10.5話
グリードを嵌めた人の話。
毒に苦しむグロい表現があるので注意してください。
読まずに飛ばしても問題ないと思います。独白なので会話文はほとんどないです。
僕の生まれは王都にほど近い田舎だった。他の子どもの誰よりも劣り、顔も覚えてもらえない程に影も薄い。家族だって食事を与えてくれるだけの存在で、愛なんてものは無かったように思う。だからこそ、王都に行って自分で稼ぐと言い出した僕を止める素振りもなく無関心に送り出したのだろう。
見知らぬ土地、自分のことを知る人間のいない場所でなら、僕は生まれ変われるのではないかとどこか期待していた。いや、期待どころの話ではなかった。愚かにも、無意味に確信していた。だからこそ、そんな希望はなかったのだと思い知ったときの絶望と屈辱が、どれだけ擦ろうと拭えなかったのだろう。
「ロックさん、お疲れ様です。交代ですよ。」
「ああ、グリード。ありがとう、じゃあ後はよろしく頼むよ。」
「はい!」
昼過ぎの働き手の交代の時間、にこにこと挨拶をしてきた彼に僕も笑顔で応じ、裏に入ってエプロンを脱いだ。
僕が十年以上働いているジュースを販売する出店に、一年前に新しく雇われたグリード。彼は珍しい赤毛と緑の目の持ち主で、顔立ちもそこそこ整っている。
彼が入る前は店長と僕の二人で交代して店を営んでいたが、少し離れた別の場所にも同じ出店を出すことにした際、二人の人材を雇った。もう一人の新しい雇われは新しい店で店長とともに働いているのだろう。
グリードが働き始めて早々、店の売り上げは跳ね上がった。その気立ての良さと人の良い笑顔が女子供を虜にし、常連客が一気に増えたのだ。僕が苦労してようやく雇われたこの店で、長年働いて顔見知りになった客の数の比ではない。
僕だって努力をしなかったわけではない。心を切り裂かれるような思いをしながら、借りているアパート以外の場所では徹底して本当の自分を隠し、常ににこやかに振舞った。生きていない笑顔が虚しく、それでも田舎にいたころよりはマシだと言い聞かせて毎日夜を乗り切っていた。それを、ただ生まれつきの性格と顔の差だけであっという間に覆されるなんてこと、あって良いのだろうか。
良いわけがない。良いわけがないのだ。
じゃあ、また明日ね、とグリードに向かって挨拶をし、帰ってきた笑顔を眺める僕を、幼い頃の苦い記憶が手招いた。
屋台が休みの日、僕は誰にも告げずに故郷へ戻り、近くの山に入っていた。霞がかる記憶を手繰りつつ、ピンクと白の花を咲かせている植物を探す。
あれは僕が六歳だった頃の話だ。あの頃はまだ、唯一友人と呼べる存在がいた。こげ茶色の猫毛が特徴的だった彼と、ある日山に遊びに行ったのだが、そこで今探している綺麗な花を見つけたのだ。
興味本位だった。あんなことになると分かっていれば、僕は決してその花には近寄らなかっただろう。おいしそうなはなだね、と笑った彼に向けて、僕は死の味を勧めてしまった。
「たべてみなよ。おいしいかもよ。」
あのときの光景は今でも鮮明に覚えている。花を食べておいしくなかったと眉を下げた友人を笑って、その手をとって山の奥へと歩いていたとき。友人は急に具合が悪くなったようで、その場にしゃがみこんで嘔吐した。慌てて彼の背中をさすったが良くなる様子は一向に無く、しばらくすると口や鼻、耳、そして毛穴からどろどろと液体が流れだしてきた。
苦しいとあえぐ彼を置いて慌てて大人を呼びに行ったが、戻った時には彼はもう息絶えていた。乾き始めた液体で頭部を覆われながら瞳孔を開き切っている彼を見て、何があったのかと聞かれたが、正直に答えられるはずがない。きっと僕が食べてみろと勧めたあの花のせいだ、なんて。
結局あの件の真相は知られず、危険な生物がいるのかもしれないとそれから数年は山への人の立ち入りは禁止されていた。
「…これだ。」
二時間は山中を探し回っただろうか。ようやく見つけたツツジに似た花に、僕は静かに歓喜の声を上げた。持ってきた大きめの布を使って、触れないよう注意しながら花を摘む。目の前で起きたことへの恐怖を忘れたわけではないが、それをはるかに上回る喜びに僕は急ぎ足に山を下りた。
王都の部屋に持ち帰り、すり鉢などをを使えば液体を抽出できるだろう。
その次の日の夕方、グリードの都合に合わせ一日勤務を終えた僕は、明日使われるであろう使い捨てコップの山を前に小瓶の口を開いた。明日はグリードが終日店番をする日だ。明日グリードが客に手渡すコップを適当に一つ手に取り、瓶の中身を垂らす。半透明の液体が一滴、白いコップの底に同化した様子にごくりと喉が鳴った。ストローを提供する屋台だから底に入っていれば十分だろうとコップを元の場所に戻し、同じ作業を四回行った。
翌日、カフェのテラスで、人が頭から液体を溢れさせながら倒れていると騒ぎ回る野次馬を見るまでは、果たしてあれで成功するのか不安に駆られていた。毒殺の成功を確認した後の数日間は、自分のしたことがバレないだろうかと吐き気を催しながらも警備団や騎士に仮面を見せ続けた。
心臓をどくどくと動かす焦燥から解放されたのは、グリードの死刑の日であった。
首を切られる直前のグリードの表情に罪悪感は微塵も沸かず、むしろ気分が高揚し今にも飛び上がってしまいそうだった。
ロックさんはきっとこれから犯罪を重ねて処刑されるんです。多分。
もう出さないけど。
ちなみに今回参考にしたのはカルミア・ラティフォリアという花の毒です。