02-ブリーフィング
トレーラー・コンテナに寝かされたキャバリアーの換装作業が急ピッチで進められる。イスカは機体の説明を受けながら、横目でそれを見ていた。
「気になりますか、キャバリアーがどういう状態になっているのか?」
そんな風にしていたから、説明を行っていた整備士にちくりと刺された。イスカは慌てて襟元を正し、女性の言葉に耳を傾けた。
化粧っ気のないソバカスのある頬。すすけて薄汚れた作業服。ボサボサの髪。それでも素朴な可愛らしさがあるような気がイスカにはした……年上の女性に対する意見としては、果てしなく間違っている気がしなくもないが。
「現在装甲を戦闘用のものに換装中です。いままで使っていたのは単なるカバーですが、複合チタン製のものに変えたのでマシンガン程度なら耐えられるでしょう。ただし、ダメージは蓄積するので油断は禁物ですけれども」
「それは、もちろん。何度も攻撃を受け止めるような真似はしたくないですよ。どちらかというと、攻撃を避けるような動きをするべきですよね?」
「ええ。機動戦闘の基本ですがなるべく敵に撃たせない、撃たせても当たらないように心掛けるべきです。キャバリアーは機動性に重きを置いていますから」
うんうんと女性は頷いた。
笑うとより愛らしくなる。
「それと、実戦配備用の火器をいくつか取り付けました。アサルトライフルに脚部ロケットランチャー。左腕にはシールドユニット、内側にガトリングガンを2門装備しています。背中のランドセルにはスラスターユニット。両肩の外側にはミサイルランチャー。それから両腰部マウントラックには近接専用のブレードを付けています」
「ブレード? ってことは、剣ですよね? チャンバラをやれと?」
まるでロボットアニメか何かを見ているようだな、とイスカは思った。だが整備士の女性の目は真剣そのものだった。
「バトルウェアの耐久性のは極めて高い。銃では仕留め切れない公算が高いんです。キャバリアーの出力なら、『ゲルダ』や『ゲゼルシャフト』の装甲も砕けるはずです。また、敵軍の機体も同じように接近戦用武装を搭載しています。撃ち漏らし、至近距離まで寄られた時徒手空拳で戦うと考えたいですか?」
「……やめておきたい。それはさすがにゾッとする」
「何分試験段階なので無駄なものも取り付けてはいるかも知れませんが……」
一旦言葉を切り、整備士の女性は話を締めくくった。
「あなたが命を落とさないように、最大限の努力を重ねていく次第です」
「お願いします。こんなところで、俺だって死にたくありませんからね」
満足げに頷くと彼女は踵を返し作業に戻ろうとした。
が、すぐに止まり。
「それから、右手の武装に関しては調整中なので使わないようにお願いします」
「右手の武装? そんなのありましたっけ? それっていったい……」
「試作中の熱収束兵器……すなわち、ビーム兵器があるんですよ」
ビーム。
不覚にもイスカはその単語にときめきを感じた。
整備員からの説明が終わると、今度はアスタルに呼び出しを受けた。先ほど取調室で見たのよりも、ずっと人当たりのいい表情をしている。
「近代戦において役に立つのはレーダー・ソナーよりも自分の目と耳、そして仲間が収集した情報だ。短波通信の有効距離は極めて短い、突出し過ぎればいかにバトルウェアと言えどやられるだろう……オイ、お前ら注目!」
ヘリの周りでブリーフィングを行っていた兵士たちの視線が、一斉にイスカに向いた。誰も彼も鍛え上げられており、威圧感がある。
「この子が我々連邦軍の希望を守る戦士だ。いいか、こいつが死んだらお前たちも死ぬと思え! 全力で戦って、こいつを守り抜け! 以上!」
アスタルの号令とともに、大気を震わせる歓声が巻き上がった。イスカは気圧され、一歩後ずさってしまう。兵士たちはそれを見て笑った。
「アーサー、ヘリの整備状態はどうなっている?」
彼は目の前にいた五人の兵士に呼びかけた。白髭の男、火傷痕の女性、それから同じ髪型とほとんど同じ体格の男性が三人。ヘリ隊のようだ。
「いつでも飛べます。弾薬の積み込みも完了、あとは号令だけです」
「よし、いつでも飛べるように準備を進めておけ。歩兵隊はどうだ?」
アスタルは目線を横に向ける。眉目秀麗という言葉がぴったり似合う男と、それに引き連れられた縮れた赤毛の女とビアダルを重ねて作ったような巨大な男が敬礼をした。
「こちらも地形データの確認を済ませ、いつでも出撃出来る状態であります」
「よし。固定砲台の確認も行っているが、現在3割が沈黙しているそうだ。つまり、防御側である我々が投入出来る鉄量は限られているということだ」
アスタルは拳と拳を打ち付け合った。
パン、とデカい音が鳴る。
「俺たちの仕事はキャバリアーを木更津まで持って行くことだ。つまり仮に沈んだとしても、持って帰ってやることは出来ん。死体置き場まで這って来い」
兵士たちはゲラゲラと笑ったが、イスカにとっては笑えないセリフだった。
「いいか、死ぬな。敵の兵力はこちらより上だ、まともに撃ち合えば勝ち目などない。火力を集中させ、一体ずつ倒す。敵の損害をより多くすると考えろ。相手を殲滅するのではない、こちらを攻めるのはうまくないと思わせれば勝ちだ!」
アスタルは拳を突き上げ、仲間たちを鼓舞した。
「俺たちはここを生き残る! そのために戦え! 以上だ!」
兵士たちの歓声が上がる。イスカもそれに加わる。アスタルは満足げな、どこか優し気な笑みでその姿を見た。