15-緒戦
冷たいコックピットの中が一番落ち着く。
誰もいない、誰も干渉してこない。
外界から隔絶された楽園。
誰からも顧みられないというのは安らぎだった。
もちろん、現実にそんなことはない。海東イスカは引っ張りだこだ。
『イスカ、休憩終わり。第三小隊と後退し敵の攻撃を引きつけろ』
「了解、了解。ま、やれるだけのことはやりますよ。いつも通りね」
大きなため息を吐き、イスカはキャバリアーを起動させた。
十二月二十四日。
入念な偵察と準備の末パリ攻略戦が開始された。勇壮なる古典建築物、豊かな自然。都市部は打って変わって近未来的なビルディングが立ち並ぶ。それらを踏み潰し、叩き潰し、両軍はそれぞれの目的を達するため血みどろの戦いを続けていた。
火星軍は陣地を敷き国連軍の攻撃を迎え撃つ。さすがに敵の本拠地だけあり鉄量は豊富、弾幕に晒され身動きさえ取れなくなる。更に。
『八時、十一時方向から誘導弾! シールディングチーム、前へ!』
後方の管制官が悲鳴に近い声を上げる。視線をチラリと向けると白い尾を引く誘導ミサイル。シールドを持った機体が前に立ちミサイルを受け止める。爆発によって機体が後方に吹き飛ばされ、シールドが醜くひしゃげた。
(避けても追いかけてくる弾、自分の目で見てみると絶望的だな)
弾幕が途切れた隙間を見計らいリボルビングキャノンを発射。要塞が爆発、炎上する。国連軍も勇気を振り絞り反撃を行うが、どちらが優位かは明白だ。このまま戦闘が続けば全滅さえもあり得るだろう。
潜入部隊はまだか。ブースターを破壊することは出来ていないのか。
『イスカ! マズい、避けろ!』
御堂の声でイスカはハッとし顔を上げた。次のミサイルが撃ち込まれたのだ。シールディング部隊はどこだ。探したが、周囲に味方の影はなかった。
(クソ! 戦場の真ん中でボーっとするなんて、どうかしてるだろ!?)
迫る四発のミサイル。
受ければ即死。
二枚のシールドでは防ぎ切れない。
(死ぬ……ここで死ぬのか。いや、こんなところで死んでたまるか!)
イスカは敢えて前に出た。斜め前方に跳びスレスレのところで初弾を回避。左右から大口を開けた蛇めいて迫る二、三発目を上に飛んで回避。初弾が地面に激突し爆発、寒空を赤く照らした。最後の一発を、イスカは右手のアサルトで撃ち落として止めた。
ホッとしてもいられない。イスカはすべての銃口を敵陣に向け一斉に放った。
「死ぬか、殺されてたまるか!」
大量の弾丸が地面を抉り、いくつもの雪柱を立てる。イスカの攻撃をやり過ごすために火星軍は攻撃の機会を逸した。彼が陣地から顔を出した時、イスカは既に空中にはいなかった。スラスターの噴射で地上に戻ったのだ。
『見ててひやひやするんだよ、お前は! あんまり心配かけんなや!』
「すいませんでしたね、御堂さん。なるべく心臓に優しい戦いをします」
後退しながらレールキャノンを撃ち込み、敵機を牽制。遮蔽物の影に隠れて一息吐く……暇もなく、隠れた建物が砲撃によって粉々に破壊された。
イスカは次の建物を見繕いつつも駆け出した。銃火が彼を追い立てる。先ほどよりも頑丈そうなビルを見つけ、その影に滑り込むと、イスカは空中に向けてグレネードランチャーを撃った。グレネード弾は弓なりの軌道を取って落下して行き、敵陣で炸裂。それなりの被害を出すことが出来たか、とも思ったがそんなことは全然なかった。敵の攻撃はまったく緩む気配を見せず、むしろ強くなっている気さえする。
「ええい、いい加減どうにかしてほしいもんだな! これは!」
『気張れよ、イスカ! もうすぐグランツさんたちがこれをどうにかしてくれる……はずだからさ!』
御堂も攻撃を必死で凌ぎながら反撃している。元々国連軍が保有するバトルウェアの台数は少ないのだ、このままではすり潰される。
ミサイルが飛んでくる。だが、その挙動が少しおかしかった。シールディング隊が前に出るものの、それを察知する様子も逃げて行った機体を追いかけるような様子もない。ミサイルはシールディング隊を逸れ、雪原に着弾した。
「おっ、これは……」
来たか。イスカの頬が獰猛に歪んだ。すぐに通信が入る。
『潜入班から連絡だ! ブースターの破壊に成功した! よく耐えた、反撃だ!』
「待ってましたぁっ!」
誘導弾による精密攻撃がなくなったのならば、怖いものはない。数分後には航空隊がここに来てすべてを更地にしてくれる。そこまで耐え抜けば、勝てる。パリを取り戻すことも出来る。この戦いを終わらせることが出来る。
両手のアサルトを腰だめにして構え、更にバックパックの補助アームを作動。144mmハンドキャノンを展開。すべての火力を前面に集中させ、顔を出して来た火星軍のバトルウェアを粉砕した。
「航空隊に仕事が出来るってことは……あの人も来るんだな」
アスタルのクリンゲフントは機動力の高い空戦機だが、対空砲火が生きている間はその性能を活かすことが出来ない。だから後方に下げられていたのだが、ブースターがなくなり空を自由に飛べるようになったいま彼を阻むものはない。
イスカの想像通り、アスタルは飛んだ。小刻みなステップで敵の攻撃を避けていると、空を切り裂く青白い光が見えた。クリンゲフントの噴射剤だ。あまりに楽しくて、イスカは思わず笑い出した。クリンゲフント――アスタルは双剣を鞘から引き抜き急降下、陣地ごとその下にいた火星軍の機体を破壊した。
「はっはっは! やれやれ、やっちまえ! このまま全部終わらせる!」
イスカと御堂、そしてバトルウェア隊がアスタルに続く。無誘導弾を搭載した国連軍の航空機体がその背後から飛来し、彼らを追い抜いていく。そして地上に攻撃をくわえ、旋回し空に消える。どれだけの機体が破壊された。
確認する前に、右斜め後方にいたアクシスが頭部を破壊され転倒した。転倒した機体に足を取られ、何機がが巻き込まれる。イスカは紙一重のところでそれをかわし、襲撃者を探す。
(やはりあの機体か)
膝立ちになり大型のライフルを構えているドラッケンが見えた。肩にあるマーキングの他、ロシア帽を被ったような四角い頭が特徴的だった。その手前、機体を守るように立ちはだかるのは斬馬刀を持ったドラッケン。
「レン・グラウツ……アンタを倒して先に進む!」
レンは斬馬刀を振り上げた。都市の影に隠れていた火星軍のバトルウェア隊が姿を現す。陣地に隠れていたものたちも、守りを捨て立ち上がる。
『ここは俺たちの一丁目一番地。絶対に通さん、ここで止める!』
レンが剣を振り降ろすと同時に、火星軍が攻撃を開始した。




