15-奈落への誘い
「遅かったじゃないか! 部下に殺し合いをさせて! 僕が怖いのか!」
『待て、イスカ! 我々がすべきは戦いではない! 私たちは……』
「戦場でそんな戯言を聞くとでも思っているのかぁっ!」
スラスターを全開にしてキャバリアーを前方に押し出す。両者の刀が激突し、弾かれ合い、イスカが吹き飛ばされた。当然だ、膂力の桁が違うのだから。
イスカは後方に弾き飛ばされながらも体勢を立て直し、二刀を鞘に納める。シールドを再び腕に装着し、砲門をアッシュに向けてトリガーを引く。
「アンタのことは嫌いじゃなかった……だけど、これは戦いなんだよ!」
『憎しみ、恨み、戦いを続けたところで! その先には何があるというのだ!』
「少なくともこの場を生き抜くことは出来る!」
弾幕を張り火力で圧倒しようとするキャバリアー、ジグザグ飛行で銃火を避けるブリッツフント。二機の描く鉄と炎の軌跡が鈍色の空を染め上げる。イスカは着地と同時に再度跳躍。矢のような突進を避け砲撃を継続した。
『大尉! お前ら、大尉を援護しろ!』
『おっと、そうはさせねえっての!』
レン率いるドラッケン隊がイスカを妨害しようとするが、御堂たちバトルウェア隊がそれを阻む。一対一の戦いは尚も継続する。
『くっ……だが、最後に勝つのは!』
「僕の方だ、アッシュ!」
アッシュは振り向き、マシンガンを向ける。イスカは盾を投げつけた。
『なに!?』
防ぐものと思っていたアッシュは完全に虚を突かれた。盾投げはイスカの十八番だ、予想していて然るべきだった。アッシュは冷静さを欠いている。
イスカは姿勢を低くし駆け出し、アッシュの死角から接近。双刃を居合めいて閃かせ、ブリッツフントの右腕を切り落とした。苦悶の声がブリッツフントから聞こえる。
(これでとどめだ、アッシュ!)
瞬間、無人島での記憶がフラッシュバックする。
どうすれば戦争を終わらせることが出来る? そんなことは分からない。
この男はその方法を知っているのだろうか? 知っていたとしても、止まれない。
止まれば殺されるのが自分だと、イスカは分かっている。
刀を返しコックピットを狙う。
その時。
『両軍、戦闘を中止せよ! 繰り返す! 両軍、戦闘を中止せよ!』
唐突なアナウンス。機体の通信機からではない、都市の広域防災設備からのものだ。当然、困惑は両軍で共有された。誰もが戦いを止める。
「この声……グランツさん? どうして」
『現在、質量兵器が接近している! 総員戦闘をやめろ!』
「はぁ!?」
何を言われているのか、さっぱり理解出来なかった。
「ウソだろう!? 質量兵器って使っちゃいけないものなんだろ!」
『ウソではない。私も確認した。『テュルフィング』の誘導装置を利用し質量兵器の軌道を操作し、正確に落とす……! それが、本作戦の意義だ』
「だ、だからってこんな、味方がたくさん残っているところに……!?」
味方ごとすべてを吹き飛ばす爆撃。
理解出来なかった、何もかも。
「どうにか止められないのかよ!? 何か、何か手があるだろ!」
『すでに質量兵器は落下軌道に入っている。今更どう足掻いても止められんよ……戦っている場合ではない、そう言った意味が分かったか?』
アッシュが言っていたことの意味を、イスカはようやく理解した。とはいえ相手も理解させようとする努力が足りていたとは到底言えないのだが。
『これ以上戦闘を継続する理由はない。住民はみなシェルターに入れられているが、質量兵器を受ければ一溜まりもない。彼らを保護しなければ――』
アッシュが演説する。
が、戦闘がどこかで再開された。
「おい、何だよあれ! 話を聞いていなかったのか!?」
『敵軍の欺瞞工作である! 惑わされるな、火星の勇士たちよ!』
グランツたちの声が途切れ、代わりに『テュルフィング』から低い男の声が聞こえて来た。恐らくは欧州方面軍の司令官なのだろう、威厳がある。
『敵はこのような卑劣な手段を用いて我々の精神を挫こうとしてくる! 許し難い、信じ難い侮辱だ! 火星が鍛えた鋼の精神は卑劣な謀略によって歪むほどヤワなものか!? 否! 断じて否! 我々は怯むことなく戦い続ける!』
司令は、先ほどの通信については何も語っていない。ただ怒鳴り散らしただけだ。だが不思議な事に、彼の言葉を信じるものも多かったのだろう。市街地での戦闘が再開され、再び古都は炎に包まれた。
「どうなってんだよ、こいつら……命が惜しくないのかよ……」
『やはり、私と司令とでは影響力が違い過ぎるのか……』
近付いてきたゲゼルシャフトを撃ち倒しながら、イスカは後退を始めた。敵軍が質量兵器による一網打尽を狙っているいま、留まる意味はない。
「石動さん、聞いたと思いますけどここヤバいですよ。後退しましょう」
『う、うむ。しかし、彼の話では住民が残っているのでは……』
『大尉、相手が条約違反の兵器を使用するのならば我々には救護義務があります。質量兵器は根こそぎここら一帯をふっ飛ばす。誰も生き残れません』
意外にも、アスタルは賛意を表した。
石動は『うむ』と頷く。
『このようなことを言える立場にないことは、分かっています。しかし……』
そこにアッシュが割って入った。
『いま、ここで生きている人に罪はないはずです。戦いに巻き込まれ、無関係な人が死のうとしている。私はそれだけは、どうしても許せない。何度も、何度も、何度も。私は見て見ぬふりをし続けて来ました。しかし……』
一旦言葉を切り、何かを決意するような間を経て、アッシュは言った。
『民間人を助けるために、ご協力いただけないでしょうか?』
重大な背信行為。
いずれにとっても、致命傷となりうる事態。
『……私も、民間人を殺すために軍人になったわけではない……』
石動が答える。アスタルはため息を吐いた。
イスカは……態度を決めかねていた。
(この場にいるすべての人間が無関係なんて、そんなはずはない)
だが現実はイスカの意志を無視する。
隊としての方針は決まってしまったのだ。




