鋼鉄のシスター
「そこのイケてるおにーさん、ちょっと見ていかないかい」
飲み屋に行く近道の市場を歩いていると、俺に声が掛かった。
どうせくだらないセールスだろうな、俺達の儲かったとか景気のいい会話を聞かれたか、ちょっと迂闊だったなと振り向くと、そこには二人の女の子の姿。
一人は紫のフードを被っている、俺に声をかけた方。顔はよく見えない。
もう一人は、地面に直接座らされた獣人……狼族に見える女の子。白い耳の、柔らかな、優しそうな顔立ちをしている。
首輪をつけられ、鎖で繋がれていた。
奴隷商か。
「おい、さっさと行こうぜ。こんなトコの奴隷商なんて、つまんねー詐欺しかねーぞ」
ククが俺を急かすが、少し気になるな。
「いや、ちょっと見させてくれ」
俺が興味を持ったと見ると、ローブの女の子が調子よく口を開く。
「お兄さん、お目が高いね。この娘はかの気高き狼族の女の子。強く、美しく、忠義者。
一度主と定めた相手には生涯尽くす、最高の奴隷だよ。尻尾はふわふわ、普段は真面目でお硬いのに発情期には自分を抑えきれず、主殿におねだりしてしまう、こんな逸品が、今ならこのお値段! しかも処女だよ! オマケに巨乳!」
最後のはメリットではなくデメリットではないか、と言いたくなる気持ちを抑える。自分の性癖が一般的でないのは理解している。
女の子が示す値段は、格安だ。
「へぇ、どうしてこんなにお安いんだい。月末の奴隷市に出せば、桁が1つは違うだろう」
「それが聞いて下さいお兄さん。聞くも涙、語るも涙の物語。この子はね、病気の妹がいるんですよ。肺の病気で、ようやく移植手術の臓器提供者が見つかったんだけど、手術の費用を持ってない。明後日までに用意できなければ、臓器は他の患者に回されちまうんだ。月末の奴隷市まで待ってたら、手術を受けることは出来ない。そこで、安く買い叩かれようと、すぐに金を用意する為この市で自分を売りに出したって訳さ。ほら、お前もお兄さんにお願いしな」
調子付いた女の子の口が回る回る。
促された狼族の女の子が、鎖の伸びる限界までこちらに近づいて語りだす。
「お聞き下さいな、お優しいお兄さん。
私の妹、イエルは、それはもう良い子なのです。貧しい家に生まれて、幼いころから過酷な労働環境にほうりこまれ、私共々世間の荒波にもまれ生きてきました。毎日疲労困憊で家に帰り、私がすぐ寝床に倒れ込んで寝ようとする中、イエルは机に向かって勉強を始めるのです。将来、いい仕事に付いて姉ちゃんに楽させてやると! ああ、しかし、神様のなんと残酷なことでしょう!イエルは、イエルは、肺を病に侵されてしまったのです!」
あまりに熱の篭った語り口に、見物人が集まってくる。
ローブの少女が帽子を持ってカンパを募り始めた。
「ああ、どなたか、お優しい方この哀れな狼娘にご慈悲を!」
ククが俺の袖を引いてきた。
ちょっと待たせ過ぎたか。
この子を買うつもりは一切無いが、冷やかし料としてカンパの方に銅貨を何枚か入れた。
「あ、お兄さん有難う」
「名演技だったね」
「いやいや演技じゃないって本気本気」
多分買おうという奴は現れないだろうが、そこそこカンパは集まるだろう。
はよ来いと言わんばかりに呆れた顔をするククの方に行く。
「なるほど、これが有名な狼族詐欺の手口か。一度見て見たかったんだよな」
男なら誰もが夢見る、主に一途な狼族美少女の奴隷。
そもそも奴隷になる狼族など存在するのか、この世に存在しない物の代名詞として落語の題材にもなる有名なそれは、ある日突然この市場に現れた。
自らを狼族だと名乗る美少女奴隷。
獣人族は、自分の種族に誇りを持っている。
盗賊に墜ちたクズだろうが、指名手配犯だろうが、自分が何族かを偽る事はしない。
兎族は兎族。犬族は犬族とハッキリ名乗る。
だから、獣人族が自分の事を狼族だと名乗るのなら、それは信用されるのだ。
嘘か真か、初回のオークションでは、何千万マールが動いたらしい。
見事、美少女狼獣人奴隷を落札した金持ちは、生涯の主と定めたものに対してのみ行うとされる狼族の儀式を経て、信頼の証として奴隷の首枷を外してしまい、即日逃げられたという。
これには皆、首を傾げた。
なぜ気高いとされる狼族が、主と認めた相手から逃げ出したのか。
なんてことは無い。その狼族は、騙りだったのだ。
ハイエナ族。他の獣人と比べて優れた部分の無い種族。
他の種族から見下され続けた彼らは、自らの種族に誇りを持たない。
持たないので、平気で自らの種族を偽ってしまう。本来耳のブチ模様で区別がつくのだが、彼らは種族のアイデンティティである毛の模様を簡単に染める。
獣人界の詐欺師である。
何千万マールを得たハイエナ娘はその資金を持って大量のハイエナ族をこのゲートンシティに呼び寄せたそうな。
以来、この市ではたまに狼族を名乗るハイエナ族が詐欺を働いてる。一種の伝統芸能だ。
客も詐欺と分かっていて、演じる方も詐欺であることを隠すつもりも無い。
