カレーハンバーグ海王エビフライスパゲティ
尋問を終えて廃屋から出ると、すっかり日が高くなっていた。
「クク、頼んだ人探しの仕事はここまでだ、有難うな」
ククに頼んだ仕事はあのナイフに付いていた血痕の持ち主の捜索だ。
まだ事件は解決していないが、これ以上は付き合わせれない。
「んな事言うなって。人が拐われたんだろ。 こんな中途半端な所で帰ったら後味が悪ぃよ。 最後まで付き合うぜ」
姉御肌、とでも言うのだろうか、ククは知り合いが困っていたら放ってはおかない。
今回も、俺一人では荷が重いかも知れないと考えてついて来ると言ってくれているのだろう。
「そうか、ありがとうな。じゃあ昼飯くらいは奢らせてくれ」
そろそろ昼飯の時間だ。
さっきのドナルディの話を考えると、イエナさんが、儀式の生贄にされるらしい。
今は一刻を争う状況かもしれないが、だからといって空腹のままイエナさんを探すのは不安がある。
「どうするかな、時間もないし、適当な店でサンドイッチでも買って、移動しながら……」
「いや、時間なら余裕が有ると思うがの」
「何でだ?」
「さっきの男、大レギオス教じゃろ。大レギオス教は月を大レギオスの化身と考えて、信仰しておる。何か儀式をやるなら、月が出てからになる筈じゃ。それまでは、イエラとかいう娘は無事じゃろう。つまり、何が言いたいかというとな……」
不意に、グウゥゥゥと、猛犬の唸り声の様な音があやかし丸の腹から鳴る。
あやかし丸は少しだけ顔を赤くして、ごほんと咳払いして誤魔化しながら、
「時間はある筈じゃから、お昼は時間をとって、しっかりした物を食べぬか?」
成程、あやかし丸の言うように、時間が有るなら休憩がてらしっかりと昼食を取るべきだ。
考えてみると今朝はモイカ棒しか食べてないし、何か美味いものでも食いたいな。
「なら、そうするか。気合入れるために良いもん食おう」
○
箒で飯屋が並ぶ賑やかな通りに出る。それぞれの店に並ぶサンプルがどれも美味そうで、目移りしてしまう。
「あやかし丸、クク、希望はあるか? 俺は鶏飯が食いたい」
「アタシはパスタが食いたい」
「今日はカレーの気分じゃ」
意見が食い違い、三人が目線を交差させる。
こんな時の解決方はただ一つ。
「「「最初はグー!じゃんけんポン! ポン! ポン!」」」
二回のあいこを経て、勝者はあやかし丸に決まった。
この場における昼食の決定権をあやかし丸が握る。
だからといって、まだカレー屋に決まった訳ではない。
俺達は最終意思決定が成される前に懐柔にかかった。
「あやかし丸様、見てくださいあのノボリ。地鶏を使ったスープですって。あの店は三日かけて仕込んだスープを使った鶏飯を出しますからね。きっとお口に会いますよ。ドリンクには炭酸も有ります。聡明なるあやかし丸様ならば、今日は鶏飯を食べるべきだとお分かりの筈です」
そんな俺をククが鋭い目線で牽制する。
「フン、黙っていな、あやかし丸様を惑わす逆賊め。
あやかし丸様、あの店頭サンプルを見てください。カレーハンバーグ海王エビフライスパゲティですよ、凄いじゃないですか。都会人の好物全部集めましたって贅沢ぶりですよ。カレーも入ってますし、是非あのパスタ屋に入りましょう。このククキール、必ずやあやかし丸様を満足させて見せます」
「カレーハンバーグ海王エビフライスパゲティ……いいの、美味そうじゃの……」
あやかし丸の表情が外見年齢相当の緩い物になってしまう。大変可愛らしいその表情を眺めていたいが、今はそんな場合ではない。しかし、今回は分が悪い。味覚が子供なあやかし丸にとって子供の好物山盛りなメニューはあまりにも魅力的。この状況を覆す一手は……
「よし、決定じゃ。今日はパスタにするのじゃ」
「やったぜ」
思いつく前に審判は下された。仕方ない、切り替えて行こう。海賊風キングトマトパスタなんて中々美味そうじゃないか。
○
「ふふ、ふふふ、カレーに、ハンバーグに、海王エビフライに、スパゲティ。美味いのお」
運ばれて来た料理にあやかし丸が目を輝かせる。
カレーソースのスパゲティをクルクルとフォークに巻いて、パクリ。
次はハンバーグで、次は海王エビフライ。
一口ごとに違う好物を食べて、止まることが無い。
美味そうに食べるなぁ。
やはり一緒に食事するなら美味しそうに食べる子だよな。体感で5割増しくらい食ってるものが美味く感じる。
願わくば、その栄養が胸に行きませんように。背は伸びていいけど胸には行きませんように。
