お仕事の依頼が入ったよ!
ゴリトル医院。人目につかない路地裏に入り口を持つこの医院は、《森の賢者》と呼ばれる種族の夫婦が経営する、小じんまりとした医院だ。
獣人少女が倒れていた現場から、最も近いのがこの医院だった。
急ぎ少女を運び込んで、治療が一段落した所だ。
今、俺の目の前には2メートルを超える、全身を黒い毛に覆われた大男、ゴリトル先生が座っている。
その落ち着いた佇まい、眼鏡の奥に感じる知的な光が、患者の心を落ち着かせてくれる、優しい先生だ。
俺が元いた世界で言うところの、ゴリラにとても良く似ている。
「治療は済んだよ。あの分なら、1週間もすれば動けるようになる。獣人族の回復力は凄まじいからね。後は食事をたっぷり食べさせて、足りない血を補えばいいだろう」
それを聞いて、ほっとする。これで助かりませんでしたと言われたら、あまりにやるせない。
「有難うございます、ゴリトル先生」
「何、代金はちゃんともらったんだ。その分の仕事をしたまでだよ」
「それにしても、嫌な話よね。辻斬りなんて」
ゴリトル先生の奥さん、看護師のゴリエラさんがお茶を出してくれる。
ゴリトル先生曰く、ゴリエラさんは《森の賢者》の中でも相当な美人さんらしいが、残念な事に俺では服以外でゴリトル先生とゴリエラさんの区別がつかない。
「最近ね、このあたりで獣人を狙った犯罪が多いのよ。行方不明者も何人も出ているの」
「大惨事じゃな。同一犯だとすると、よっぽど獣人を嫌っておるか、ロクな物ではないのう」
お茶請けに出された煎餅を噛るあやかし丸。
おい、それは俺の分じゃないのか。お前もう自分に出されたの食っただろ。
それは置いておいて、犯人の目星をつけないといけない。犯人を斬って、俺の生命力とせねば。
「俺が連れて来た子、少しでいいから話をできませんか」
「それは構わないが、あまり無理をさせてはいけないよ」
「ええ、そんなには長引かせません」
立ち上がって、患者の寝台がある部屋に向かう。
カーテンで仕切られたベッドの一つ。
側の壁を叩いて、ノックの代わりにした。
「……どうぞ」
中から返事が帰ってくる。
当然だが、声に元気は無い。
カーテンを開けると、痛々しい姿の獣人少女が目に入る。
白い毛は、所々が血で汚れている。
片耳は半分に欠けてしまっていた。
可愛らしい顔の右上から左下にかけて縫ったばかりの大きな傷があり、その顔の印象を大きく変えてしまう。
全身に細かい傷があり、左腕は切断されてしまっている。
一応、落ちていた腕は拾ってきたのだが、切り口が踏みにじられていて繫げるのは難しいとの事だ。
酷い事をしやがる。
とにかく、話を聞いてみよう。
「こんにちは、私は月影 清十郎といいます。こっちはあやかし丸。 少し、お話させてもらってもいいでしょうか」
何でも屋の名刺を差し出して、少女の側に置く。
「はい……シロエナといいます。お兄さんが、助けてくださったと聞きました。 有難うございます……」
憔悴しきった顔で、辛いだろうに、それでもお礼は言おうとしている。
ここは、さっさと話を済ませて休ませるべきだろう。
「ええ、どういたしまして。短刀直入に聞きますが、犯人に心当たりはありますか、あるいは、その姿はどのような物だったか、見ませんでしたか」
「えっと……心当たりは、有りません。二人組で、顔は隠していてよく分からなかったのですが、……一人は、背が低くて、ガッシリとしていて……ドワーフだと思います。もう一人は……お兄さんより、少し身長が高かったと思います……。それ以上は、ちょっと、分かりません」
これだけだと犯人を絞り込むのは難しいな。
もう少し何か聞き出せないものか。
悩んでいると、シロエナさんの方から質問が来た。
「あの……私の他に、もう一人、女の子が倒れていませんでしたか?」
「いえ、私が見たのは貴方一人ですが……どのような人ですか?」
「ええと、私の友達です。お兄さんは、昨日、市場で私とお話しましたよね。その時に、鎖に繋がれて奴隷役をしていた、イエラという子です。私が襲われた時、一緒に居て……連れ去られてしまったんです。
