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次の日から私は、先輩の部屋にいよいよ本格的にパラサイトする事になった。
先輩は全然迷惑じゃないと言ってくれたけれど・・・でも、
やっぱり、どこか気が引ける。
―――朝、6時。
私と先輩はまだ夢の中にいた。
しかし、けたたましい着信音に私と先輩は起こされた。
心地良い夢から現実へと引き戻したのは先輩の携帯だった。
「はい・・・もしもし?」
先輩は寝ているところを起こされたからか、不機嫌そうな声で電話に出た。
そしてベッドから出ると、私に気を使ってそのまま寝室を出て
リビングの方へと行った。
しばらくして、寝室に戻ってきた先輩は少し焦った様子だった。
私がどうしたんですか?と聞くと、何やら仕事でトラブルが起きたらしく、
今からすぐに大阪に行くと言った。
「先輩、何泊するんですか?」
「んー・・・、多分3泊は確実かも。」
「あ・・・じゃ、着替えとか多めに入れておきますね。」
先輩が身支度している間、私は先輩の荷物を用意した。
「悪いな、ナル・・・こんな朝早くから支度まで手伝わせて。」
「気にしないで下さい。」
そう言って私が先輩に笑顔を向けると先輩も「ありがとう。」
と、優しく笑ってくれた。
・・・ドキッ。
私は朝から先輩の笑顔にときめいていた。
大学の頃からずっと変わらない優しい笑顔。
あの頃はこの笑顔が見られる距離にいるだけで幸せだった。
今は・・・もっと近く・・・
隣にいるけれど・・・。
「じゃ、行ってくる。」
先輩は玄関まで見送りに出た私に軽くキスをした。
「いってらっしゃい。」
私は笑顔で送り出した・・・だけど・・・
本当はちょっと寂しかったりなんかする。
先輩と3日は確実に会えない・・・。
先輩の部屋に居候し始めてから、ずっと先輩と一緒だった。
毎日、先輩を送り出して掃除して洗濯して、ご飯を作って。
それが当たり前になってきた。
でも、そろそろアパートに帰らなきゃ・・・と、思っていたら
先輩の口から予想外の言葉が出てきた。
“ずっと一緒にいたい・・・。”
その言葉がすごく嬉しかった。
今の私はただの居候でしかないけれど・・・
それでも先輩が一緒にいたいって言ってくれた事がすごく嬉しかった。
だから、余計に3日間も先輩と会えないと思うと寂しいんだよねー。
先輩を送り出してから私はお昼から派遣会社の登録会に行った。
会社をクビになって2週間・・・
ずっと就職活動をしているけれど、いまいち結果がふるわなかった。
途中採用で、しかも25歳というビミョーな年齢・・・。
面接で聞かれることはだいたいどこも同じ。
“今、恋人はいますか?”
“いる”と答えれば、年齢的にもすぐに結婚してもおかしくないと思われ、
“いない”と答えてもそれはそれで腰掛け就職だと思われる。
そんなワケで未だに新しい仕事先は見つかっていなかった。
それで一応、“派遣”というのも視野に入れた。
登録会は思っていたより時間がかかった。
派遣会社の登録データ用の履歴書や職務経歴書を書いたり、
スキルチェックをしたり・・・
それが終わった後は派遣会社の担当者の人との面談。
どんな職種がいいか、勤務地はどの辺りがいいかとか。
制服は有った方がいいか、残業はどの程度までならできるのかなんていう
結構細かいことまで質問された。
「では、千秋さんにお願いできそうなお仕事がありましたら、
すぐにご連絡いたします。」
「はい、よろしくお願いします。」
派遣会社を後にし、ため息をつきながら空を見上げると
薄っすらと雲が赤くなっていた。
もうこんな時間・・・。
今日は先輩もいないし、夕飯は冷蔵庫にある余り物で済ませちゃおうかなぁ・・・。
・・・と、その前に、夜はきっと暇だからDVDでも借りて帰ろうかな。
そんな事を考えながら駅に向かって歩いていると、
「・・・千秋さん。」
と、不意に後ろから呼び止められた。
若い女性の声がした方を振り返ると
今井先生のお嬢さん・・・澄子さんだった。
「・・・あ・・・こんにちは。」
何か私に用なのかな?
不思議に思いながらも私はとりあえず笑みを返した。
「・・・あの・・・ちょっとお話が・・・」
「はい、なんでしょう?」
私に話があると言った澄子さんの顔はあまり余裕が感じられず、
愛想笑いすらしていない。
何か余程深刻な話なんだろうか・・・?
私と澄子さんは近くの静かな喫茶店に入った。
向かい合う形で座った澄子さんはしばらく経っても
なかなか話を切り出そうとしなかった。
まるで、何か言い難い事があるみたいに・・・。
少し緊張した空気が私と澄子さんの間に流れる中、
オーダーしたコーヒーをウェイトレスが持ってきた。
カチャン・・・と少しだけ音を立てて、
コーヒーカップがテーブルに置かれた。
しかし、それすらも澄子さんの目には映っていないみたいだ。
そして、ウェイトレスが離れて行った後、
「あの・・・」
・・・と、ようやく口を開いた。
小さな声だけど意を決したようなその声に、私は少しビクリとした。