この10年あやかし丸の体型は変化していないので、心配は要らなそうだが。
「サラダもちゃんと食べろよ」
もう栄養が偏ってモイカ棒の刑は勘弁だ。
「分かっとる分かっとる。口の中をさっぱりさせたらなおさら美味いの」
子供っぽさ全開のあやかし丸に対してくださいククの方は何やら女子力の高そうな物を頼んでいた。
大きめの皿の上に、パスタが一口大に纏められた物がいくつも並んでいる。
生ハムで包まれていたり、魚卵がトッピングしてあったり、一つごとに違うソースが絡められていて、バリエーション豊富で美味そうなのだが、
「それは、食って腹が膨れるのか?」
絶対的に、量が足りない。
「あー、昨日お前等と飲んだときにカロリー取りすぎたからな。カロリー調整だよ。美味いもんを少量食って満足するんだ。そこの妖刀と違って、アタシは食べた分だけ太るからな」
「成程、女子は大変だな」
俺、カロリーなんて意識した事一度も無いぞ。
「清十郎、それも美味そうじゃ。ちょっと交換せんか」
「いいぞ、エビフライ三分の一本寄越せ」
俺の皿から全ての具を一つづつと麺を少し移してやる。
あやかし丸はエビフライを刺したフォークをこっちに突き出した。
「はい、あーん……待て、ジョークじゃ、本気で食いつこうとするでない」
「そんな、男の純情をもて遊ぶなんて……さすが妖刀、邪悪極まりない」
「コントやってんじゃねーよ、さっさと食え」
普通に皿に移して貰って食う。美味い。
さて、付け合せのスープを……あっ。
「悪いあやかし丸、ちょっとこれ食べてくれないか」
「ん、ああ、マンドラゴラか。良いぞ」
俺はマンドラゴラが食えない。好き嫌いではなく、体質的に食べられない。
マンドラゴラは、栄養豊富な野菜だ。食べると魔力も補給できるので、一般に薬膳に使われる。
ただ、ほんのちょっとだけ魔力的な毒を持つ。
魔力的な毒と言っても、食べ過ぎると腹を下す程度の大した事ないものだ。
ただ、地球……魔法も呪術も存在しない世界の生物である俺には、そういった物に対する抵抗力が致命的に欠けていた。
何が言いたいかと言うと、俺はマンドラゴラを一口食えば腹を下す。
あやかし丸は同じ世界出身の癖にバクバク食えるあたり、世の中不公平だ。
俺は店のアンケート用紙を手に取ると、具材にマンドラゴラが使われている場合には、メニューにその旨を表示して欲しいと書いてアンケート箱に突っ込んだ。
○
食事を終えて、食後のお茶を飲みながら今後の予定を話し合う。
「多分、儀式は教会で行われるじゃろうの。
アイツ等、異端で過激派扱いされてるせいで自分達こそが正当だって主張したがりおる。
コソコソよそでやる事は無いじゃろうよ。教会の地下あたりかの」
あやかし丸はコーヒーを頼んだ。
タップリの砂糖とミルク。カフェオレを作って飲む。
「昼の内に、カカリア区の大レギオス教会に偵察に行きたいな。そこでイエラさんを見つけられたら救出、後はいつでもリーデトラックとやらを仕留めればいい」
俺も砂糖を抜いたココアを啜る。美味い。
「教会を襲撃するなら夜、儀式が始まる直前だな。過激派の連中は普段は穏健派に紛れてやがるしよ。教会には一般の信者もいるだろうしな。巻き込みたくねぇ」
ククが飲んでるのは……何だろう。水色のお茶とか珍しいな。
「いっそ大レギオス教会の本部に通報したらどうじゃ。勝手に異端刈りをしてくれるぞ」
「最近、私怨での虚偽通報が多すぎてマトモに取締部門が機能してないらしいからな。通報しても動くか分かんねーぞ」
やはり、自分達で動くしかない。
「じゃあ方針は決まりだな。これから一般信者の振りをして大レギオス教会へ。
リーデトラックとやらの所在を確認。
夜に行われるであろう儀式の襲撃の為に教会の構造の確認。可能ならこの時点でイエナさんを救う。
昼の戦闘は避けるぞ。一般人は巻き込めない。
夜の儀式の時間なら過激派しか居ないから問題無い」
伝票をとって、立ち上がり……
「待った」
ククに止められる。
「時間は有るんだ、デザートを食ってからでも遅くないだろ」
店員さんを呼んで、トロロスライムゼリーを頼むクク。
「お前、カロリー云々はどうしたんだよ」
「いーんだよ、トロロスライムはローカロリーなんだ」
「じゃあ妾は宇治金時で」
「しょうがないな、店員さん、白玉餡蜜下さい」
甘味はエネルギーだ。しっかり食べておけば戦闘中のスタミナ切れを防げる。
しっかり食べて、今度こそ俺達は店を出た。




