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機甲戦騎キャバリアー  作者: クロイモリ
第一章:機甲騎士の目覚め
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03-木更津基地

 襲撃部隊が撤退した一瞬の隙を突き、国連軍は後退。キャバリアーをトレーラーに乗せ航空部隊は先行して帰還、直衛にはAA小隊が付いた。


「蹴り飛ばされた機体に乗っていた人は……」

「ミツルギ少尉のことか。亡くなったよ、ゲゼルシャフトの蹴りを真正面から喰らって生きていられる人間などおりゃあせん」


 トレーラーの荷台で相席となった石動はイスカの質問に律儀に答えた。シャツの胸元を開け必死に風を送っているのは暑いからか、それとも迸る感情を誤魔化したいからか。


「火星の連中は地球に降りて来て好き勝手やっておる。そりゃあ、開戦の責任が軍にないとは言えないかもしれないが、しかしここまでのことをする理由があるか? 星を落とし、他国に武力侵攻を仕掛け、それを恥じることもない。あの連中は卑劣極まりないよ」


 石動は誰に言い聞かせるでもなく、ただ自分に言い聞かせるために演説をぶった。イスカはそれを聞き流しながら、流れて行く景色を見た。

 ほんの二日前まで穏やかな日常が続いていたとは到底信じられなかった。移り住んだ町は破壊され、いまはこうして軍に護衛されて基地まで移送されている。しかも最新の兵器に乗って。悪い冗談だとしか思えなかった。


「木更津まで行ったらどうなるんですか? 僕はお役御免ですか?」

「そうなるだろう。緊急事態ゆえあれを動かしたが、本来はデータ取りだけのために使われる機体だからな。前線に近くなるこの辺りに置いておく必要はない、お前さんごともっと安全な場所に送られることになるだろうな」

「結局、あれに縛られるのは変わらないってことですか」


 イスカは悲観的に言ったが、石動は『いやそうではない』と訂正した。


「ようはバイオメトリクス認証をどうにか出来ればいいわけだ。こちらにある機材や技術者には無理でも、本局の連中ならばどうにかなるだろうな」

「ということは……」

「移送先でそれを解除して、めでたくお前さんは解放されるというわけだ」


 イスカは複雑な気分になった。ホッと胸を撫で下ろしたくもあったし、父が遺したキャバリアーを他人に預けることになるのかとも思う。


(……いや、あれはもともと軍のものなんだ。気にする必要なんてない)


 死に際に父は言った、仇を取ってくれと。だがそのために、自分からあの戦場に向かうことなど考えられなかった。父の遺志は父の遺志、自分の意志は自分の意志、だ。イスカは戦場で死ぬことよりも、父の遺志を全うすることよりも、ただ自分と妹がこれからも生きて行けるように、ただそれだけを願った。




 東京湾に沿うように走っていたおかげか、木更津につくまで敵の襲撃を受けることはなかった。見慣れたコンクリートジャングル、ほぼ1か月ぶりに見る都会の風景。何年も見ていないような錯覚にイスカは囚われた。

 トレーラーは高速を降り太い環状道路を通り木更津基地へ。旧世代では日本の国防組織、自衛隊の駐屯地として使われていたこの場所。2100年代後半に国家の枠組みが解体され、国連がその上位組織として君臨するようになってから国連軍の基地として再編された、という経緯を持つ。歴史のある場所なのだ。


 なぜかつての地球人類が各々の持つ権益と利得を捨て、新たな枠組みを作るに至ったかには諸説ある。差し迫った環境汚染による滅びを回避するためとも、国連の機構の中でかつての権力構造が温存されたとも言われている。

 だが確かなことが一つある。国連は各方面――北米、南米、欧州、極東、中東、アフリカ、極点。国連によって制定された新たな政治区分――に対して絶大な権力を持ち、必要とあらば世界最大級の軍事力を行使することが出来る存在である、ということだ。


 木更津基地の重苦しいゲートの前で、石動と憲兵とがやり取りをかわす。最後には互いに敬礼を試合、開いたゲートから内部へと入って行った。


「分かっているとは思うが許可されたところ以外には入るなよ。ここから先は軍事機密にあたるから、警告なしでの射殺が許可されている」


 無理やり連れて来られて、しかも勝手をしたら殺すときたものだ。イスカは内心で呆れかえったが、もちろんそれを口には出さなかった。

 イスカたちを中央の建物で降ろし、トレーラーは倉庫ブロックへと走って行った。石動に促され、二人で建物の中へと入っていく。黒い鉱石風の床と白い壁とにシミや汚れの一つもなく、清潔感が漂っている。


「どこに連れて行かれるんですか、僕は」

「木更津基地司令官のところだ。なに、悪いようにはしないさ」


 石動は口元をニィ、と歪めた。まるで信用のならない顔つきだ。階段とエレベーターを使って三階まで昇り、真ん中あたりの部屋にイスカは案内された。


「失礼致します。石動羅門大尉であります」

「うむ、入りなさい」


 柔らかい男の声が扉の向こう側から聞こえて来た。石動はもう一度『失礼します』と断わりをいれ、扉を開く。カーペット敷きの室内は閑散としており、大きめの仕事机と応接セットがあるだけだった。ほとんどの決済や情報検索はARで行うため、こうした間取りでも問題のないことが多い。

 室内にいたのは40代前半と思しき男だった。老人ではなく、さりとて若者でもない。頭髪の後退はまだ進んでいないようだが隈取のようなほうれい線が目許には刻まれており、額も長年しかめてきたせいか深い皺が刻まれている。白い詰襟の制服を着た男は鋭い目でイスカを見て、口元をほころばせた。


「ヘイゼル・クルーガー大佐だ。キミのことは聞いている、父上のことは残念だったね」

「いえ……最期を看取ることが出来てよかったと思います」


 掛けなさい、とヘイゼルは手でイスカを促した。彼は頭を下げ応接ソファに腰掛ける。石動は扉の脇で直立不動の姿勢を取った。


「キミには一時的に少尉の位が与えられる」

「軍人になれってことですか?」

「そうではない。人型機動兵器、我が軍の分類では戦車に当たるが、それを扱うには尉官の位が必要でね。まあ、書類上の問題だと思ってくれればいい。民間人がキャバリアーを使いました、では後々説明が面倒になるからね」


 取り敢えず、いま現状に変わりはないようだとイスカは理解した。


「キャバリアーの移送手続きが済み次第、キミたちはドイツに移される。北米は知っての通り火星との戦闘が長引いていて安全性に疑問がある」

「俺もそちらに移される、ということですか?」

「日本を離れるのに不安はあると思うがね、あそこはいいところだ。主戦場になっていないから汚染もされていない。若い時分、妹さんと一緒に生活するにあたっても特に不自由はないだろう。軍からもそのように取り計らう」


 そこでヘイゼルは一旦言葉を切り、イスカの反応を見て続けた。


「それまでは不自由を強いることになると思うが、よろしく頼む」


 ヘイゼルは深々と頭を下げた。イスカもとりあえず、納得することにした。納得してもしなくても変わらないなら、無理にでも納得するしかない。そう思った。

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