私は何とか逃げ出したんですが、途中で力尽きて……」
「やはり、見ていませんね」
「そうですか……やはり、あの子も殺されてしまうのでしょうか……」
シロエナさんが気落ちする。何とか慰めたい所だが、どう言えばいいのか。
「拐われたのであれば、まだご友人は生きているかもしれません。誘拐の目的にもよりますが、売り飛ばすつもりなら殺さないでしょうし、もしかしたら、逃げ出しているかも。まだ諦めないで下さい」
今思いつける、精一杯の慰め。
もっと上手い言い方はないものか。自分の語彙力に悲しくなる。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、シロエナさんは何かを決意したような顔をする。
「そうですよね、まだ、諦めるには早いですよね。……あの、お兄さんは、何でも屋なんですよね」
さっき渡した名刺を見ながら、尋ねてくる。
「ええ、そうです。暴力、荒事が基本ですが」
「でしたら、依頼を受けて貰えませんか。私の友達……イエラを探して、助け出して欲しいんです。お金は無いんですが、何とかして作ります。だから、どうか……」
この子が俺をアテにするのは、警察が頼りにならないからだろう。
人手が足りていない警察に任せると、マトモに動き出すまで何日かかるか。
その間に取り返しの付かない事態になってしまう。
「条件次第で、引き受けましょう」
「条件……何をすれば、いいでしょうか」
「一つ確認したいのですが、貴方は犯人が憎いですか?」
「え?」
「貴方は、理不尽な暴力に晒された。犯人に対して、復讐する正当性が有ります。その復讐を、私に依頼して欲しいのです。そうしてくれるなら、お代は要りませんし、ご友人を助け出す為に全力を尽くします」
数秒、シロエナさんが硬直する。一体コイツは何を言っているのかと、不信と恐怖の入り混じった視線を向ける。
失礼な、とは思わない。当然の反応だ。
「あの、どういう意味ですか?」
「言葉通りです。事情を説明すると、私は病気で、定期的に魔剣で誰かを殺さないと生きられない体質なのです。
だけど、その辺の人を斬り殺す訳にはいきませんからね。貴方のように、正当な理由のある殺しの権利を持つ人の手伝いをして生きているのです」
また沈黙。たっぷり数秒悩んでから、また問われる。
「犯罪、ですよね」
「ええ、犯罪です。ですが、この区画では警察がまともに機能していません。貴方を襲った犯人が捕まらないように、私に依頼した貴方に警察がたどり着く事はないでしょう」
「そういう問題では無いのですが……」
シロエナさんが、泣いているような、あるいは苦虫を噛み潰したような、渋い表情で答える。
……あんまり女の子にこんな顔をさせたくないな。
どうにも、オブラートに包むとか、優しい嘘をつく技能が自分には欠けている。
殺しについて嘘をつくよりはマシ、と思って実直に伝えるようにしているのだけど、もっと上手い方便を用意するべきか。
「……分かりました。お兄さんに、私を襲った連中の殺害を依頼します。だから、どうかイエラを助けて下さい」
それにしたって、自分をこんな目に遭わせた相手の殺しについて、こんなに苦しそうな表情をするのか。きっと、心根が優しいのだろう。
「了解しました。全力を尽くします」
最大の目的である、依頼の約束は取り付けた。これで、大義は俺に有る。
さて、ここからどうやって犯人を探すか。
「話が纏まったのなら、妾の話を聞いて貰えないじゃろうか。これを見てくれんか。現場に落ちとったのを拾ったんじゃ」
これまで黙っていたあやかし丸が口を挟む。
手には、ナイフ。ドクロの装飾があしらわれた悪趣味な物で、切っ先に血がついている。
「何だ、それ。 シロエナさんを斬った凶器か?」
「いや、違う。娘をここまで傷つけるには、このナイフでは難しい」
確かにこの刃渡りでは、深い切り傷をつけたり腕を切り落とすのは難しい。
「それ、私のです。逃げる時に、襲い掛かってきた奴の手を斬りつけたんです……」
