マーライオンにはなりたくない
賢者のオッサンの頭皮がボロボロになることを本気で願いつつ、何だかんだと話は進み俺は案内された今の現在地である城の一室に居た。
賢者のオッサンとの口論は勇者くんが色々口をはさんで見事に丸め込んでくれたおかげで事なきを得たらしい。
とか他人事。
性格悪いのは分かり切っている。
でも、すごいね最近の高校生は。
こんなに口がうまいなんて、うちの営業に来てほしいですよとか割と本気で欲しいと思った。
聖女ちゃんはやっぱりと言うか、勇者くんの知り合いらしく部屋に案内される道中二人で仲良さそうに会話をしていた。
俺は二人の後ろをついて歩いていたんだが、疎外感が半端なかった。ちょっと泣きそうになったのは内緒だ。
リア充爆発しろ。
食べたことの無い、テレビとかで見たこのあるフレンチ?イタリアン?な夕食をたらふく食べてふかふかのベッドにうつ伏せになりながら脳裏に浮かぶ二人の姿を必死に掻き消しつつ、明日からの事を考える。
残念なことに俺にはチートスキルも称号も存在してない。
元の世界に帰ることも難しいとなると、生活していくうえで色々考えなくてはいけない。
ゲーム感覚で楽観視を続けるのも…、長く続かない。
だって、いくらゲーム感覚に浸ろうとしても、今俺が見ているもの触っているものは間違いなく現実で、世界が違っても感覚的なことは変わらないんだ。
夢ばかり見て居られるほど若くも無くて、達観するほど悟れてない。
一から生活するのは思いのほか大変で、特に全くのアウェーと言って良い世界で、ついでにモンスターとか魔王が存在するとか結構な無理ゲーだ。
平和ボケした日本人の生活力の無さを舐めないでいただきたい。
一応明日色々とお沙汰があるとのことなので、出来るだけ我儘言って生活の確保に努めよう。
お金と家と安全はほしいよね。
そんな風に考えながら、満腹感とベッドの柔らかさが運ぶ睡魔に抗えなくなり夢の世界へと突入する。
思考が溶けていく中で、明日はどんなことが起こるのかなぁとか、実は今の俺はやたらリアルな夢を見ていて、気付いたら遅刻間際とか嫌だななんて考えつつブラックアウトしていった。
ここまでが、まだ俺が何も知らず幸せであれた時間。
「起きろ!!」
「ふぁっ!?」
どれくらい眠っていたのだろうか窓から差し込む日の光がまぶしいので間違いなく朝は迎えていることに違いなかった。
思った以上に疲れていたのか、夜中に一度も目覚めることなく深い眠りについていた俺は、突然の怒声と大量の人の足音によって乱暴なモーニングコールを受ける。
あまりに突発的な事態に上手く頭が働かない俺の思考が混乱しそうになるが、ビビりチキンの本能が今の状況はやばいと伝えてくるので必死に状況把握をするために寝ぼけた思考を叩き起こす。
背中がぞわっとして脂汗が噴き出す感触がした。
感覚的には急に家に警察官がやって来た時みたいな感じ。
因みにその時俺が住んでいるアパートのお隣さんが頬に傷のある人で、白くて高いお薬の売買をやってたとかなんとか…世間の狭さと警察さんの「お前も絡んでないだろうな」って言う威圧感が今でも軽くトラウマです。
なんて現実逃避している場合ではなさそうだ。
「な、何なんですか。この国のモーニングコールってこんなにむさ苦しいの?てか部屋兵士さんでぎっちぎちとか悪夢以外の何物でもないぞ!」
「その口を閉じろ!おい、早く捕まえるんだ」
「はっ」
「いやいやいや、ちょ、おい!?」
俺の静止の声も軽口も完全に封殺して見せた、見た目一番偉そうなやつが部下に命じて四人の甲冑を着込んだ兵士が俺の動きを封じ、目と口に布を巻かれる。
なんだこれ、なんだこれホント。
こんな恐ろしいイベントが急に何のフラグもなく立つなんて、俺の知識の中には無いぞ?
そもそも巻き込まれ召喚された時はとりあえず勇者たちから離れて旅して経験値アップがセオリーのはずだ。
確かに昨日賢者のオッサンに悪口言ったりはしたけど、それくらいでまさかの不敬罪?でもそれなら一晩割と豪華な部屋で寝かせてからはおかしいし。
「ちょ、も、もごっ」
布を巻かれた状況で視界はふさがれても言葉は発せれるのでどうしてこうなったのか理由を問いただそうとする。と、俺のやろうとしたことに気付いた兵士が何処からともなく取り出した木の棒を俺の口にくわえさせて更に布で巻き付ける。
これ、良くエロ画とかで見る野性的猿轡ってやつじゃないですかね。
可愛い美少女や美人なお姉さんがやるならともかく、二十代も後半の男がそれをするとか絵面が酷いにもほどがあるぞ!
お、俺、一応ぶさメンではないぞ!う、嘘じゃないからっ!
「ふぐ、ぐ、ふは、うぅぅっ!!」
「黙れ!」
またもや現実逃避を行いつつ、冷静な思考の部分が突然の待遇に対する納得のいかなさに言葉にならない声を上げると、上官兵士が俺の腹に重い一発を入れてくれた。
お、ふ。
喧嘩とは縁遠いもやしっ子に何と言う暴挙。
幸い夕食は消化していたようでマーライオンは防げたが、こみ上げる何かを我慢するのと同時に視界の端が傷みでちかちかと点滅する。
これ、肋骨逝ってるんじゃないのか。
喧嘩なんて生まれて一度も経験したことないが、間違いなくこの上官兵士の一撃は喧嘩のレベルをはるかに通り越してる。
日本が誇る九州地方に存在すると言う修羅の国出身かコイツ。
「げほっ、ぐ、ぅっ」
「連れていけ。逃がさぬよう厳重に見張れ」
ここで吐いたら最悪胃液まみれで放置されそうだったのでギリギリ残った気合いで色々なものを飲み込む。
若干食道が酸っぱい感じがするのはこの際我慢。
また何か言ってボディに重いのを入れられたら今度こそマーライオン待ったなしだ。
猿轡のお陰で口が閉じられないで辛いし、腹は痛いし、寝起きにこんなドメスティックな対応を何で受けないといけないの。俺マジで何した。
結局、俺は四人の兵士にぐるぐる巻きにされ、視界がふさがれて足元がおぼつかないっていうのに有無を言わさず引きずられた。
寝起きで裸足だったから色々なところにぶつけるし、到着した先に放り投げられた時に縛られているおかげで受け身が取れず肩を強打した。
足の指が時間が経ってもひりひりするので恐る恐る逆の足の平で痛いところを擦ったらぬるっとして凄く痛い。
あ、爪剥げてますね…。
「ふ、う、ぐぅう」
多分投げ込まれた場所は俺の予想が高ければ地下牢のような場所だと思う。
俺の間の抜けた声が反響して空気が湿ってかび臭い上に体が当たる部分は感触的に石だ。
俺が何らかの犯罪者扱いを受けているなら送られる場所は牢屋で間違いない。…筈。
だんだん主人公の扱いが悪くなってきます。しかしこの主人公、思いのほか頭が軽い感じである。