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断罪と復讐  作者: 野渡 敬
自称:真の断罪者と愛の復讐者
15/15

14話

最終章です。二章よりも更に短くなる予定です。








「ねえ、アーゼル…私…頑張ったよね…?」



 月明りが薄暗く差し込む一人暮らしの狭い部屋、そのベッドの上で、私は右手に掲げた金色の懐中時計に話しかけていた。その独り言に返事はなく、壁に染み込んでいった自分の声に息が詰まって、時計を両手で握りしめ枕に顔をうずめる。



「正しいことを…成したのに…」



 処刑人を殺してから、もう二ヶ月ほど経った。あの夜から数日後、気持ちが落ち着いてきた私は心配性の夫婦を押し切って仕事に復帰した。第二の親と思って何でも話せと言ってくれた彼らには、作り切れない笑顔を返すことしかできなかった。無理に詰め寄らず見守ってくれているのは幸いと言えるだろう。

 国は別の人物を一家連続殺人の犯人として処刑したらしいが、その人に対して同情心を抱くことはなかった。薄情なことだとは思うが、そんなことよりも自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。私は正義を為した。悪魔に憑りつかれた処刑人を断罪した。数は少なくても誰かの幸せを守ったのだ。なのにどうして心に巣食う悲しみが、虚しさが晴れないのか。

 愛しい恋人の名前をもう一度、静かに呼んだ。










 王宮で働く侍女、アルグレット・ライアスは困惑していた。

 二ヶ月程前に、恋しく想っていた人が殺された。しかもただそれだけではない。その現場を、私は実家にある自分の部屋から目撃してしまったのだ。




 あれは、貴重な休日を利用して王都内の実家に帰っていた日のことだった。夜になり自室で読書をしていたとき、外でなにか物音がした気がした。ひとよりも耳の良い私だからこそ聞き取れたであろう微かな音で、普段であれば無視していただろうが、その時は何故だか音の正体を確かめなければと強く思った。静かに本を置いて窓に近づき、薄くカーテンを開いた私は、愕然とすることになる。

 黒いローブで全身を覆っている人の背中から突き出ている、何か。その根元は月明りを反射して鋭く光り、淡いランプの中本を読んでいたこちらの目をくらませようとしてくる。どうすればいいのか分からないままその光を凝視していたが、背後の陰が弾かれたように動いたことでそちらに視線が移った。

 青い長髪を持つその女性は、ローブの人に刺さった何かを力づくといった風に引き抜く。黒ローブががくりと膝をついた、そのはずみで、頭を覆い隠していたフードが背中に垂れた。うそ、と、声にならないまま私の舌が動く。見開かれた私の目に飛び込んできたのは、王宮ですれ違う度に舞い上がり、恋焦がれる色。思考が鈍り、足が震える。何もない宙を見上げるロアニウス様の後ろで女性がナイフを振り上げるのを見ても、体は私の命令を聞かず、声すら出なかった。女性が両手を振り下ろしてなめらかな髪から赤が噴き出すのが見えた。

 意思もないまま後ろへ踏み出した足は数歩進んだところでベッドにぶつかり、体も意識も、そのまま沈んでいった。


 目が覚めたのは翌日の朝になってから。家の裏の路地で死体が見つかったと、母親が慌てて起こしにきたのだ。気を失う直前の出来事を思い出したショックに青ざめる私に、部屋で休んでいなさいと心配そうに言った母。自分が見てしまったことを話すこともせずにただ小さく頷いた。口に出したら、発狂してしまいそうだった。




 あの青い髪は、以前王都の隅にある定食屋の前を通った時に見かけた店員が持っていたものとよく似ている。あのときは顔は見えなかったが、あんなに目立つ髪色を見間違えることはないだろう。とはいえ、珍しい色ではあるが唯一というわけではない。暗がりの中では似たような色の髪も判別がつかないだろう。

 復讐の二文字が頭に浮かんだことはあったものの、証拠も無いし、ロアニウス様がそんなことを望みはしないとその思考を押し込めた。


 と、回想をしてはみたものの、実は私が困惑しているのはそれとは別のことだ。二か月前まであれほど焦がれるお方がいたというのに、私は今別の男性に淡い感情を抱き始めている。

 一人で乾いた洗濯物を運びながら、小さく唸った。私という女は、不謹慎なのではないだろうか。ロアニウス様が亡くなってまだ二ヶ月。それなのに私は、彼の後を任されたお方の優しさに心が傾いているのだ。そんな悩みをくるくると持て余していると、うつむき気味に歩く私の額に、今まさに思い浮かべていた優しい声がかかった。



「アルグレットさん、洗濯ものですか?」


「っ、は、ハルド様…!」



 そう、以前ロアニウス様の補佐をしていた、ハルド・リクリア様。今は死刑執行人として取り立てられており、すれ違う侍女達によく声をかけてくださるお方だ。意図せず背筋が伸びた私に、ハルド様は眉を下げて笑いかけた。



「仕事に熱心なのはいいんですが、考え事しながら歩くとつまづきますよ?綺麗な顔に傷なんてできたら大変だ。」


「あ…はい、ありがとうございます…」



 補佐二人以外には、身分に関わらず誰にでも敬語で話しかけてくださるハルド様は、今や城内の人気者だ。今までロアニウス様の陰に隠れてしまっていたが、彼も相当な魅力を持っているのだろう。薄茶の髪に紺色の瞳と、そう目立つ色合いでもないがよくよく見るとどこか神秘的な容姿をしている。そんな彼がロアニウス様の後任に就いたのだ、城の女性たちが放っておく訳がなかった。



「うん、お気を付けて。お勤め頑張ってください。」


「はいっ、ハルド様も!」



 人懐っこい笑顔でひらひらと手を振り歩き出したハルド様にお辞儀をする。別れてしまうのが名残惜しくてそっと視線を送った後ろ姿は、どこか謎めいた風に見えた。

 その雰囲気に胸が小さく鳴り、ロアニウス様が好きだったのにと気後れする感情が陰に隠された。







恋心ってなんですか。ちょっと難しすぎやしませんか。

次話投稿は遅くなると思います。今までも遅かったですけど。

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