06-そして次の戦場へ
火星軍は迅速に撤退、国連軍はその隙を突きオーストラリア大陸から脱出した。それを支援するのは、二隻の潜水艦とその乗員たち。今回の交戦でかなり数を減らしたが、そのうち数名はオリバセウスと合流した。
「リジット・グラス中尉以下四名。よろしくお願いいたします」
厳めしい顔つきをした角刈りの男が三名、男勝りな女性が一名。それからもう一人、まだあか抜けない感じを残す青年が一人いた。
「ソルカ伍長は隊が全滅したため、そちらに組み込まれることになりました」
「若輩者ではありますが、精一杯やり遂げる所存です。よろしくお願いします」
仰々しい挨拶。アスタルとその副官であるアーサーは彼らを受け入れ、指揮官の下へと連れて行った。その様子をイスカはぼんやりと上から見る。
「隊が全滅……今回の戦いでも、人が死んだよな……」
「ああ、ドッカー・セイル曹長とランクル・ステイン軍曹だ。まだ若い、未来のある連中だった。集中砲火を喰らっちまえば、みんなそんなもんさ」
ぽつりとつぶやいた言葉に、筋骨隆々とした禿げ頭の男が反応した。
「あなたは、確か……グランツさん、でしたよね」
「グランツ・ハーミットだ。何だ、俺の名前を覚えておいてくれたのか?」
禿げ頭の男、グランツは髭面をくしゃりと歪めて笑った。イスカが怯えないようにしてくれているのだろうが、その方が逆に怖い。イスカは視線を戻しアスタルたちを追った。
「白浜でも三人死んで、ここでも二人死んで……いったい、僕たちは何人の死体の上に立っているんでしょうね」
「それが戦場ってものだ。何人も死んださ、ここに来る前もな」
格納庫では整備員たちも働いている。彼らもまた、『整備員』という総体ではなく名前を持った一個人なのだ。イスカは、彼らの名前を知らなかった。
「なあ、イスカよ。お前はこの戦争がどうなろうと知ったこっちゃないとか、そんな啖呵をあいつらに向かって吐いていたよな」
「聞いてたんですか」
「あそこまで大声でやり合われちゃ、聞こえんわけはないだろう」
曲がり角から島田が顔を出したが、二人の会話を邪魔しないよう引っ込んだ。
「そうさな、お前に取っちゃ関係ないかもしれん。だが、それでもお前が戦うことで助かる人間がいる。救われる人間がいるってことを忘れないでくれ。お前みたいな若造にいろんなものを背負わせちまってることに、良心の呵責を覚えない人間ばかりじゃない」
「グランツさん……」
「気にしてても、何もすることなんて出来はしないんだがな。手前の良心を納得させたいだけかもしれん。忘れろ、イスカ」
それだけ言うと、グランツは艦内へと戻って行った。
「もし鍛えたけりゃあ、言ってくれ。付き合うくらいは出来るからな」
「……はい、ありがとうございます。グランツさん」
グランツとイスカの会話が終わると、今度は島田が顔を出して来た。
「珍しいな、グランツのとっつぁんが無駄話をするなんて……」
「どうしたんですか、島田さん」
「いや、なんていうか、お前もため込んでるものがあるんだなって思って」
島田は頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに言った。イアンとのやり合いが他の面子にも聞かれていたのか、と今更ながらにイスカは知った。他の人の印象が悪くなっているのではないか、とも思ったが島田たちの態度は意外にもフラットなものだった。
「まあ……巻き込まれただけだからな。お前は。悪いと思ってるよ」
「それでも、戦いますよ。僕はその道を選んだんだから」
「選ばされた、の間違いだろ? 例えばお前が将来の道を選択出来たとして、こうやって戦う道を選んだか? 多分選ばなかっただろ?」
「……多分、そうですね。もしあのまま平和な日常が続いていれば……」
「だからそれは大人の責任なんだよ。私たちにお前の代わりに責任を果たすことは出来ない。だから、せめてお前のことは守りたい。出来てねえけどな」
その気持ちだけで嬉しかった。誰かが傍にいてくれると知っているだけで、戦う勇気が湧いてきた。道は遥か険しい、それでも……
(歩き続けられる。どこまでも行ける。僕は、そう信じている……)
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イアン・プレゾフ司令、死亡。
その報は速やかに火星軍を駆け巡った。
「そんな……司令が、亡くなられたなどと……」
その報に誰よりもショックを受けたのは、アッシュだった。アーガイル湖秘密基地を制圧し、オーストラリアの抵抗勢力を一掃した彼にとって、その報せは何よりショックだった。
「キャバリアーを食い止めようとしましたが、成し遂げられなかったようです。ほんのあと一歩、届かなかったそうで。部隊の撤退は完了しています」
イアンの副官だった壮年の男は淡々と告げた。アッシュはあの日、ビルの屋上でイアンと出会った時のことを思い出した。彼の語った夢を。
彼は国連にとっても、火星にとってもこの戦争を最良の形で終わらせたい、と言っていた。そのようなヴィジョンを持った人間が、果たしてこの世界にいただろうか? いたとして、彼と同じ立場を持った人間にいただろうか?
