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機甲戦騎キャバリアー  作者: クロイモリ
第三章:熱砂の地獄編
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10-人殺しの大義

 翌日。

 前日の士官会議で決定した事項の全体伝達が行われた。


「さて、我々の『メダイア』強襲作戦は失敗。ビスキス方面に撤退することも出来ない。欧州方面軍の拠点であるトルコに向かうにしても、その距離は直線距離にして1000Kmほど。一朝一夕に踏破出来る距離ではないし、恐らくは火星軍の妨害にも遭うだろう」


 その辺りは当然のことなので、イスカも含めて頷き答えた。


「よって、我々がすべきことは後退ではなく前進だ。トルコ方面へと向かうのではなく、地中海を経由してギリシャへと向かう」

「あの、大丈夫なんですかそれ? 海の支配権は火星にあるって聞きましたけど……」


 ジロリ、とヘイゼルがイスカのことを睨んだ。怒られるのか、と思ったがそうではなかった。同じような疑問はみんなも抱いていたのだろう。


「誤解されがちだが、火星軍がすべての海を支配しているわけではない。彼らの支配が及んでいる大部分は外洋で、内海に関しては国連の方が勢力を築いている。例えば地中海のようにな。紅海にも我々の拠点があっただろう?」

「ああ、そういえば……なるほど、言われるとそうかもしれませんね」

「アラビア半島を抜ければ、国連軍の勢力圏へと入る。もっとも、彼らはどんなところにも現れる。我々が最新の情報に触れられていない間に、勢力図が書き換わっていない保証は存在しない。だが我々には進む以外の道は用意されていない」


 進むしかないのだ。

 例え進んだ先に絶望しか待っていないとしても。


 ブリーフィングで通達されたことは、大まかに言って以上だった。同じく拠点を離れてしまったビスキスの部隊、そしてグラディウス解放同盟の部隊とともに前進する。敵に索敵されることを考慮して行軍速度は遅めに、移動のメインは夜。敵と遭遇した場合は随時迎撃を行う。つまりはいつも通りのパターンだ。

 ブリーフィングを終えると皆は三々五々に散って行った。それぞれがやるべきことを、成すべきことを成す。自分に成すべきこととは何か。


(敵が来たらそれを倒す。それだけだ。余計なことは考えるな……)


 相手の命に気を使っていたら戦うことなんて出来ないし、そもそも自分は人の命に気など使っていない。戦闘が終わった後に思い悩むのは、ただそれを誤魔化すためだけだ。イスカはそう思い込むことによって感情を押し殺した。

 それでも、些細な不安はあった。たった一人では抱えきれないものが。だからイスカはブリーフィングが終わった後、医務室に顔を出した。


「あっ……イスカさん。お久しぶりです」


 イスカが入ってきたことを察知して、メルはパッと花が咲いたような明るい笑顔を作った。もうすっかり体調は良くなってきているようで、血色もいい。


(久しぶり、か。そういえばここに来なくなってから結構経ってるんだよな)


 アストンにあんなことを言われて以来、何となく医務室からは足が遠ざかっていた。歓迎されないであろうことが分かり切っていたからだ。

 そういう意味では、イスカはタイミングを選んだともいえる。彼らがいないということを分かりながら、わざとらしく探るように視線を動かした。


「あれ……アストンさんたちはどうしたんだい? 別のところに移されたの?」

「この船のお手伝いをするって言っていましたよ。アルタイル社には有事の際の協力規定がありますから、艦長さんも喜んで受け入れてくれたそうです」

「そうなんだ。部署が違うから、会ったことがないんだけどね。でもすごいんだね、あの人たち。軍艦を動かすための手伝いが出来るなんて……」

「オリバセウスは我が社の商品です、って言ってましたから」


 それは知らなかった。アルタイル社はイスカが思っていたよりもよっぽど広く、様々な事業に手を出しているようだ。

 メルは少し腰を浮かして、イスカが座るスペースをベッドに確保した。心遣いに感謝しつつ、イスカは彼女の隣に座った。温かな体温が重なり合う。


(温かいな……人の温もりが、こんなに嬉しいものだったなんて)


 傍に寄り添って分かる。イスカにとって彼女は大切な人間の一人だ。夕菜や、御堂たちと同じく、守るべき一人の人間なのだと。


「メル、僕はキミを守る。キミを守るために僕は、戦うよ」


 ある意味、一世一代の告白。言ってからとんでもなく気恥ずかしいことを言ったものだと認識し、かあっと全身が熱くなってくるのをイスカは感じた。


 だがメルの反応は、彼が予想していたものとは違うものだった。


「ありがとうございます、イスカさん。でも、それじゃあイスカさんが可愛そうです」

「かわいそう? どうして?」

「だって、私にはあなたを守ってあげることは出来ないから……」


 誰かに守ってもらう。想像もしていないことだった。


「あなたは私たちを守るために傷付いて、でもあなたの傷を癒すことは出来ない。それをただ見ていることしか出来ないのが、苦しい」

「そんなことは気にしなくていいんだよ、メル。僕はただ……」

「それじゃあいつか、あなたは擦り切れてしまいます」


 メルは涙目でイスカの顔を見つめた。

 吸い込まれそうな瞳、何も言えない。


「私のためじゃない。あなたのために戦ってください、イスカさん」

「僕は……」


 返答に窮したところで、アラートが鳴った。正直なところ、イスカにとっては助けにも等しかった。戦いにはなるが、何も考えずに済むのだから。

 イスカは謝罪して立ち上がった。メルは寂しげな表情でもう一度、さっき言ったことを繰り返した。イスカは曖昧な返事をして頷き、医務室から出て行った。廊下では怒声が飛び交い、戦いのための準備が着々と進められていた。


(あなたのために戦ってください、イスカさん)


 メルの言葉が何度もリフレインした。

 どうすればいいのか分からなかった。


(自分自身のために戦うってことは、とても卑しいことなんだよ。メル)


 イスカは切実な訴えを心に留めつつも、それを握り潰した。


 イスカにとって戦う理由は『みんなのため』でなければならなかった。

 そうでなければ戦いを楽しむ自分はただの殺人鬼めいたものになってしまう。

 大義名分なしに、イスカはそれに耐えられなかった。

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