09-開戦前夜
補給を終えたオリバセウスは三日後に予定された『メダイア』攻略作戦の準備のため奔走していた。
あれから何度か試行錯誤がなされ、良治が遺したデータを何とか現実のものに出来ないかと試みられた。が、限られた時間の中では試作品を作ることすら出来なかった。艦載された小型成形機はほとんどありとあらゆるものを組み上げることが出来る。だが間違って作られたものを動かすことは出来ないのだ。
「うーん、伝送系に何か不具合があるのか、それとも単純に出力が足りていないのか。それとも根本的な問題があるのか……試射すら出来ないんじゃどこが悪いのかさえも分からないし……あー、もう。どうすりゃいいのかも分からないよ」
ロナはお手上げとばかりに両手を広げて、作業机に突っ伏した。
「出港となれば、いままでみたいに研究に時間を割くわけにもいかないし」
「そうなのよ。キャバリアーの右腕を修復するのに時間が掛かっちゃったから、作業時間が大幅に圧縮されたってのもあるし……」
「ごめんなさい。でもあれは不可抗力でどうしようもなかったことですよ?」
「分かってるわよ。当たるようなこと言っちゃって、ごめんね」
本心からの言葉であり、しかし口を突いて出てきてしまった言葉でもあり……ロナの微妙な心情が分かるだけに、イスカはこれ以上責められなかった。
「あの、ロナさん。それ、私に見せていただくことって出来ませんか?」
ロナとイスカは同時に『えっ』と声を上げた。そう言ったのは夕菜だった。
「でも、夕菜。お前にこれに何が書いてあるのか分かるのか? 滅茶苦茶専門的で本当の専門家でもさじを投げるような代物だぞ? お前なんかには……」
「少なくとも兄さんが見るよりも分かります。これは――」
夕菜は次々と専門用語を、ジェスチャーを交えつつ吐き出した。さながらマシンガンのごとし、イスカは聞いているうちに頭が痛くなって顔を逸らした。一方のロナは彼女の言葉を興味深げに聞き、自らの中で噛み砕きながら解釈している。
「驚いたね、夕菜ちゃん。キミにここまで詳しい知識があったなんて」
「父さんの部屋には昔ながらの本がたくさんありましたからね……子供の頃はそれを読んで過ごしたものです。父さんの収集癖に感謝しなければ」
「子供の頃って、お前いまだってチンチクリンの子供みたいなもんじゃ」
向う脛を蹴られてイスカは悶絶した。スポーツ万能だが背だけは低いのだ。もっとも、身長が低いのはこういう時急所を狙うのに都合がいいのだが。
「うーん……こっちじゃどうすることも出来ないからね、もう。分かった、夕菜ちゃん。あなたにはこれを託します。しばらくは通常作業から外れてもらう」
「ありがとうございます。集中できる環境を頂けるのはありがたい」
「お前ら……僕がこうして傷つけられているのにはコメントはないのか?」
二人は『自業自得ではないのか?』とでもいうような極めて冷たい目をイスカに数秒間だけ向けてそれぞれの作業へと移った。痛みが引いてくるまで、イスカは床に丸まっているほかなかった。
「まったく、お前には兄を敬うっていう気持ちがそもそも足りなくてだな」
「尊敬されるような兄になるのが、まず第一ではないのでしょうか?」
「ぐうの音も出ない正論を言って兄を困らせるのはやめてくれないかな?」
イスカがいじけた声を出すと、夕菜はくすりと穏やかに笑った。
「ウソですよ、兄さん。尊敬出来ない相手のためにここまではしませんから」
「そう言ってくれると助かるね、フン。それにしても夕菜、お前にそんな特技があったなんて……ははっ、末は博士か科学者か、って感じかな? これは」
「そんな未来の話をされても仕方がありません。私にあるのはいまだけです」
「それじゃあ、ちょっと考え方が寂しすぎるだろう? これから先のことを、考えてみろよ。お前はいろいろ出来て、そんでもってどんな分野でも優秀なんだからさ。お前の持っている力は、先へと繋がっていく力だよ」
少なくとも、人殺しのスキルよりは。最後の一節は飲み込んだ。
「でも……もし、望みがあるとすれば。穏やかな場所でこの力を使いたいです」
「そうだな。戦争が終われば、きっとそんなところに行くことだって出来る」
「はい。戦争とは無縁の場所で、私は私の学んだことを生かしたい。そうすることが、きっと私の夢ですよ。兄さん」
俺もそうだ、とイスカは言いたかった。争いのない穏やかな場所で、戦争とは無縁の生活を送りたい。それが、それだけが自分の望みなのだと。
と、そんなことを考えていると事務所に御堂が入って来た。
「よっ、お疲れさん。イスカに夕菜ちゃん。出撃前だってのに何してんだ?」
「ちょっとロナさんたちと話し合いをね。御堂さんはどうしたんですか?」
「二号機が換装作業中だから、俺は待機してろって言われたんだ。ほら、一号はアスタルさんが使ってるだろう。俺のとは交換になったんだ」
「ああ、火星軍の捕虜が乗って来た機体を使うんだな、これからは」
そう言えば、あの捕虜に名前を聞いていなかったことをイスカは思い出した。どうせなら聞いておけばよかったか、と思ったが。
(……相手の名前を聞けば、それだけ撃ち辛くなるだろうな)
そう考え、思いとどまった。自分のことながら、身勝手な考え方が嫌になった。他人を撃つのに上等も下等もないだろうに、名前を知らない相手を撃つ方が楽だなどと。その報が余程、卑怯な考え方だ。
「ま、何があるかは分からないがとにかく生きてここに帰って来ようぜ。たくさんの仲間が俺たちを助けるために来てくれたんだ、生きて帰らにゃウソだぜ」
イスカは随伴の部隊を思い出した。ランドキャリアー五隻、その中にはAAもその他戦闘兵器も満載。負ける要素などまるでなかった。
「……そうですね、御堂さん。きっと大丈夫です、今回も。これからも……」
二人は楽観的にそう考えた。いままだと同じだと、これからもきっと変わらないと。むしろ、いままでよりもずっと楽な仕事なのだ、と。