熱のあるお涙頂戴の劇を見せて、幾分かのお捻りを貰う、そういう商売。
『あいつ等、いつかぶっ殺されるんじゃないかの、特に狼族辺りに』
「狼族の風評被害が凄まじいからな」
流血沙汰になっても助けてくれる奴は居ないだろう。
さて、そろそろ行くか。
○
「飲みすぎた……」
すっかり辺りは暗い。いったい何時間飲んでいたのか。
吐き気がヤバイ。このままでは食ったもの全て出してしまう。
「待て、揺らすな……うっ」
俺の肩を借りているククの表情も青ざめている。
俺に向かって吐いてくれるなよ。
俺はまだ美少女のゲロで喜べるほどの上級者じゃないんだから。
あやかし丸は満腹になって寝てしまっていた。
刀形態にして腰に差して輸送中だ。
このままでは全滅してしまう……何処かに休める場所は……
「そうだ、あそこなら俺達を助けてくれる筈だ」
○
もはや歩く事もままならない俺達は、どうにかして、あるマイナー宗教の教会かつ孤児院にたどり着く。
燃え上がる炎に、戦旗を組み合わせた紋章を掲げたその教会は、異世界からたった一人でやって来た布教者が建てた物だ。
その宗教の名を、ブレイズ教と言う。
炎と勇気を司る戦女神、ブレイズ様。
この教会では、たった一人のシスターが、孤児院を運営しながらブレイズ教の布教に努めている。
進退窮まった者が最後に頼るのは、神様と相場が決まっている。
俺達は、教会の裏口にまわって扉をノックした。
「こんな夜に、どなたですか……あら、清十郎ちゃんに、ククちゃんじゃないですか」
中から出てきたのは、その全身を真っ赤な装甲に包んだサイボーグ。身体に対してかなり大きな腕でドアを開き、暗い闇の中で、2つの大きなガラス質の目を輝かせている。
彼女は、ロボットではない。全身を機械に置き換えているが、正真正銘の人間だ。
俺とククにとっては、第二の親とも言える人物。
「こんばんは、マキナさん。突然なんですが、ちょっと休ませて頂けませんか」
11年前、母さんが頼れと言った人物、シスター・マキナだ。
何の見返りも求める事なく、ただただ善意で孤児院を経営する彼女は、俺の知人の中で最も優しい人だと断言出来る。
その優しさに甘えさせて貰うことにした。
○
「まったく、二人とも子供のままですね。はい、酔い覚ましです」
呆れたような、ちょっと嬉しそうな声でマキナさんが冷たい水を持ってきてくれる。
おお、死に瀕していた身体に冷たい水が染み渡る。
ククの方もだいぶ落ち着いたようだ。
「助かったよシスター。あ、これ、ガキ共にやってくれ」
帽子の中から、持ち帰り用に包んでもらった焼き菓子が出てくる。
いつも思うのだがククの帽子の中は一体どうなっているのか。
あの中には札束やら、収まる筈のない箒やらも収納されている。
四次元ポケットのようなアイテムだと思うのだが、どんな仕組みなのか、どこで手に入れたのか聞いても「かーちゃんの形見を貰っただけだから分かんね」としか返ってこない。
俺も欲しいものだ。
「どうですか二人共、最近の生活は。ちゃんと栄養のあるもの食べてますか?
清十郎ちゃんがこの孤児院を出て、ククちゃんが後を追うように出ていって、もうどれ位経ちましたっけ。もうちょっとこまめに顔を出してくれると、心配せずに済むんですが」
昔と変わらない、子供を心配する親の顔。
「安心してくれ、シスター。昨日までは借金漬けでパンの耳ばっか食ってたが、今日からは金が有るから大丈夫だ」
「それのどこに安心する要素があるのですか」
マキナさんがククに軽いチョップを当てる。
なんてことない一撃のように見えて、その実は金属の塊による一撃である。酔いに苦しむククは頭をかち割られたかのような苦悶の声を上げた。
「清十郎ちゃんは? ちゃんと食べてますか?」
「あー、うん、ちゃんと、食べてます、よ?」
「何で目を逸してるんですか」
『嘘じゃな。コイツ甘味食べ歩きで晩飯が食えなくなるとかしょっちゅうじゃぞ』
「あやかし丸、お前起きてたのか。……待ってくださいマキナさん、確かに俺の食生活は偏ってたかもしれませんが、半分はあやかし丸の要求によるもので、コイツも同じ物食べてます。同罪です、同罪」
『弁明どころかアイツも悪い論法とか、小学生かお主。妾は栄養なんぞ関係無いから無罪じゃ無罪』
「い~え、全員有罪です」
この場の絶対権力者から判決が下る。
弁明を諦めて共犯者を引きずり込む作戦は成功した。
「駄目じゃないですか、あやかし丸ちゃん。貴方は清十郎ちゃんのお姉ちゃんなんですから。貴方がちゃんとお手本を見せてあげないと、清十郎ちゃんが悪い子になっちゃうでしょう」
『む、確かに清十郎はまだまだ子供じゃからな……。 おい、悪かったのう清十郎ちゃん、ちゃんとお手本を見せてやれなくて』
「ゴメンナサイ俺が悪かったですから遠回りに責めるの止めて下さい」
普通に責められるより子供扱いで擁護される方がキツかった。
「しょうがないですね……三人共、今日は泊まっていきなさい。明日の朝、栄養の有るもの用意してあげますから」