イアンという存在を失った世界は、これからどうなるのだろうか?
(彼の理想は尊いものだった……決して、この世界から失われてはならない)
アッシュは憎しみの果てに何があるのか、それを見て来たつもりでいた。白浜で起こったこと、国連は市民を盾にし火星はそれを躊躇うことなく打ち壊そうとした。憎しみにで巻き起こった戦争が続いて行けば先にあるのは絶望的な殲滅戦争だ。そんなことは誰も望んではないだろう、だが現実にそうなりえる。
何も出来ないのか。否、そうではない。アッシュは頭を振った。
「これから、オーストラリア大陸はどうなるのでしょうか?」
「次席であった私が暫定的にその地位を受け継ぐことになるでしょう。それから先はどうなるか分かりませんが……司令の志を無駄にしないようにして行きたいと思っています。もう憎しみによる殺し合いは、たくさんですからね」
「素晴らしいお考えだと思います、中佐。私も私に出来ることをします」
他人の理想を鵜呑みにし、肯定し、ただそれに従うだけではダメだ。それでは今の国連とも、火星とも変わらない。自分の頭で考え、自分の腕で掴み取り、自分の両足で進んだ道の先にしか、本当の意味で求めるものは存在しない。
「キャバリアーを追い、破壊する。それが私の任務です。私は軍人として成すべきことを成す……その上で、イアン司令のお考えを実践していきます」
「戦い、滅ぼすのが兵士の定め。それは非常に困難な道と思います」
「その困難を私は望んでいるのです。あなた方も、どうかお元気で」
アッシュは暫定司令に頭を下げ、司令部を後にした。通路にはすでに彼の部下が、マルグリットたちが待機していた。アッシュは彼ら全員の目を見た。
「諸君らの助力により、オーストラリア大陸の抵抗勢力は一掃された。我々がここですべきことは終わった。休んでいる暇はないぞ、諸君」
「キャバリアーを追い、破壊するのですね?」
「そうだな。だが私はそれ以上に、イアン司令がの言葉を実践したいと思う。『この戦争を誰にとっても最善の形で終わらせるように』……それは互いで憎しみ合い、滅ぼし合う以外に何か道があるのではないかということだ」
部下たちは顔を見合わせた。
マルグリットの顔は、尚も険しい。
「納得し難いことであるのは分かっている。だがどうか、頼む」
アッシュは頭を深々と下げた。上官とは思えない態度に、兵士たちはまごついた。そんな彼に副官であるマルグリットは歩み寄り、肩に手を寄せた。
「上官がそのような態度を取ってはなりません、アッシュ大尉」
「私は上官としてではなく、ただ一人の人間として頼んでいるのだ」
「私は軍人として、任務に私情を挟むことは容認出来ないと進言します」
アッシュはふっと微笑み、顔を上げた。
「まったくだ。納得出来なくていい、ただ私の言葉を覚えておいてくれればいい。キャバリアーの追跡……困難な任務ではあるだろうが、今後もよろしく頼む!」
今度は返事があった。部下の全員から実質的な否定を受けながらも、しかしアッシュの心の中には未だに、イアンの灯した理想の炎が煌めいていた。




