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・・・ピンポーン・・・
夕方、インターフォンの音で俺は目が覚めた。
・・・誰だ?
ピンポーン・・・
・・・ナル・・・かな?
いや・・・だけど、ナルなら合鍵を持っているし、
何より・・・昨日からずっと電話に出てくれないから
ここに来るワケがないか・・・。
一昨日のどしゃ降りの雨の中、ずぶ濡れのままナルを追いかけ、
アパートにも行ってみた。
だけどナルはしばらく待っても帰って来る様子もなく、
彼女が行きそうな場所を全部回り、探し続けた俺は
見事に風邪をひいた。
そして昨日からずっと寝込んでいる。
・・・ピンポーン・・・
しつこいな・・・。
こっちは風邪で死にそうだって言うのに・・・さっさと帰ってくれ。
ピンポーン・・・
さらに鳴り続けるインターフォン。
だけど俺は起き上がることも出来ないでいた。
すると傍に置いてある携帯が鳴った。
誰だよ・・・。
ナル専用の着メロじゃないからナルじゃない事だけは確かだ。
「・・・はい、もしもし?」
『あ・・・澄子です・・・。』
澄子ちゃん?
「・・・どうしたの?」
『あの・・・今、広瀬さんの部屋の前にいるんですけど・・・』
さっきからインターフォンを鳴らしてたのは澄子ちゃんだったのか・・・。
『広瀬さん、風邪だって聞いたから・・・それで・・・』
「・・・。」
『・・・昨日も休んでたし・・・あの・・・中にいるんですよね?
開けてもらえませんか?』
「・・・いや・・・、大丈夫だから・・・。」
一昨日、澄子ちゃんを部屋に入れたおかげでナルに誤解させてしまった・・・。
止むを得ない理由だったとしてもそれが原因でナルを傷つけてしまった。
だから俺はもう二度とナル以外の女の子は部屋に入れないつもりだ。
『・・・広瀬さん・・・』
「ごめん・・・澄子ちゃん・・・せっかくなんだけど、
帰ってくれないかな・・・。」
『どうしてですか?』
「・・・これ以上、彼女に誤解されたくないから・・・。」
『・・・。』
「・・・どんな理由があっても・・・澄子ちゃんをもうこの部屋に
入れるワケにはいかないよ・・・。」
『・・・広瀬さん・・・お願い、開けて・・・。』
「澄子ちゃん・・・ダメだって・・・。」
『どうしても・・・ですか?』
「うん・・・どうしても。」
しばらくの沈黙の後、
『・・・わかりました・・・今日は、帰ります・・・。』
そう言うと、澄子ちゃんは電話を切った。
その後、俺は携帯を閉じてまた眠りについた。
―――どれくらい寝ていたのかわからないけれど・・・
後頭部と額に感じる冷たい感触で目が覚めた。
「あ・・・ごめんなさい・・・起こしちゃいました?」
・・・ナルの声?
熱のおかげで朦朧とする意識の中、視界にナルの心配そうな顔が入ってきた。
「・・・ナル・・・?」
ここにナルがいるはずがないと思いながら、
やけにリアルに見えるナルの姿に向かって呼びかけてみた。
「・・・はい。」
返事をしたナルが俺はまだ幻とも現実とも区別がつかないでいた。
俺はそっと手を伸ばしてナルの頬に触れてみた。
暖かくて、柔らかくて・・・まるで本物のナルに触れているようだった。
「・・・先輩?」
ナルは頬に触れている俺の手をぎゅっと握ってくれた。
・・・夢・・・なのか?
「先輩・・・大丈夫ですか?」
ナルは少しだけ俺に顔を近づけた。
それでも・・・まだ夢なのか現実なのかがわからない・・・。
だけど掌に感じているナルの頬の温かさ・・・
それに手の甲に感じているナルの掌の温かさも決して夢なんかじゃない気がした。
夢なら・・・何も感じない・・・。
「ナル・・・来て・・・くれたのか・・・?」
「はい・・・。」
本物のナルだ・・・。
「ナル・・・、ごめん・・・俺・・・」
俺は真っ先にナルの誤解を解きたくて、起き上がろうとした。
「先輩、まだ熱があるから・・・寝てないと・・・。」
「・・・いいから・・・ナル、聞いて?」
「でも・・・」
「大丈夫だから・・・。」
俺がそう言うと、ナルはまだ心配そうな顔をしながら
「わかりました。」
と言って、俺の体をそっと起こしてくれた。
「一昨日の事なんだけど・・・」
「はい・・・。」
「俺の部屋にいたのは・・・先生のお嬢さんなんだ。」
「あの飲み会の時に今井先生の隣にいた・・・澄子さん・・・?」
「うん・・・それで、その・・・澄子ちゃんて将来、先生の跡を継ぐ為に
今、大学の建築学科に通ってるんだけど、土曜日と日曜日・・・課題の資料集めを
手伝ってくれって頼まれてさ・・・、けど・・・俺はナルと会いたかったし、
別に仕事でもないから断ったんだけど・・・先生がその会話を隣で聞いてて、
澄子ちゃんを手伝ってやってくれって・・・。」
「・・・それで・・・ここに・・・?」
「いや・・・ここには入れるつもりはなかったんだけど・・・、
一昨日、急に雨に降られちゃって二人ともびしょ濡れになったから
澄子ちゃんに風邪をひかせちゃいけないと思って・・・それで仕方なく。
・・・で、先に澄子ちゃんにシャワーを浴びさせてた時にナルが来ちゃって・・・」
「・・・それじゃあ・・・」
「・・・うん・・・澄子ちゃんとはなんでもないよ。」
俺がそう言った途端、ナルは涙を流して泣き始めた。
「・・・ごめんなさい、・・・ごめんなさい・・・」
「なんでナルが謝ってるんだよ・・・?謝らなきゃいけないのは
俺の方なのに・・・。」
「・・・だって・・・私、が・・・先輩の、事・・・ちゃんと、
信じて・・・なかったから・・・」
「違うよ・・・ナルが悪いんじゃない・・・。」
「・・・でも・・・」
「俺だって・・・もし、同じ場面を見たら・・・きっと、誤解してた・・・。」
「・・・先輩・・・。」
「先生の命令で仕方なく澄子ちゃんの手伝いをする事になったから・・・、
それでナルには“仕事”って言ったんだけど・・・ごめんな。
変に気を回しすぎたせいで・・・返って、ナルの事・・・傷つけた・・・。
俺がちゃんとナルに話してれば・・・ナルを泣かせずに済んだのに・・・。
ホントに・・・ごめんな・・・。」
俺はナルの背中を撫でて泣き止むのを待った。