05-シミュレーション
オリバセウスの外装修復、エンジンの点検、その他諸々の整備作業。一週間の強行軍で進められる整備作業、それまでにもし何かあればそれを解決するのがイスカたちの仕事だ。
その日、イスカはアスタルとともにシミュレーター訓練を行っていた。主にアスタルがバトルウェアの操縦に慣れるためのものだ。戦闘機ともAAとも違う操作系、早く慣れておく必要があった。
「それにしても、これはなんていうか……」
「まるでゲームセンターの筐体だな……しかも、博物館にあるような」
長方形のボックスからは何本もケーブルが伸びている。中にはバトルウェアのコックピットが完全に再現されていた。
「実機を動かすわけにはいきませんので、これでどうにかしてもらいます」
「勘を掴むくらいは出来るかもしれんな。やらせていただこう」
「それで、僕は何をすればいいんですか? これ、パッと見キャバリアーの操縦系とはだいぶ違いますよね? 僕はこいつを使えないと思うんですが」
「キャバリアーのパイロットとして、アスタル少尉の操縦についてアドバイスを頂ければと思います。バトルウェアの操縦ではあなたに一日の長がありますから」
先輩、と言うことか。アスタルはイスカと整備士に頭を下げシミュレーターの中に入り込んだ。凄まじい駆動音と熱を発しながらシミュレーターが作動する。
外部モニターのシミュレーション内容が表示される。言うだけあってリアルな戦場が展開されている。アスタルは最初のうち歩くのにも苦労していたが、一時間も経つ頃には基本的な操縦についてをマスターしていた。
「さすがに機動兵器操縦の経験があると違うみたいですね」
『何度も転んではいられないということだ。お前から見てどうだ、イスカ』
「キャバリアーは装甲強度が低いから動き回っていますけど、ゲゼルシャフトの性能ならよっぽどデカい一撃以外は避けずに耐えた方がやりやすいかもしれません。この前ハンドキャノンで奴を撃ちましたけど、貫けませんでしたし」
了解、と短く告げてアスタルは訓練を再開した。続けてはじめられたのは戦闘訓練、アスタルは小さく横に動きながらアサルトライフルと肩に取り付けられたキャノン砲を撃ち込む。が、やはり思った通りのところにはいかないようだ。
『車高が高過ぎて感覚が違うな。無意識に射線を補正しているようだ』
「そうですね、AAを動かす感覚で動かしているんだと思います。気持ち下に、打ち下ろすみたいに撃った方がいいかもしれませんね」
『簡単に言ってくれる。キミはこれが初めてだからいいかもしれんがな』
それからさらに一時間ほど続けると、さすがはプロ。先ほどまでよりもよっぽどサマになって来た。シミュレーターから出てきたアスタルの額には玉のような汗が浮いていた。
「やはり新しいことをするというのは、体力と気力を使うな」
「お疲れ様でした、アスタル少尉。こちらにタオルと飲み物を」
付き添いの整備員は手際よくアスタルをベンチに誘導する。
「今日やったシミュレーションの結果はゲゼルシャフトの方に反映しておきます。あなたのクセを学習させればもっと扱いやすくなるでしょう」
「馴染んだ機体が使えるのはありがたいな……イスカ」
額の汗を拭きながらアスタルはイスカに問いかけた。
「お前から見て、今日の俺は何点くらいだった?」
「初めてとは思えない……なんていうと生意気かもしれませんけど」
「ふっ、素人にいつまでも負けてはいられないからな。ここはもういい、戻ってくれ。俺はもう少し、ここで話して行くことがあるからな」
二人に頭を下げてイスカは格納庫を後にした。心が浮き立つのを止められない。頬が自然に緩んで行くのをイスカは感じていた。
(また、話してくれるかな? 迷惑じゃないかな、僕は)
そう思いながら医務室の扉を開いた。が。
「おや兄さん、どうしたんですかそんな間抜け面を全開にして」
「夕菜ちゃん、お兄ちゃんに失礼だよそんなこと言っちゃあ……」
医務室には既に先客が、夕菜がいた。
メルと話をしていたのだ。
「いいんです。兄さんは賞賛されるよりも罵られる方が好きなようですので」
「勝手に僕の性癖を歪めるのはやめてもらいたいな、夕菜。すみません」
「夕菜ちゃん、とっても楽しい人ですね。わたしもう、おかしくて」
メルはこれまでの会話を思い出したのか、くすくすと笑い始めた。小動物を見ているような微笑ましい気分になり、イスカも表情をほころばせた。
「久しぶりに楽しそうね、メル」
対面のベッドでは昨日まで眠っていたもう一人の女性が目を覚ましていた。長い金髪と赤い瞳、勝気な表情。丸い眉毛は書いているのか、それともそう整えているのか。気が強そうだがそれ以上に優しげな表情が印象的だった。
「あなたが私たちを助けて下さった、国連の兵士の方なんですね?」
「はい。あっ、別に国連の兵士のつもりはないんですけど、その」
複雑な立ち位置をどう説明していいかどうか、イスカは少しだけ困った。彼女はイスカに話せないことがあるのを察し、咳払いでそれを止めた。
「話せないことがあるならいいわ。私は鳳上院九鬼、『アルタイル社』のエージェントです」
「アルタイル社?」
「小さいところだから知られてないのは知ってたけど、うちの会社を知らないって人を目の前で見るとちょっとヘコむわね。簡単に言えば兵器や工業機械のモーターや人工筋肉の生産を行ってるトコ。国連軍は私たちのお得意様なの」
意外と彼らとの位置が近いことに、イスカは驚いた。
「そうだったんですか。あれ、アルタイルってことは、もしかして……」
「はい。私はお爺ちゃんの……いまのアルタイル社会長の孫娘でして……」
どこか気品だとか、育ちの良さを感じられると思っていたイスカはその出生を知り納得した。イスカは話を続けようとしたが、その時警報が鳴り響いた。
「接近警報……ここにも火星軍が来る」
九鬼は表情を硬くし、メルは華奢な自分の体を抱いて震えた。
「大丈夫、僕が守る」
イスカはそう言い残して、格納庫に向けて走り出した。




