10-曖昧な境界線
八月十日。
その後も散発的な襲撃を受けながら彼らは北進を続けていた。
「さて、ようやく我々は港湾基地『エスピル』を臨む位置まで来たわけだ」
機動兵器パイロット一同はブリーフィングルームに集められた。主催者はアスタル。連戦続きで顔を合わせる暇のなかった島田とあいさつを交わした。
ブリーフィングルームを見渡す。白浜でアスタルが紹介したメンバーは、もうグランツと島田以外残っていない。オーストラリアで合流したメンバーも残すところ三人。ヘリパイロットのハルクとルッツは緊張した面持ちで座っていた。
「ご苦労だった、あとは基地のメンツと合流しアラビア半島を脱出するだけ……と、言いたいところだがそうもいかん。内憂を残しているからな」
内憂。
『メダイア』襲撃時の内通者のことを言っているのだろう。ヘイゼル少佐はある程度当たりを付けていると言っていたが、未だに尻尾を出さないのだという。しかし、本当に彼らが裏切り者なのだろうか?
「あの、アスタルさん。本当解放同盟が敵なんでしょうか?」
「総合的に判断すれば、そう考えるのが合理的だろうな」
言われても納得出来なかった。質量兵器を地上に落とし、人の住めない世界に変え、多くの住民を殺した火星軍になぜ解放同盟が付くのだろうか?
「細かい事情は歴史が絡むので長くなる、各自理解しておけ。質問には応じる。重要なのは裏切り者が仕掛けてくるかもしれない、ということだ」
実際に事を起こした場合の対応を伝えあい、今回のブリーフィングは終わった。イスカは背伸びして固まった体をほぐし、島田に問いかけた。
「どう言うことなんでしょう、解放同盟が火星軍につくなんて?」
「あのさあ、よりにもよってそれを私に聞くか? 人選間違ってない?」
「グランツさんとかアスタルさんとか、ちょっと聞き辛くて……」
悪いことをしたわけではないのだが、何となく後ろめたさがあった。
「俺にもよく分からなくてさ。出来れば教えてほしいんだ、島田さん」
御堂もそれに乗って来た。
島田はあからさまに大きなため息ついた。
「しょうがねえな。でも、私の説明だって間違ってるかもしれないからそこんところはちゃんと心しておけよ。歴史的経緯ってのはつまり、前世紀、前々世紀にピークを迎えた欧米・欧州と中東の武力的、宗教的な対立に根差している」
「えっ、そんな前からのことなんですか?」
「だから言っただろ、政治的で根深いって。いまでこそ宗教は支持を失いつつあるけど、二十一世紀は活発だったからな。結局中東での戦争には資本主義陣営……すなわち現在の国連の母体となる超大国が勝利した。その時あった国家群は残ったけれども、実質的には西側諸国の支配下に置かれていたんだ」
歴史の講義でも受けている気分だった。
メモでも持ってくればよかったか。
「で、中東諸国はエネルギー革命によって地位を大きく落とした。そこに台頭してきたのが旧世代の王政への懐古を願う連中……そいつらが寄り集まって出来たのがグラディウス王国だ。その建国理念は……話の流れから分かるか?」
「欧州支配からの脱却?」御堂が答えた。
「そういうこと。時流に乗ってグラディウス王国は国連に深く食い込むことが出来たわけだが、グラディウスにはもともと反国連の機運があったのさ」
そこまで聞いても、イスカには納得出来なかった。
「そこまでは分かりました。でも、それと火星との内通にどんな関係があるんですか? 聞いている限りそんなものはありませんけど……」
「まあ分からないのも無理はないけどな。そこで考慮する必要があるのが、グラディウス王国の中核にいた奴らと解放同盟の奴らは違うってことさ」
「あっ」と御堂が呻いた。
「王政は中央への権力集中があって初めて成り立つ。方々での合議と合意が必要になる民主制とは正反対だ。決断がスピーディであるという利点はあるものの、中央の意志決定から外れた連中は恩恵を受けられないって欠点もある」
「なるほど。いまの解放同盟を率いているのはそのハグレものだってことですね? 考えてみれば、中央にいた人はみんな死んでしまったんだから当たり前か」
「そういうことだ。中央集権制にはそういう脆さもある」
混乱してきた。イスカの頭の中で疑問符が乱舞する。
「分かりやすく言えば、解放同盟にとって火星軍は敵じゃない。むしろ自分たちが権力の椅子に座るための機会を用意してくれた功労者なわけだ。そしてあいつらの権力基盤を盤石にするためには、いまある権力ってのは邪魔でしかないのさ」
「つまり、その、自分たちが偉くなるためだけに火星の味方をしていると?」
訳が分からなかった。
少なくともイスカの理解を越えていることだ。
「有り得ない……自分たちの仲間を殺した人の味方をするなんて……」
「敵味方ってのは相対的なものだ。あいつらにとっての敵は私たちの味方だ」
「だいたい、いまいる権力が邪魔だっていうなら火星軍だって邪魔なわけでしょう? そいつらの味方をして乗っ取られると考えないはずがない」
「火星側と何らかの密約を交わしているんじゃないか? 戦後は自分たちに権力を移譲するとかなんとか。たとえ裏切られるのが目に見えていたとしてもな、そういうのは案外内側からは分からないものなんだよ。革命勢力ってのはえてして自分が権力の椅子に座るまでのことしか考えていない」
イスカは絶句した。
そんなことは有り得ない、思考が停止してしまう。
「国連軍にとってみれば、火星に内通するだけのメリットはない。火星軍の方が優勢ならともかく、現状じゃ五分五分。自分の権力基盤を揺るがしてまで味方をするはずはない」
「思えば、解放同盟はこれまでの戦闘でも消極的な戦い方をしていたと思います。いや、主観で歪んでしまった感想と言えばそこまでですが……」
「んで、オリバセウス隊にはそもそも内通するだけの時間も設備もない。だから身内から裏切り者が出た、ってことは考えなくてもいい。蓋然性が一番高いんだから、そいつらを疑うってのは当然だろう?」
「ええ、まあ、それは」
「この考え方の方が、味方が傷つかなくていいってのはあるかもな」
島田は寂しげに笑った。
「それにしても、島田さんがこんなに理性的な話をすることが出来たなんて」
「おい、御堂。お前私のことをいったいどう思っていやがった……?」
「ははっ、失礼しました。それじゃあ、またな!」
爽やかに言って御堂は逃げようとした。島田はそれを追う。イスカはその場で立ち尽くした。いったい何を信じればいいのか、分からなくなってきた。




