03-木更津基地撤退戦
イスカが空を見上げると、白い尾を引いて飛んでくる何かが目に入った。それは一つ、二つではない。無数にだ。すぐに警報が鳴り、屋内へと非難するように放送があった。高射機関砲が展開され、重苦しい音を響かせながら飛翔体を迎撃すべく放たれる。ミサイル防衛システムも作動する。だが飛翔体の数は余りに多すぎた。
花火がいくつも瞬いた。その内のいくつかが地上へと着弾し、爆発と爆風が周辺を吹き飛ばした。イスカたちが隠れていた体育館も例外ではなく、衝撃波によって屋根も柱も吹き飛ばされ、へし折られた。瓦礫の山が人々を襲う。
「ッ……ぐう、どうなってんだよ、これはいったい……!」
イスカは埃を払いながら立ち上がった。幸運にも彼がいたところは瓦礫同士が互いの動きを遮り、ドーム状の隙間を形成したため大した被害が及ばなかった。だが、体育館があった場所は死屍累々の地獄と化していた。
人々は瓦礫に押し潰され、落ちて来た鉄骨に体を引き裂かれ、あるいは炎に包まれ焼け死んだ。子供の泣き声が聞こえる、女の叫び声が聞こえる、男の怨嗟が聞こえる。一瞬で世界は変わってしまった、悪い方向に。
「くっ……なんだってんだ、こりゃあ」
「御堂さん! 大丈夫ですか……!? どこか、怪我をしていたりは」
「俺は大丈夫、でも爺さんは……足が折れてるみたいだ。手を貸してくれ」
イスカは快諾し、御堂と一緒に老人を両方から持ち上げた。痛みに呻く声が聞こえるが無視、立ち上がった老人を御堂は抱き上げた。
「火星の攻撃か? クソ、まだ予定より早いけど避難船に乗せちゃあくれないだろうなあ……こんなとこ、一刻も早く脱出したいってのによ……」
「に、兄さん! 見てください、あれを!」
イスカの手元から脱出した夕菜が空を指さす。イスカもつられてそちらの方を見上げると、空にいくつもの黒点が描かれているのが見えた。同じものを、イスカは最近みたことがある。火星軍の宇宙降下部隊だ。
「木更津基地を直接攻撃してくるのか!? 軍の連中は何をして……!」
何かをしている、対応し切れていないのだということはイスカにも分かった。現に対空砲はいまも稼動しているし、ヘリも出撃しようとしている。だが高空から撃ち下ろされる銃撃によって数を減らされ、離陸出来ずにいるだけだ。戦車隊は高高度の標的に対する攻撃能力を持たず、約に立たない。
どうすればいいか、イスカは頭をフル回転させる。港に行ってもダメだ、武装していない民間船ではこの攻撃を凌ぐことなど出来はしないだろう。また、移動している間に攻撃を受ける可能性もある。どこに行くと一番生還率が高いのか。すぐイスカは弾き出した。
「御堂さん、夕菜! こっちだ、着いて来てくれ……!」
「えっ、でも! 他のみんなを放っておくわけにはいかないだろう!?」
「ここにいたら殺される! いまは自分が生き残ることを考えてくれ!」
イスカは叫び、夕菜の手を引いて駆け出した。軍倉庫地帯へと。
(敵はキャバリアーがどこにあるかを掴めていない……だから攻撃が散らばっている。国連軍からしたらあれが一番守りたいものだろう、だから絶対に人を寄越してくるはずだ! 僕が戦って、その代わりに二人の安全を保障して……)
なぜそんなことをしなければならないんだ、と思う。肉親である夕菜はともかく、まったくの他人である御堂弘太と、その家族のために。
一瞬浮かんで来た考えを、イスカは慌てて打ち払った。
(御堂さんは越して来た俺たちによくしてくれた……! だったらその恩を返すのは当然のことだろう!? いや、みんなを守るんだ。彼だけじゃなく!)
イスカはなるべく遮蔽の多い通路を選んで走り、キャバリアーが移送された倉庫に向かった。彼の予想通り、軍は機体を隠すため人をやっていた。
「待ってください、ロナさん! それは、それは僕がどうにかします!」
「海東くん? ちょっと待って、その後ろの人たちは……」
たち? イスカが振り返ると、後ろには何人かの人が続いていた。
「クソ、出来るだけこっそりこっちに来たはずなのに……!?」
弘太が動いたからみんなが動いたのか、それともあの時の会話を聞かれていたのか。いずれにしろ彼らの目には、色濃い不信感が見て取れた。
「……ええい、そんなのは関係ない! ロナさん、あれを使わせてください! 手が足りないんでしょう、だったら数を揃える時間くらいは稼ぎます!」
「で、でもあれを動かす許可を出せるのは私じゃあなくて……」
「そんなことを言っている場合ですか! 生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ!」
ロナはぐずぐずと言い訳をしたが、砲弾が近くに着弾すると態度を変えた。
「わ、分かりました! あれを軍港まで持ってきてください!」
「その代わり、この人たちも連れて行ってください! 嫌とは言わせませんよ、アンタたちのせいでこんなことになったんだ! みんな守ってくださいよ!」
「ああ、もう……! どれだけのことが出来るかは分からないけどやるわ!」
ロナは国連軍の兵士たちに指示を出し、避難民たちの誘導を始めた。イスカはそのわきを通り抜けて倉庫の中へ、カーゴキャリアーの上に乗せられたキャバリアーのコックピットによじ登る。端末は未だ彼の手の中にあった。
「二度も幸運が続くとは思えないけど……やるしかないッ」
「そうですか。最初にこれに乗っていたのはやっぱり兄さんだったんですね」
急に隣から声が聞こえて、イスカはキャバリアーから落ちそうになるほど驚いた。目を向けると、いつの間にかそこには夕菜が立っていた。
「ゆ、夕菜! お、お前何やってんだ! ここは危ない、さっさと……」
「生身で外を走り回る方が、いまはよっぽど危ないと思いました」
要するに何か使えるものがないか探しに来たということだろうか。
「……いまから戻している時間はない、確かサブシートがコックピット内にあった……ええい、仕方がない! ついて来い、夕菜!」
イスカは先に夕菜をハッチの中に入れ、奥のサブシートに座らせた。自分は前のメインシートに座り、端末を台座にセットする。ブートストラップが起動、前回起動時からの更新内容がモニター上に表示される。
「バックパックウェポンコンテナを追加。やはり戦闘用の機体……」
「夕菜、シートベルトを締めろ! 舌ァ噛んで死んじまうかもしれないぞ!」
イスカは機体を立ち上がらせた。倉庫の屋根を突き破りキャバリアーが外界に顕現する。地上に降り立った敵が次々と彼に視線を向ける。
(守るべきもの、背負ってんだ! 絶対に負けるわけにはいかない!)
ゲゼルシャフトたちが銃口を向ける。イスカはサイドジャンプで銃撃を回避、反撃に転じた。壮絶なる防衛戦の、そして撤退戦の幕が開かれた。




