残念で残酷な勇者と聖女
あんまりにもあんまりな返答に頭が痛くなってくる。
つまり何か。
俺はこのクソガキの願望の為に犠牲になれと。
…だれが「はい、そうですか」と返すか。
勇者くん本当に年上への敬意の表し方とかもっと教わった方が良いよ。
勉強よりも情操教育の方が大事なんじゃないのか。どうなっているんだ最近の教育現場は。
「は、はは。で、お前は俺を殺してチート街道を突っ走るわけか。末代まで祟るぞ」
日本人の執念深さ舐めるなよ。
もし殺されでもしたら本気の本気で呪ってやる。
魔法が存在する世界なんだから呪いも存在するだろうし、想いってのは時として絶大な力を発揮するって俺の良く読むラノベにも書いてあったぞ。
最悪、アンデッドになるのも止む無し!
そこまで考えつつ勇者くんの居るかもしれない方を睨む…って、俺目を塞がれてるから睨んでも効果ないや。
「安心してください。殺しませんよ。最初は殺しちゃった方が楽かなって思ったんですけど、流石に勇者が人殺し、それも同郷の人間を殺すのは不味いかと思いまして」
あ、ちなみにおにーさん、僕とみかが同時に予知夢を見て、将来貴方が魔王に匹敵するほどの巨悪になって言う設定で王様を使いました、てへ。
おい、だから男が口で「てへ」なんて言っても可愛くもなんともないし俺の肌がスタンディングオベーションしちゃうから本気でやめろ!
あと聖女ちゃんも噛んでるのかよってか予知夢とか無理ありすぎるし、魔王に匹敵する巨悪って盛り過ぎだろう。
王様よくそんなぶっ飛び設定信じたな!
「聖女ちゃん、聖女って位だからお前のこと止めなかったのか」
「まさか。みかは聖女とは遠くかけ離れた性格です。僕としても配役に疑問を抱かずには居れません…それにおにーさんの今後の処遇もみかの案を用いてるんです。僕では到底思いつかないようなことを考え付くので、恋愛抜きで付き合う分には楽しい子ですよ」
勇者くんによると、聖女ちゃんは俗にいうビッチと呼ばれるタイプの女の子で、お金大好き宝石大好きな女の子なんだと。思い出せば異世界に召喚されて困惑するよりも先にお姫様の胸元の宝石ガン見してたな。
肝が太いのかと思っていたが、ただ金目のものに目が眩んでただけか。
「まぁ、間違いなく僕は勇者でみかは聖女です。ステータスは嘘をつきません」
「いや間違いなくバグ案件だ」
「おにーさん、僕より勇者にふさわしいと思っているんですか?思い上がり甚だしいですよ」
「そりゃこっちのセリフだ。無抵抗のおにーさんに無体な真似しやがって、親の顔が見てみてーよ」
こっちは真面目に満身創痍で、足は痛いし実は話す度にわき腹が悲鳴を上げてくれているのだ。
やはり上官兵士の一発で肋骨を痛めている。
我慢はしているが、上半身を無理に上げていることで余計に負担がかかっているのか最初に起き上がった時よりも痛みは増している。
平時なら迷わず病院にBダッシュしてるよ。
「僕の親、二人とも公務員で父が警察官、母は教師です。兄もいますが、防衛大生ですね」
「俺は今酷い格差社会の現状を聞いた気がする」
なるほど、堅物なご家庭。
ストレスとか凄いだろうな…だからこんなにねじ曲がっちゃったのか。
それにしてもねじり過ぎだろう。
うちは両親離婚の末、親権を握った父親に妹共々育てられた父子家庭だが、立派に社会に反することなく生活できてる。これだけは胸を張って言える。
母親?
…聞かないでくれ。
「と、いけないいけない。おにーさんと話すのが楽しくてついしゃべり過ぎました。楽しい時間はあっという間に過ぎていくって本当ですね」
つらつらと迷うことなく並べられる嘘が盛大に配合されたセリフに常時チキンスキンがスタンディングオベーションの俺としては苦痛としか感じないよ。
笑い声を響かせながら靴音が壁に反響する音が聞こえ、次いでガチャリと施錠を外す音が聞こえた。
牢屋のカギを開けたのか?
