ何の意味もない宇宙の何の意味もない生命体がどう生きようと何の意味もないんだし。」
「お前、前世は哲学者か何かだったのか?」
「私が前世とか来世とか信じると?」
へらへら笑いながらそう問うと、信じなさそうだと返答がきた。大正解だ。
来世なんて信じたくもない、生なんていう面倒くさい病気はもうたくさんである。
ルラ・ライアス改め、メルリア・ライアス(14)
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