シロエナさんの物だったか。 そう聞くと途端に趣味の良い物に見えてくるから不思議だ。よく手入れがされている良いナイフだ。
「つまり、この切っ先に付いてるのは、誘拐犯の血か。……なら、探す手段はあるな、ククに連絡を取るぞ」
懐からスマホを取り出して、SNSアプリ『虫の知らせ』を起動させる。
●妖刀使い:『クク、別れてすぐで悪いが、人探しの仕事を頼みたい。今から来れるか』
●箒姫:『いいぞ、どこだ?』
●妖刀:『ゴリトル医院じゃ。血の追尾呪術の用意を頼む』
●箒姫:『報酬は?』
●妖刀使い:『昨日の護衛料まだ受け取って無いよな。あれをチャラにする』
●箒姫:『よし、すぐ行くから待ってろ』
スマホをしまう。
「それじゃあシロエナさん、俺達はイエナさんを探しに出ますので、ゆっくり養生していて下さい」
「お願いします……あの、イエナに危険が及ばないようにして下さいね」
「ええ、必ず。ああ、そうだ」
手帳にメモを書いて、ちぎって渡す。
「もし、機械義手をつけるなら、そのお店に行くといいです。ブレイズ教徒に紹介してもらったと言えば、色々と便宜を図ってくれます」
マキナさん御用達の店だ。腕は確かな筈。
もう、これ以上出来ることは無いかな。
医院を出て、ククを待つ事にする。
○
表に出て3分程待つと、空気を切り裂く音と共にククが箒に乗って空からやって来た。
ククがやって来るのはいつも上からなので、パンツを見ることが出来ないかと上を向いてガン待ちするのだが、生憎しっかりとガードされており、一度も見れた例は無い。今日も駄目だった。
着地する直前、勢いを殺すため地面に箒の噴射口を向ける。スカートがめくれそうになるが、砂埃が舞い上がって目を開けていられない。今度ゴーグルでも買って来ようか。
「お待たせ〜。……どうしたんだよ、残念そうな顔してさ」
「いや、何でもない。それより、早速初めてくれるか」
「まっかせな!」
ククが、鼻歌を歌いながら箒の柄で地面に呪術陣を書きつける。
ククは、端的に言って天才だ。この世界の技術である魔法、錬金術、呪術。3つの分野に精通している。
正直、なんで俺なんかとつるんでいるのか分からない位に優秀なのだ。
呪術陣を書き終えると、帽子からトサカ鳥を取り出す。
飛ぶ事が出来ず、よく卵を生み、肉の美味しい家畜の代表たるその鳥の首が跳ね飛ばされた。
呪術に必要な生贄である。
勢いよく流れる鮮血を、呪術陣に流し込むと、陣が輝き出した。
「生命の川から零れた雫を、その流れに戻し給え。《血流遡行》」
《血流遡行》は本来大怪我をした現場で失った血をかき集める回復の為の呪術だ。
これを血痕等に使うと、本人に対して血液が向かって行く人探しの術に変化する。
昔、俺がコケて怪我した時、ククが手当してくれた事があった。
その時は優しさに感動したものだが、手当に使われた俺の血の付いたガーゼは、後日行われた賭けかくれんぼで《血液遡行》によって追尾弾と化して俺の居場所を暴くのに使われた。生贄は晩御飯に使われたトサカ鳥を締めて血抜きするついでに行われた。
良き思い出である。
ナイフに付いた血が浮き上がり、血球となって動き出した。
「追うぜ、乗りな!」
「頼む!」
箒に跨り、凹凸の無い……いや、有無で言ったら『僅かに有る』美しいククの身体に手を回す。
全身に浮遊感が与えられ、箒が飛び上がる。
こうして上から見るとこの区画雑多過ぎないだろうか。
トタン屋根から高層ビル、大木をくり抜いた家の隣にゲーセン、その奥はクリスタル造り。
北に100キロも行った綺麗に整備された高級住宅街と比べると、闇鍋というか。
「言い忘れたけど、あの血液は誘拐犯のだ。行先は敵が居るからな」
「いいねぇ! どうするんだ?」
「ああいう悪人は大抵入り組んだ場所に拠点を構えてるからな。地上から行くと逃げられる可能性がある。上から大鳥みたいに掻っ攫うぞ!」
「おーけー!さあかっ飛ばすぜー!」
方角は南。街の中心区画からは離れる方角。
つまりは、より治安の悪い方角だ。




