13-罪の在り処
人ではない悪魔。
そう言われて自分でも不思議なほどしっくり来た。
怒りもなく。
憎しみもなく。
使命感すらも燃え尽きた。
それでも喜んで人を殺すことが出来るのならば。
それはきっと、人ではない存在だということなのだろう。
「それが、どうしたァーッ!」
海東イスカは揺らがない。突き刺した刀を引き抜き、機体を海に蹴り落とす。そして敵を睨んだ。ドラッケンたちはリーダーを失い狼狽している。
『イスカ、牽引用アンカーを射出する。落ちた機体に取り付けてくれ』
「え……でも、あいつらの機体は自爆装置が組み込まれているんじゃ」
言ってから、クリンゲフントが爆発していないことに気付いた。ゲゼルシャフトやドラッケンとはまた異なる設計思想を取っているのだろうか。ドラッケンたちが後退したのを見て、イスカは水面へと下降。オリバセウスから射出されたアンカーを受け取り、海面すれすれを飛びながらアンカーを機体に取り付けた。
『オリバセウス隊はこれより後退する。戻って来い、イスカ』
「……アスタルさんから聞きましたよ。アンタ僕を見捨てようとしていたって」
『リソースの集中と選択だ。お前を捜索するために私たちが行動するよりも、現地の人間に任せた方がいいと判断した。それだけのことだ』
「僕が言うのもなんですけど、アンタは絶対にロクな死に方をしませんよ」
『私には非難される謂れなど、どこにもありはしないよ』
ここまで開き直ることが出来れば……いや、罪悪感を覚えない精神構造をしていれば、どれだけよかっただろう。イスカは内心で嘆息した。
久方ぶりに格納庫に戻ってきたイスカを待っていたのは、整備班一同だった。
「あー……皆さん、すいません。ここまで、その、機体をボコボコにして……」
「そんなことはどうだっていいよ。アンタが生きて帰って来てくれればそれで」
先頭に立ったロナはイスカの胸をドン、と叩いた。息がつまって咽る。整備員たちはそんなイスカの様子を見て笑った。ほんの少し前にこう言われていれば、無邪気に信じることが出来ていたかもしれない。嬉しかったかもしれない。
だが人の心には裏表がある。表出は賞賛していた人間を、裏では殴りつけて来ることもあるのだ。イスカにはどうにも、人が信じられなくなっていた。
「……? どうしたんだ、イスカ。なんだか顔色が悪いみたいだけど……」
「そうですね。無人島にいましたから。ちょっと、疲れてるのかもしれません」
「なら、今日は休みな。アスタル少尉だってダメとは言わないだろう?」
ロナたちに頭を下げて、イスカはその場を後にした。
言われたとおり、早く寝たい。
そして明日から普通の生活に戻りたい。
「兄さん……お帰りなさい」
そう考えて歩いていると、後ろから声を掛けられた。夕菜の声だ。
「心配してくれたのか? 兄さんはそんなに簡単に死ぬと思ったか?」
「思いましたよ。胸を刺されていたんですから。それに、あの高さから海に落ちて、死んでいたって全然おかしくなかったんです。心配、しましたよ」
夕菜の声が震えているのに、イスカは今更気付いた。
「もう、二度と、父さんや母さんのように、帰って来ないんじゃないかって……! 当たり前ですよ、心配しますよ! あなたは、たった一人の家族なんです」
「ごめん、本気で心配かけたみたいだな。でも、大丈夫だから。僕は帰ってきた。危なかったのは確かだけど、でも帰ってきたから。ごめんな、夕菜」
イスカは振り返れなかった。彼女が本当のことを言っているのかさえ、いまのイスカには信じられなかった。だが夕菜は言葉ではなく、イスカの腰に縋りつくことで答えた。
イスカは縋りついて来た夕菜の頭を撫でた。さらさらとした髪。それに触れる自分の手はほんの数カ月前とはまるで違っていた。血に塗れた、ゴツゴツとした手。それを知りながら、夕菜はイスカを頼って来てくれる。
「もうどこにも行かないよ。僕は、もう絶対に心配なんてかけない」
「ウソつき。分かっていますよ。そんな約束実現なんてしやしません」
「手厳しいなオイ。まあ、信頼を積み重ねて来られなかった僕の不始末か」
「私には信じて待つことしか出来ない……それがもどかしくて、悲しい」
夕菜は顔を上げ、涙で濡れた瞳をイスカに向けて来た。
「私も、私も兄さんと一緒に戦うことが出来れば――」
「それはダメだよ。それだけはダメだ、僕は絶対に許さない」
イスカは振り返って、ようやく夕菜の顔をまともに見た。
「お前にはこの戦争に関わらずに生きて欲しいんだ、夕菜。殺し合いなんかお前がすることじゃない。例え誰が人を殺しても、夕菜。お前だけは人を殺しちゃいけない。怒りと憎悪の戦争に染まっちゃいけないんだ、夕菜」
「私には……あなたを待っていることしか出来ないんですか?」
「待っていてほしい。最初に言っただろう、『殺し合いを楽しんでいる』って。あの言葉があったから僕はそれに気付けた。お前が待っていてくれるから、僕はまだ人間でいられるんだ。人殺しの鬼じゃなくても生きていけるんだ」
足音が近づいてくる。
視線を向けると、機動兵器隊の面々がいた。
彼らと夕菜は違う。
どちらも尊いもの、だが夕菜にはああなって欲しくなかった。
そのためなら、どんな罪だって犯せる。




