2話
一日一話を目標にやっていきたいです。
夕焼けの光が小さな窓から必死に顔を覗かせている午後五時すぎ。僕は連続殺人犯の独房の前で立ち尽くしていた。
「来てくれるのを楽しみにしてはいたけど、こんなに早く来てくれるなんて情熱的なことだね。」
へらへら笑っている彼女の言葉に反論することもできず、僕の薄水色はまたもや黒髪の間の色に釘付けになっていた。
昼に来た時にはブルーグレーに見えた瞳が、細く差した夕日に照らされて金色に輝いている。 幼い顔立ちに違和感すら与える鋭い金に、その表情の美しさに、唖然とするしかなかった。
そんな僕の表情から何かを悟ったのか、殺人犯はああ、と手を叩いた。
「目?」
右手で自分の瞳を指さしながらの簡潔な問いに、僕は1つ頷く。僕の認識がおかしくなければブルーグレーと金は全く違う色のはずだ。
「ふふふー、不思議でしょ?時間帯とか場所…光の質や差し方によって色が変わるんだよ、この目。」
「聞いたことがないな。」
「うん、珍しいみたいだよ。七色の瞳、っていうんだってさ。」
「七色…。」
すごいでしょ、と殺人犯が身を乗り出すと、影に入った瞳は深緑色になった。今まで見た中では一番顔立ちとのギャップのない色だが、暗さではっきりと色が見えないのが残念に感じられる。
「…そうだな、お前の顔にも性格にも良く似合う瞳なんじゃないか。」
僕がそう言葉を紡ぐと、少女はもともと丸い目をさらに見開き驚いたように息を止めた。自分でも何を根拠にそう思ったのかは分からないが、そう感じてしまったし、口をついて出てしまったのだからどうしようもない。
「…っふはー…会って一日も経っていない相手にそんなことを言ってもらえるとは思わなんだ…。」
彼女なりの驚きの表情だったのかすぼめていた口を薄く開き、固まっていた息を吐き出した少女は、なんだか嬉しそうだった。
「分かったようなことを言うな、と思ったか?」
「いや、嬉しくて。」
彼女の様子から違うと分かりきっている質問だったが、その返答に妙な満足感が湧き上がった。そんな僕の心中など知らないであろう彼女は、そのまま声を奏でる。
「外見と中身、両方を見てくれる人間は案外少ないからね。」
一瞬前までの気の抜けた表情から一変、面白そうに目を細めて笑って彼女は続けた。
「ある人は外見で判断する。ある人は中身こそ大事だと言う。どちらも大切で貴重なヒトの一部なのに、ひどい話だとは思わないかい?」
「まあ…言われてみれば、そうかもしれないな。僕の周りでもそういった人間の心当たりはたくさんある。」
でしょー?と眉を下げ首を傾げた彼女に思わず破顔する。ころころとよく表情を変える子だ。今も、不満げだった表情が瞬きのうちに歓喜に満ちた表情に変化した。
これは…見ていて飽きないな。
そんなことを頭の隅で考えていると、笑顔の彼女が突然身を乗り出してきた。
「君、無表情よりも笑った顔の方が可愛いんだね!」
「…は?……か…?かわ…?」
「そう、かわいい!もっかい笑って!」
鉄格子に頬を押し付け、嬉嬉としてそう迫ってくる金色の彼女に気圧され、思わず一歩下がった。
は?可愛い?今可愛いって言ったかこいつ?
細く淡い夕日が差し込むじめっとした牢の中、私は目を輝かせていた。何が可笑しかったのかは知らないが、処刑人が不意に見せた笑顔。それがあまりに可愛らしかったのだ。
ちょっと引かれたようなので鉄格子に張り付くのはやめ膝を抱えるように体勢を変えたが、ついさっき見た表情を思い出して口角が上がるのは仕方あるまい。処刑人が怪訝そうな顔をしてこちらを見ているとか知らない。これは生理現象だから。気にしないで。
「お前今、僕のことを…可愛い、と言ったか…?」
「ん?うん、可愛らしい笑顔だったね。もう一回笑ってはくれないの?」
「……人は笑おうとして笑うものじゃないだろう。」
どこか困惑した様子を拭えないまま、それでも彼は質問には律儀に答えてくれた。いい子である。
「笑おうとして笑う人間だってこの世にはたくさんいるんだよ。例えばほら、目の前にいる殺人者とかね。」
そう言って両頬に人差し指を当てながらあからさまな作り笑いをしてみせると、処刑人は眉間のしわを深めた。
「その顔…気持ち悪いぞ。」
ひどい。
ルラちゃん特製の作り笑いが一瞬にして崩れた。
「女の子の笑顔だよ…ちょっとは可愛いとか褒めてくれても…。」
「悪いが世辞は苦手でな。」
この落ち込みようを見てくれとばかりにがっくりとうなだれると、上から少し呆れたような声が降ってきた。うーん、ひどい。
「それに、思ったことを相手に伝えるのはこれ以上ない誠意だろう。」
「つまり君は誠意を持って連続殺人犯に接している、と?」
「誠意を持って接しなければ本音は聞けないだろうからな。」
なるほどそれは真理である。真理ではあるが、犯罪者の、というか他人の本音なんて聞き出したところでこの処刑人の望みが叶うとは思えない。
一体どういう思考回路を辿ればそんなことを思いつくのか疑問に思いつつ、私は薄水色を見上げた。
「でも、そんなことしなくても私はいつだって全力で本音を話してると思うし、そもそも私の本音を聞いたからって優しくなれるとは思えないよ?」
「そうなのか…?」
「君もしかして友達いたことないでしょ。」
私が半目でそう言うと、彼はうっと息を詰まらせた。図星か。思考回路が独特の方向に発達してしまうわけだ。一緒にどうでも良い話をし、一緒にどうでも良いことを考える人間がいなかったのだろう。
「友人がいないことが悪いこととは思わないけどね。実際友人のいない君は処刑人として成功してるみたいだし。」
「そんなことまで分かるのか。」
「地位に関しては身なりを見ればある程度はね。」
私がそう言って笑うと、彼は無言で自分の服の袖を見つめた。あの笑顔を見た後だとそんな仕草一つすらあざとく見えてしまう。罪な男だ。
「まあ、さ、」
膝を抱えていた両手を後ろにつき、少し肩が凝ったなと小さく伸びをし息を吐いた。
「優しくなりたいっていうのが君の望みなら、私も一緒に方法を考えてみよう。」
「ああ、ありがとう。そうしてもらえると助かる。」
片眉を上げて笑いながら告げると、彼も答えるようにふっと笑った。なんかさっきの笑顔から急に表情筋が動き出したなこの男。
「安心して良いよ、世界一優しい犯罪者たる私が協力するんだ、君は世界一優しい処刑人になるよ。どっちも根拠なんてないけど。」
私がそう言うと、なんだそれは、と彼の笑顔は濃くなった。
その笑い方は、以前写真で見た自分の笑い方によく似ている気がした。
七色の瞳、というのは実際に存在する瞳ですが、ここまでころころ色が変わることは無いと思われます。二次元の特権を主張します。