15-空が落ちて来る
右のアサルトで突進して来たドラッケンを撃ち、左のアサルトで後方の味方を撃とうとしていたゲゼルシャフトの頭を撃ち抜く。『テュルフィング』の格納庫から新たな敵が現れる、そちらに向けて散弾の雨を浴びせた。
アッシュは稲妻めいた軌道で火星軍の群れへと攻め込み、瞬く間に敵機を無力化していく。もはや頼る者のいない、孤軍奮闘の状況でありながら、アッシュの動きは冴え渡っていた。
「味方を切るのに躊躇いがないんだな。いろいろあるのかと思っていたよ」
『殺しはしないさ。道を違えてしまったが……彼らもまた、私の同志だ!』
イスカとアッシュは瞬間背中を合わせ、ほとんど同時に反対方向に跳んだ。少し遅れて砲撃が着弾、都市と一瞬前まで彼らが存在した場所を破壊する。
「僕には殺すことしか出来ない! 誰かを守れるような便利な手は持っていないし、戦場で敵の命を気にしていられるほどの余裕もない!」
イスカは正面のドラッケンに銃撃を浴びせる。が、胸部に五発の弾丸を撃ち込んだのと同時に弾が切れた。好機を見たドラッケンは剣に手をかけ突っ込んで来る。イスカは冷静に両方の銃を機体のカメラに向けて投げつけた。
銃が頭に当たり、ドラッケンはたたらを踏む。一瞬早くイスカは踏み込み、電光石火の居合を繰り出した。切っ先がコックピットハッチにめり込み、貫いた。
『責めはしない……私だってそうだ!』
アッシュは左手一本になりながらも、果敢に攻撃を繰り出した。出力に任せた力押しの斬撃で機体を両断したかと思えば、スラスターとステップを駆使した幻惑的な一撃で翻弄したりもする。横目で見ながら、イスカは戦慄した。もしあの動きをこれまでの戦いでされていれば、負けていたのは自分だったかもしれない。
とはいえ、限界はある。いかにアッシュが凄腕であろうとも、ブリッツフントが高性能な機体であろうとも、戦闘とは一人で行うものではない。アッシュは三機のドラッケンに囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
『アルス・シュナイダー……皇帝親衛隊まで上り詰めたお前が!』
三機のドラッケンがアッシュに切り込む。割り込もうとするイスカだったが、敵の数は圧倒的に多い。国連軍が撤退し、前線に張り出しているのが自分たちだけだというのも無関係ではないだろう。攻撃が集中しているのだ。
『火星の悲願を達するために! 邪魔者は死ねぇーっ!』
『そうやって敵をすべて滅ぼして……どんな世界で生きるつもりだ!』
孤軍奮闘、だが万事休す。
英雄は凶刃に倒れる。
しかし、そうはならなかった。何の前触れもなくドラッケン三機に撃ち込まれた弾丸が、それを阻んだ。出鼻を挫かれた三機の頭部を、アッシュは一瞬にして切り落とした。誰がアッシュを守った、イスカは攻撃の出所に目を向ける。
『我々も……我々も! 納得出来ません、こんなことには!』
それは、火星軍の一小隊だった。否、それだけではない。各方面で火星軍と火星軍の戦いが始まっていた。呆然とするイスカ。哄笑するアスタル。
『どうやら敵も一枚岩ではないようだな!』
孤立無援。
孤軍奮闘。
思い違いだ。
(あいつの思いに呼応する人間が、いるんだ)
たった一人の妄言ではない。
誰にも理解されない妄想ではない。
それは、希望だ。
火星軍からの離反者による援護を受け、戦況は一気に傾いた。各地のシェルターに収容されていた人々を移し、キャリアーが一隻、また一隻と移動を始める。イスカたちキャバリアー隊とアッシュたちは最後まで現場に残り、最後の最後まで戦い抜いた。
そして。
『石動大尉! 全機の収容を確認しました! シュナイダー隊が撤退ルートの提示を!』
『従え! このあたりの地理には明るくない。一斉射の後全速力で離脱する!』
耳をつんざく砲声。キャリアーが急発進し、イスカは尻もちをついてしまう。硬い鉄の床に尻を打ち付け、痛みに呻くが誰もイスカに手を貸さない。
「ホントに……ホントに質量兵器なんて落ちて来るんですか?」
「連中がモニタリングしていたんだ。間違いないだろう」
「でも、自陣にそんなものを落とすなんて……正気の沙汰じゃない」
条約で禁止された大量破壊兵器。放射性を帯びた隕石は周囲の環境を汚染し、人の住めない土地を作り出す。何も得られるものがない、ただ破壊するだけの不毛な兵器だ。
「正気でないから、このようなことをしたのだろう」
「アスタルさん」
アスタルの様子は先ほどまでと――住民を守るために戦っていた時とは打って変わって、冷徹だった。眼前のすべてを、火星軍を嫌悪しているようにさえ思えるものだ。
「常軌を逸しているから、あんな物を地表に落とせる。正気でないから、誰も彼も巻き込んでしまえる。奴らは人間ではない。人間の常識で測れる存在ではない」
「でも、それは……」
「見ろ、イスカ。あれが証明だ」
アスタルはモニターを指さした。
曇天の空を映し出したモニターを。
空が割れる。
陽光を浴びそれはゆっくりと、しかし確実に落ちて来た。
赤熱し輝くそれは、どこか聖性すら帯びているようにも感じられた。
破壊の権化。
死の運び手。
そのものが秘めたる真の力さえも覆い隠して。
『総員、対ショック体勢! 衝撃波が来るぞ、備えろ!』
石動の叫びさえもどこか遠くに感じられた。目の前の事象から目を逸らせない――目を逸らしてはいけない。イスカはじっと、前を見た。世界が滅ぶ、その瞬間を見た。
音速を越え落下して来た隕石が大気を押し出し衝撃の輪を形作る。大地にめり込み、岩盤がめくれ上がる。破壊は破壊を呼び、熱は光を呼び、光は音を呼んだ。視界いっぱいに広がるハレーション。イスカは最後にそれを見た。
十二月二十四日。
フランスが地球上より消滅した。




