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断罪と復讐  作者: 野渡 敬
自称:優しくなりたい断罪者と真の断罪者
12/15

11話

殺人表現があります。






 グリード・ウーガルタの実家。針金で玄関の鍵を解錠し一階の寝室で休んでいた夫婦を絞殺した僕は、二階に上がって手前から二番目の部屋で眠る青年を見つけ、目深に被ったフードの下で安堵した。先ほど殺した夫婦と目の前で寝息を立てる息子。おそらくグリードと共に暮らしていた人間はその三人だけだろう。今回もさっさと終わらせて帰ろう。

 忍び足で毛布から覗く赤毛に近づく。途中で床がぎしりと鳴ったが、気にせずその歩調のまま進む。標的にたどり着くまであと数歩のところで、膨らんだ布団がもそりと動き、赤茶色がゆっくり起き上がったのに眉を寄せた。床が軋んだ音が彼の意識を呼び戻したのだろうか。できれば勘づかれないうちに縄を首にかけてしまいたかったと残念に思いながら、両手で縄を張り足を素早く動かした。



「ッぐ…あ!?」



 こちらを振り向きかけた首に縄をかけて後ろに回しぐっと交差させると、驚きと苦しみの入り混じった小さな声が上がった。本当に絞殺というのは楽でいいなと、両手に力を入れて引きながら感心した。縄を一本と軍手を用意するだけで良いし、何より首を絞められている人間はうまく声を出せない。騒がれないというのはそれだけでありがたいものだ。これを得意げに語っていたのは補佐のハルドだったなと思い出し、心の隅で彼に感謝の言葉を唱えた。

 喉に食い込み皮を抉る縄をはがそうと、がりがりと爪を立てる音が布団を跳ね除け暴れる音に混ざって聞こえてくる。その顔が上を向きこちらの顔を捉えたとき、彼の抵抗が突然止まり、その双眼が恐怖に震えたのが見えた。



「…しニ、がみっ…」



 大きく震えながらも異様にはっきり聞こえた言葉に、締め上げる力が弱かっただろうかと慌てて全力でロープを引くと、首から下が思い出したかのように抵抗を再開する。



「ッ、…ぃ…だ……くなぃ…」



 最期に何を言うのか気になって力はそのまま耳を澄ませていると、どうやら死にたくない、と言っているらしいのが分かった。驚いた。兄の死に絶望していたはずのこの男にとって、死は望まないものらしい。死の恐怖というのはかくも凄まじいものなのかと感心するとともに、きっとその恐怖から放たれたその時には兄の死を嘆くのだろうと、冷ややかな気持ちがにじんだ。

 処刑の前日に死にたくないと騒いでいた死刑囚が、当日に恩赦によって解放されると知らせたときに、絶望の声色で死にたいと呟いたのは何年前の話だったか。ルラにこの話をしたら彼女は大笑いしてから、その人は死ぬこと以外のたくさんの絶望を恩赦で解放されるまで忘れてたんだね、とにやけ顔で語った。



「…っっ……ッ………」



 そのときの瞳が何色だったか思い出そうとしていたところで、ぴくぴくと痙攣していた目の前の身体が僕に重みを残して動きを止めた。息をしていないことを確かめてからその体をベッドに横たえ、両手を祈りの形に組ませて、鼓動の有無を確認する。

 その体が生命活動を停止しているのを確認して立ち上がったところに、聞きなれた声が響いた。



「やっぱり、貴方だったのですね。」


「…アレン。」











 僕の予想は的中していた。再来の悪魔、その正体であるロアニウス様は、針金で器用に錠を開け侵入した家で夫婦二人を絞殺した。物陰に潜む僕に全く気付かずに他の部屋を確認する彼を見て、これほど鈍くてよく今まで捕まらなかったものだと思ったところで首を横に振る。今の警備体制は正直ザルだ、犯罪の防止などできるはずがない。

 国家の中枢に呆れを感じていると階段をのぼる足音が聞こえたので、その音が消えたところで移動を開始した。ゆっくりと音を立てないように少し高めの段差に足をかけたところで、さっきから頭の片隅でうるさい疑問がもう我慢ならないとばかりに存在を主張した。

 …何故僕はこんなことをしている?ロアニウス様を止めるのなら、一階の夫婦が殺される前に声をかけるべきだったのだ。それなのに僕はこうして彼の行動を見逃している。まだ三分の二ほども残っている階段の向こうを見上げる。きっとこの疑問の答えはそこにあるのだろうと、また一歩足を上げた。




「やっぱり、貴方だったのですね。」



 彼にそう声をかけたとき、その部屋の持ち主は既に息絶えていた。先ほどから目の前をくるくると回り思考の邪魔をするうるさい疑問を隅に追いやり、俺の名を呼んだロアニウス様を見据える。



「何故、こんなことをするのですか。」



 何を言うべきか真剣に悩んだはずなのだが、口から溢れたのはそんな陳腐な言葉だった。答えを求め眉間に皺を寄せる俺に微笑んでから、彼は笑った形のままの口を開いた。



「僕はルラに、優しくなるにはどうすればいいか相談していたんだ。」


「メル…?」



 突然出された妹の名前に驚いたように声を出す僕をしり目に彼は続ける。



「あの子は優しくなる方法について、僕の為に真剣に考えてくれた。多分あの姿勢こそが優しさというもので、僕の中で一番優しいのはルラなんだ。だから、優しい人間でいるための手段の一つとして、ルラがやっていたのと同じように、殺された家族を惜しむ人たちの悲しみを終わらせたいと思った。それだけだ。」



 妹が一家惨殺などという行為に走った理由と同時に、彼女の処刑以降生まれたロアニウス様の違和感の正体を知った。

 彼は、優しい人間になりたかっただけらしい。優しいルラのように他人に笑いかけ会話をし、家族を失った悲しみに暮れる人々を救いたい、その思いが今の彼を作り上げているのだと理解した。



「そう、ですか…」


「僕を突き出して裁判にかけるか?」



 僕はそれでも構わないが、と続けるロアニウス様に、俺は首を縦に振ることをはばかった。俺は、犯罪を犯した人間を断罪する側の人間のはずだ。それなのに何故彼を断罪することを躊躇するのだろうか。

 その答えは、さきほどから無視しきれない疑問への回答と合致した。

 数秒の空白の後、くっと力んだ口元を動かした。



「…いいえ…ロアニウス様は、俺の妹と…メルと、最も深く心を交わした人間でしょう。」



 俺はいつの間にか妹を愛しすぎていたのだ。

 両親を失ったときに一緒に遺体の発見されなかったメルを長い間密かに探していたことから、家族への愛は失われていない、程度に思っていた。今その家族愛が尋常な範囲内に留まっていない原因は、メルの死刑執行の時のあの言葉、声色、視線にこもった想定外の深い愛情。



「俺は貴方にメルを重ねてしまう。メルの思いを無碍にするなんて、今の俺にはできません…」



 今まで自分の愛情が彼女に劣っていたことの償いでもするつもりか、と自分をあざ笑っても、メルを愛する異常な気持ちは消えなかった。









日本人から見て尋常な思考回路を持つ人間はメインの登場人物にはいません。

あとたまにアレンに「僕」って言わせちゃってアアアーって叫びながらバックスペース連打してます。するとどうでしょう。なんと消しすぎます。

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