闇夜に花火を
【ククキール】
屋根の上、清十郎が不意打ちに失敗してからアタシは息を潜めて機を窺っていた。
この位置から魔法で神父を狙う事は簡単だ。
しかし、さっきの不意打ちに気が付ける奴に今仕掛けても効果は薄いだろう。
狙うのであれば、奴が清十郎を追い詰めて油断した瞬間。
そう思っていたのだが、神父は私の方にも気づいていたらしい。
下から魔石が投げられるのを見て、即座に飛び立つ。
神父が投げた魔石が窓から飛び出て、中から光が溢れた。
光が収まり、現れたのは3つの頭を持つ、翼の生えた全高3メートル程度の三つ首の犬。
教会の屋根を破損させながら着地したそれは、恐らくキマイラか何かだ。
成程、誘拐した獣人は、コイツに食わせる為だったか。
即座に距離を取ったせいか、ケルベロスは空のアタシと下の清十郎、どちらを狙うか決めあぐねている。
ここで逃げたなら、追われる事はないだろう。 その場合は、清十郎がコイツと神父を相手取る事になるが。
たかがこの程度の犬っころ相手、このククキール様に逃げ出すという選択肢は無い。
アタシは、アタシの道を阻む相手を許さない。この犬はぶっ倒す!。
「おいクク! その雑魚は任せたぞ!」
下から響く、清十郎の声。 分かってるじゃないか、この程度の魔物など、アタシにとっては雑魚に過ぎない。
「応よ。任されてやるよ、清十郎」
それに、二体一になってお前に負けられると困るんだ、清十郎。
アタシはまだ昔ボコボコにされた雪辱を果たしていない。
お前を負かして、アタシの方が上だと認めさせた上で、アタシに惚れさせる。
その野望の為にも、コイツは引き受けてやるよ、清十郎。
ウダウダと考えたが、一言で言うとこうだ。
「勘違いするなよ、お前を助ける訳じゃねぇ。お前を倒すのはこのアタシだ、清十郎」
身体から魔力を絞り出して、魔法を発動させる。
「《炸裂する》《火の》《矢》」
魔法とは、力のある言葉の組み合わせ。
魔力が籠もった言葉は、現実にその現象を引き起こす。
眼前に燃え盛る炎が表れて、犬っころの方へ飛ぶ。
着弾と同時に、爆発。犬っころの前足を大きく抉った。
苦痛の叫びと共に、敵意の視線がこちらに向けられる。
「その羽が飾りじゃねぇなら、飛んできな。空中戦と行こうじゃねえか」
果たして、キマイラは挑発に乗って、夜の空に羽撃いた。
○
箒のアクセルを引き絞り、時速600キロの高速度帯で空を駆け回る。
カカリア区の夜は暗い。眠らない繁華街と違って、ここには夜通しやってる店なんて数える程しか無い。
面白みの無い風景だ。
やはり、飛ぶなら都会の空に限るな。
そんな事を考えながら、上下反転した視界の中に映る敵を追う。
ドッグ・ファイト。
高速で飛び回れる魔女や魔物の戦いは、後ろの取り合いが基本になる。
急加速、急減速、宙返り、あらゆる手段でお互いが後ろを狙って飛び、隙を見つけては攻撃する。
今は、お互いがお互いを追う形。
グルグルと弧を描く様に回っている。
「《氷の》《矢》」
高速で飛び交う中、スキを見て単発の魔法を放つ。
当たるとは思っていない、あくまでも牽制だ。
魔法は、使う言葉の数を増やせば増やす程、消費魔力が跳ね上がり、効率が悪くなる。
基本は二節、強気に行くなら三節、勝負の決め所で四節といった所。
こちらの放った氷の矢は正確にキマイラを捉えるが、右の首が大きく口を開けて氷を噛み砕いてしまう。
続けて、キマイラが左首のをこちらに向けた。
口から吐き出される球状の炎。
火球は正確な偏差射撃で迫ってくる。
避けられないと判断して、即座に対処の魔法を紡ぐ。
「《運ぶ》《風》」
火球の軌道を魔法の風で捻じ曲げて、キマイラの進路上に置く。
激突。3本の首の内、真ん中の物が吹き飛んだ。
「所詮は獣だな。空中戦の作法がなっちゃいねぇ」
相手の攻撃を利用するなど基本中の基本。あんな単純で弾速の遅い攻撃は、魔女同士の戦闘では置き技としてでなければ使われない。
怯んだスキに速度を上げて、引き離す。距離を取り、反転。突撃した。
首を失って狂乱状態となったキマイラは、闇雲に火球を吐き出すだけだ。
思考停止で放たれる火球を回避して、キマイラとのすれ違いざま、
「《切り裂く》《風》」
風の刃を作り出して、キマイラの片翼を叩き切る。
高高度、高速度の空中で己を支える翼を失ったキマイラは真っ逆さまに堕ちていく。
空中戦において最も効率的な攻撃は、翼を破壊してしまう事だ。
どんな強靭な魔物だって、地面に叩きつけられれば大抵死ぬ。
だが、奴がこのまま堕ちると、下の建物を巻き込み死人が出るかも知れない。
故に、空中で粉微塵に消し飛ばす必要がある。
「その翼じゃ避けられねぇだろ。トドメだ」
箒から片手を離し、キマイラに向ける。
「《巨大な》《炸裂する》《数多の》《炎の》《矢》」
五節詠唱。一切の効率を考えないで放つ、今の自分の最大火力。天才のククキール様は、たかが四節詠唱を必殺技としているそこらの魔女とは、格が違うのだ。
手の先に幾何学模様を組み合わせた魔法陣が現れて、そこに莫大な魔力が注ぎ込まれ……放たれた。
何十本の、一つ一つが箒程もある炎の矢が、マシンガンの弾丸の如く魔法陣から発射される。 その全てが墜ちるキマイラに命中して……
夜の街を照らす、巨大な爆発が起こった。
まるで一瞬だけ太陽が戻ってきたような明るさに、全ての住民が空を見上げる。
だが、そこには何も残されていない。キマイラは、塵すら残さず消滅してしまった。
「ま、こんなモンだろ。 後は、清十郎があの神父に勝ちゃあしまいだ」
進路を教会に向けて発進。戦いの最中に随分離れた場所に来てしまった。
戻る頃には、決着がついているだろう。




