01-目覚める機甲騎士
「父さん!」
良治の体がグラリと揺れ、通路の中に落ちて来た。イスカは危うくそれをキャッチ、だが落ちてきた父の顔を見て吐きそうになった。炎によって顔の左半分は焼けただれ、それ以外の部分も煤まみれ。吹き飛んで来た瓦礫によって右目は潰れ、それ以外の場所にも大小の裂傷。父の顔はすでにそこにはなかった。
「父、さん。しっかり……しっかりしてくれよ、父さん」
どうしっかりすればいいのか、イスカは自分自身でも分かっていなかった。彼の呼びかけが功を奏したのかは分からないが、良治は目をゆっくりと開けた。痛みに呻きながらも立ち上がろうとする彼をイスカは支えた。何が起こったのかゆっくり聞きたかったが、断続的な射撃音と揺れる通路がそれを許さなかった。
「奥に、この奥に行こう」
「分かった、父さん。どうなっているんだよ、これはいったい……」
イスカは良治の肩を支えながら歩き出した。廊下の背は低く、避難用のシェルターのようでもあった。だが、なぜそれがこんなところに。
「ここは、国連軍の秘密基地、なんだ。それを、私たちが使って……」
「国連軍の? こんな極東の、端っこに?」
「だからこそ、だ。前線から外れたこちら側なら、奴らの目も」
続けようとしたが、良治は『グッ』と呻いた。
イスカの怒りが爆発する。
「そんな……そんな危険なところに僕たちを呼び寄せたのかよ!?」
「すま、ない。ただ、家族と離れ離れになりたく、なかったんだ」
「クソッ、僕だけじゃない! 夕菜もだ! ここに来なけりゃ、こんなことに巻き込まれやしなかった! アンタのエゴで死ぬところだったんだぞ!?」
「すま、ない。本当に、すまない……」
良治は喉を『グッ』と鳴らした。涙を流すことすら出来ないのだとイスカは理解した。怒りは収まらないが、しかし怒りをぶつけていい相手とも思えなかった。沸々と湧き上がる怒りを押し留めつつ、イスカは奥へと進む。
ひときわ大きな振動があり、パイプの一部が欠損。勢いよく熱蒸気が噴き出し二人を襲った。間一髪のところでそれをかわし進んで行くと、分厚い鉄扉が見えた。良治を壁際に座らせ、大仰なエアロックのバルブを回し扉を開いた。全身の力を使って扉を押し開けると、広いスペースに出た。
「うッ……」
ただし、ここもこれまでの地獄とそれほど変わらなかった。天井の一部が崩落している、何らかの攻撃を受けたのだろう。燃え上がる炎、瓦礫の隙間から見える腕と血の海、衝撃によって吹き飛ばされた人が大の字で転がっている……冗談のような格好で死んでいる。胃酸が逆流してくる感覚をイスカは覚えた。
「なんでこんな……こんなことになっているんだ……!?」
「ここで、作っていたものの、せいだ。あれを、見ろ」
壁に縋りつき立ち上がった良治が部屋の真ん中を指さした。
そこには、仰向けに寝かされた鉄の巨人がいた。
「あれば……バトルウェア?」
外で見たバトルウェア箱をいくつも連ねたようだったが、あれに比べれば人に近い立ち姿をしている気がした。丸みを帯びた四肢、細く繊細な指、口のようなセンサーユニットと両眼カメラを備えた頭部。白を基本とし肩や腕、膝の重装甲部には青の塗装が施されている。どことなく優美さを感じさせる配色だ。
全体的に左右対称感があるものの、右腕だけは前腕部が左腕の倍くらいまで肥大化しておりアンバランスだった。
「ただの、バトルウェアじゃない。国連軍が完成させた、地球発のバトルウェア。この危機的状況を解決するため、颯爽参上した、機甲騎士」
キャバリアー、とイスカは口の中で繰り返した。
「どこかから、開発計画が漏れたのだろう。外で、仲間が応戦しているが、秘匿性を優先した結果最低限の武装しかこの辺りには、施されていない。このままでは、都市部は滅ぼされ、地球の希望も、同じように潰えるだろう……!」
良治は倒れ込むようにイスカに縋りつき、叫んだ。
「頼む、イスカ! あれを、使え! 仇を討ってくれ、ミシャの仇を!」
ミシャ・カイドウ。
海東良治の妻、海東イスカの母。
神奈川に行われた質量兵器攻撃によってこの世を去った。
良治の目は憎悪の炎に染まっていた。
首を横に振ることを許さない目だ。
「……わ、分かった。父さん、どうすりゃいい? どうすれば……」
「胸に、コックピットがある。操作系は、MWマシンのものを流用している。使ったことはあるだろう、あれの経験があれば、行けるはずだ」
ほんの軽作業を手伝っただけだ。その程度の経験で軍用のマシンが動かせるのだろうか? だが動かさなければ良治は遠からず死ぬだろう。
イスカは良治を部屋の隅にあった管制室まで連れて行き、それからキャバリアーの胸元へと走った。搬出用の台座をよじ登り、肘関節に足をかけ、上へ。端末からハッチ開閉の指示を出すと、胸元が上下に割れる。真新しいシートとMWマシンのものとは比べ物にならないほど大量のモニターが目に入った。
(あんなの本当に動かすことが出来るのか?)
イスカはコックピットに滑り込むとハッチを閉めた。シートに腰掛け正面にあったモニターラックに端末をセット、固定。教えてもらった起動コードを打ち込むと、モニターに光が灯った。ブートストラップが起動、プログラムを立ち上げ。モニターに丸いインジゲータが表示されパーセンテージが表示される。
『よし、よし、よぉし! いいか聞けイスカ、キャバリアーは』
良治の狂気的な声がスピーカーから聞こえて来た。だが、それは頭上で起こった爆発によって遮られた。爆発物によって偽装ハッチが完全に破壊されたのだ。そして、次から次へと、砲弾が狭い室内に降り注ぐ。
「父さん!」
破壊の奔流が視界を包み込む。キャバリアーに直撃弾はなかった、キャバリアーには。炎が、破片が、折れた鉄骨が、管制室を飲み込んだ。
「うそ、だろ……父さん? どうして、どうして!」
怒りが爆発する。
もっと言いたい文句があった。
殴ってやりたかった。
生きて帰って罵ってやりたかった。
だが、それはもう叶わない。
「殺してやる……殺してやる!」
ブートアップ、完了。両腕を突き上体を起こし、立ち上がる。白と青の巨人が、炎に照らされ黒く煌めいた。両眼が怒りに呼応するように赤く燃える。
「それがアンタの願いなんだろ、父さん……? 叶えてやるよ」
イスカは涙目で敵を睨む。
憎むべき、父母の仇を。
「このキャバリアーで、どいつもこいつも殺し尽くしてやる!」