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「ナルッ!待って・・・っ!」


先輩はすぐに私を追いかけてきた。




来ないで・・・!


・・・来ないで、来ないでっ!




私はエレベーターに駆け込み、急いで開閉ボタンを押した。




「ナ・・・」


ドアが閉まり、先輩の声が聞こえなくなった途端、涙が溢れてきた。




先輩は違うって思ってたのに・・・っ。




仕事なんて嘘じゃない・・・っ!




私・・・また二股かけられてたの・・・?






エレベーターを降りてマンションを出た後、


私は雨の中を走った。




駅とは違う方向に傘もささず・・・。




夢中で走って、走って・・・


走っている間・・・ずっと携帯が鳴っていた。




・・・先輩専用の着メロ。




それでも私は走り続けた。






思いっきり走って、疲れて・・・そして立ち止まると、


雨はすっかりあがっていて、暗くなった空には


薄っすらと月が見えていた。




私は携帯をバッグから出して電源を切った・・・。






―――翌日、月曜日。


昨日、雨の中をずぶ濡れになって走っていた私は


風邪をひいて会社を休んだ。




でも、本当は先輩の事がショックだったから・・・。




風邪の方は体は重いけど熱もなく、少し喉と頭が痛い程度。


先輩の事がなければ普通に会社に出ているだろう。


要するにちょっとズル休み。


だから、今はベッドに寝ているワケでもなく、


ボーッとしながらテレビを見ている。




会社からかかってくるかもしれないから一応携帯の電源は入れておいた。


時々、先輩専用の着メロが鳴っている。




なんでかけてくるの・・・?


もう私の事なんて放っておいてよ・・・。




数時間おきに鳴る携帯・・・それでも私は出なかった。






夜になって先輩からの電話もなくなった。


そしていつもなら届いていた“おやすみメール”も昨日からない。




涙がポロポロと溢れてきて自分でも気がつかないうちに


こんなにも先輩の事が好きだったんだと思い知らされた気がした。


康成さんの時は、二股かけられてたとわかった瞬間、


すぐに冷めていったのに今回は違う・・・。


康成さんに捨てられた傷もまだ完全に癒えていないうちに


先輩に二股かけられていたのが発覚したからかもしれないけど・・・




私・・・立ち直れるのかな・・・。






―――翌日、火曜日。


さすがに二日もズル休みをするワケにもいかず、


私はとりあえず出社した。


風邪の方も昨日おとなしくしていたおかげで


すっかり良くなった。




「日曜日、広瀬と雨の中デートでもしたの?」


矢野さんはククッと笑うと


「あいつは今日も寝込んだままみたいだけど、


 愛美ちゃんはもう平気なの?」


と言った。




・・・寝込んだまま?


今日も・・・て・・・?




「・・・広瀬先輩・・・どうかしたんですか?」


「えっ!?愛美ちゃん・・・知らないの?」


先輩の様子をまるで知らない私に矢野さんは驚いたようだった。




「昨日、あいつと仕事の事で打ち合わせする予定だったんだけど、


 会社休んだみたいでさ、風邪が酷いらしくて・・・


 さっき電話したら今日も寝込んでるらしい。」




・・・え・・・。




「日曜日、雨に濡れたまま長時間外にいたとか言ってたなー。」




「・・・。」




長時間て・・・。




9月にはいったばかりでまだ夏の暑さは残っていても、


夕方には気温は下がる・・・それにあのどしゃ降り。


その中を濡れたまま長時間外に・・・?




どうして・・・?




・・・いや、そんな事よりも・・・そんな状態でずっと外にいれば


風邪をひくのは当たり前で熱だって出していたっておかしくない・・・。


それにあの先輩が仕事を休むなんて相当酷いのだろう・・・。




先輩・・・大丈夫なのかな・・・?






―――夕方。


定時を少し過ぎた頃、矢野さんが「早く帰れ。」と言い出した。


「愛美ちゃん、病み上がりなんだから今日はもう帰りなよー?」




「え・・・あ、はい・・・。」


はい・・・とは言ったものの、私はまだ帰る気にはなれないでいた。


先輩の事は正直、ものすごく気になっているし、


今すぐにでも先輩のマンションに行きたかった。


だけど・・・先輩の部屋に“彼女”が来ているかもしれない・・・。


そう思うとやっぱり私は行かないほうがいいんだと思ってしまう。


今朝からずっとその繰り返し・・・先輩のところへ行きたくて・・・


でも、“彼女”と鉢合わせになるのが怖くて・・・。


そして・・・とうとう定時を過ぎてしまった。




「愛美ちゃん・・・マジで今日はもう帰りなよ・・・


 早くあいつのとこ行ってやれって。」


なかなか先輩のところへ行く勇気が出ない私の背中を押してくれたのは


矢野さんの言葉だった。


もちろん、矢野さんは先輩が二股をかけてるなんてことは知らない。


だから先輩のところへ早く行けと強く言える。




私は矢野さんの言うとおり、先輩のマンションに行く事にした。






電車の中や、先輩のマンションへ行く間、ずっといろいろ考えた。


“彼女”が来てたらどうしよう・・・?とか、


私が行ったら先輩はなんて言うだろう・・・?とか、


それとも、寝込んでるだろうか・・・?とか、


実は“彼女”の部屋で寝てるのかも・・・?とか・・・




マンションの下まで来て立ち止まり、


エレベーターを降りてまた立ち止まり、


そして先輩の部屋の前でまた立ち止まり、


私はインターフォンを押せずにいた。




けど、いつまでもこうして突っ立っていたって仕方がない。


しばらく考え、私は思い切ってインターフォンを押すことにした。




もし、“彼女”と鉢合わせになったら・・・その時はその時!




・・・ええぃっ!


儘よ!




・・・ピンポーン・・・。




・・・。




先輩・・・いないのかな?


中からは誰もでてくる様子がない。




私は恐る恐る合鍵でドアを開けた。




玄関には・・・昨日見た女の子の靴はない。


先輩の靴だけ。




そのことに少しホッとして、それでも私はおずおずと薄暗いリビングに入り、


部屋の灯りを

点けた。




先輩寝てるのかな?




寝室のドアを開けると、廊下の灯りに照らされてベッドの中で寝ている先輩が見えた。


少し近づいてみると、なんだか苦しそうだ。




「・・・先輩・・・?」


小さな声で呼びかけてみるけれどまったく反応はなく、


そっと先輩の額に手をあてるとものすごい熱が伝わってきた。




酷い熱だ。




私は急いでリビングに戻って冷凍庫を開けた。




アイスノンがない。




あー、そうだ・・・。


先輩の部屋にはいろいろ揃っていないものが多々あるんだった・・・。




私は風邪薬が置いてありそうな場所を探した。


だけどやっぱりそんなモノはなく、冷蔵庫の中もほぼ空っぽの状態だった。




先輩・・・もしかして・・・何も食べてないとか・・・?

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