何が起こるかまったく分からないので大人しく待っていると、シュルッ?シャンっ?と言う金属が擦れるような音がした。
これアレだ。
映画とかで聞いたことのある…洋剣を鞘から抜くときの音だ。
ご丁寧にスキル『雑学』が同種の音を脳内で再生してくれる。
「…勇者くん。おにーさん、今凄く嫌な予感がしてるんですよ」
「それは、素晴らしい感をお持ちですね」
声が、笑っている。
けれどその声が楽しそうな反面、俺に強烈な危機感を与えてきた。
くそ、目が見えないから何が起こっているのかすべて想像しかできないから思考はどんどん悪い方向に流れ止める事が出来ない。
痛みのソレとは別の意味での汗が噴き出ている。
勇者くんは俺を殺さないとは言ったが、無事に助けるとも言っていない。しかし彼の目的のためには俺と言う存在が居ることが耐えがたいと言っていた。
俺をどうするつもりだ。
聖女ちゃんが今後の俺の処遇を決めたと言うなら、人となりは良く分からないが良い方向に向かう事を願うか。
生存本能がなせる業なのか、高速で回転する思考の中で、勇者くんのやけに楽しそうな声が一転。
神託を告げるかのように静かに部屋に響いた。
「押さえて」
「んぎっ」
どっ、と何かが俺に圧し掛かる。
肋骨を圧迫されてカエルのつぶれたような声を発した俺は、何かに…いや、なんだこれ。
何もない。
何もないのに何かが俺の体を圧迫…重力?
そんな魔法みたいなことが、と思ったがそう言えばこの世界には魔法が存在していた。
でも、勇者くんは誰かにそれを頼んでいたが、それを頼む相手が勇者くんと共にこの場に居ることになる。
ならば先ほどまでの話も全て聞かれていたことになるが、それが聞かれても問題ないほどの人間を連れてきていることになる…が、俺の思い描く人物がいたとして、昨日の今日で魔法が使えるのか?
「い、ぎ…せ、いじょちゃん、いるのか」
「せーいかーい。アンタ結構頭イイじゃん。顔もそんな悪くないし、有望株だったかなー?でもざんねーん。太陽のお願いだからーたすけらんないのー」
…うわ、昨日は喋ってなかったし笑ってるだけだったから気付かなかったけど、この子喋ると急にバカっぽいな。
声しか聞こえないから余計に酷い。
でも早速魔法が使えているあたり安定のチートか、そうか。
聖女って確かに魔法枠だな!
最初は他の人間の存在を警戒していたけど、あまりに踏み込んだ話をしてくるから勇者くんだけだと思い込んでいたのが仇になったか。
「お、れ、ど…する」
未だにかけ続けられる、目に見えない圧力に上手く呼吸ができない。
必死に酸素を取り込みつつ、ミシミシと悲鳴を上げる体を無視して話を聞こうとする。情報は時に刃物よりも鋭い武器になる。
俺の問いには、答えてくれるらしい。
聖女ちゃんの間延びした言葉を脳内で変換しながら聞いていくと、俺はこの世界に存在する地下迷宮、ダンジョンに身一つで置かれるそうだ。
当然のことながらダンジョンには魔物が居て、そこから無事抜け出せれば無罪放免。俺は何の罪も犯していないんだが、これはこの国に伝わる選定でもあり、聖なる心を持っていれば神のご加護によりダンジョンを抜けられるそうだ。
補足で勇者くんが「脱出率は今のところゼロだそうです。野蛮ですが、この国の由緒正しい選定方法です。郷に入っては郷に従えと言いますし今回採用しました」と付け加えてくれた。
てか内容が選定ではなく処刑だ。何が同郷を殺すのは、だ。直接ではなくても間接的に殺す気満々じゃないか。
それに生存率ゼロって、神のご加護の存在価値ェ…。
「でーも、それだけだとお兄さんがまさかのチートだったら困るって太陽が言ったからー、みかね、思いついたの」
言葉の後、俺の体にかかる重力の重さが増したような気がした。
そして
「腕とか無かったら、何もできないかなって」
次の瞬間、俺の耳にはごりゅっ、と言う音と
「あ゛あ゛あ゛ぁぁあああああぁぁぁあ゛あ゛あああああああっっっ!!!!!」
俺の悲鳴が突き刺さった。
聖女ちゃんふわふわビッチ系。おにーさんファイトー