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LAST DAY OF EARTH  作者: TATEO
9/10

暗い森の中で時間すらわからない

「皆に悪い知らせがある。同じクラスの仲間、吉田美鈴さんが自殺した。」


最初、先生の話をうまく理解できなかった。

言っていい冗談と悪い冗談があるが、これは人を傷つける冗談だと思った。


「せ、先生。悪い冗談止めてよ」

誰かがそう答えた。聞き覚えのある声だ。仲谷か。


「冗談じゃない。事実だ。昨日、川岸に止めてある軽自動車のなかで遺体が見つかった。一酸化炭素中毒による窒息死だ。若い男女4人が集まって外傷も無いから自殺の可能性が高い。」


「ま、マジかよ」

皆ざわつき始めた。美鈴ちゃん達は若者が集まる宗教団体に所属していたようだ。それが今回の自殺とどう結びつくかは分からない。一つはっきりしていることは、美鈴ちゃんはもうこの世にいないことだ。


僕は、その後生気が抜けたように机に突っ伏した。

周りの皆は泣いていたり、相変わらずざわついていたけど、僕は何も出来なかった。何かをする体力すらなかった。


僕は下校時間まで無気力なまま時間を過ごした。

皆がぞろぞろと帰っていく中、僕は机から動くことすら出来ないままだった。どうしても美鈴ちゃんの死を受け入れることが出来なかった。机と触れている右頬は、若干ひんやりとした。


視線の先には横に並んだ二つの机が写った。奥にある窓際の席が美鈴ちゃんの席だ。美鈴ちゃんは時々髪を少しかきあげて右耳を見せてくる。美鈴ちゃんの視線は、黒板とノートの2箇所だ。僕の方には向いてくれない。

休み時間になると数人の女子が集まって、スマホをいじりながら話をしている。美鈴ちゃんも笑っている。でも僕の方には向いてくれない。


僕の存在って美鈴ちゃんにはどう写っていたのだろう。

僕が作り出した美鈴ちゃんの幻影は、ゆっくりと消えていった。音も無く、僕には視線を合わせずに。


僕は幻影の美鈴ちゃんが完全に消えた後、ゆっくり席を立った。教室には僕しかいなかった。

外履きに履き替えると、眼前には夕日で朱色に染まったグラウンドが見えた。中央まで何気なく歩いて辿り着くと、僕は大声で叫んだ。入れる用途で持ってきた鞄は、サンドバックの用途になってしまった。グラウンドに叩きつけた鞄は、砂埃を纏い、紺色の生地は徐々に茶色く染まっていった。僕は、まるでアメリカのロック歌手がギターを地面にたたきつけるように地面に何度も鞄を叩きつけ続けた。何度も。何度も。何度も。。。


日はすっかり落ち、あたりは朱色から深淵の闇になりつつあった。僕は鞄を抱え、ゆっくりと歩きだした。おそらく叩きつけたグラウンドの土が鞄にはついているだろうが、辺りが漆黒の闇になっていることからその姿を確認することはできなかった。


そういえば僕は、全身全霊をかけた手紙があったことを思い出した。言語力の低い僕が、15年生きてきた中で絞り出した言葉たちがそこには列をなして整列している。だけど、その姿は作者の僕は見ることができても、読者の美鈴ちゃんに届くことはない。永遠に。僕はその手紙を鞄に入れていたと思う。ただ、今の段階ではそれを確認することはできない。


僕はしばらく無心で歩き続けた。家には帰らず、僕は樹海へと足を運んでいた。

自分の家の近くにこんな樹海があったことを最近まで忘れていた。小さいころから、遊びに行くときは、絶対に入るなとお父さんに言われた。普段怒らないお父さんが、その時ばかりは大きい声で僕に言って聞かせたから、僕は幼心ながらここには入ってはいけないと思っていた。だが、僕の思考回路は美鈴ちゃんのみで働いており、樹海が危険な場所とは思うことができなかった。樹海に入るとき、風が一瞬だが強く吹いた。周りが闇だったので、どこから吹いた風か僕には判断できなかったが、追い風のように一瞬吹いたその風は僕の頬を耳を唇を通過して消え去った。暗闇の中のさらなる暗闇へ僕は入り込んだ。


僕はただ美鈴ちゃんの事だけを思いながら樹海の中を当てもなく歩いた。樹海は木々がうっそうと茂っており、深淵の闇の中でもフクロウかわからない鳥が鳴いている。時々目の前と後ろを何かが横切るような物音がしたけど、闇で視界を奪われている僕にはどうしようもないことだし、どのみち帰れるかどうかも分からない状態に変わりなかった。


僕ももうすぐ美鈴ちゃんに会えるのかな、歩きながらそう思った。

「それは無理。私がいる世界とあなたがいる世界は違うもの」美鈴ちゃんは語りかけてきた。

「僕ももうすぐそっちの世界に行けるだろうし。どうせこの樹海だ。助かりっこないよ」と僕は反論した。

「あなたはまだ生きる資格があるのよ。聞いてごらんなさい。この木々たちや虫や鳥たちの声を。全力で生きよう。そう言っているわ」美鈴ちゃんは耳元でささやいた。

「だってどちらにせよ皆死ぬじゃないか。もう何日あるかわからない。タイムリミットは決まってるんだ。君だってそう思ったから死んだんじゃないか」

「そう。だからこそ一瞬一瞬を一生懸命生きてほしいの。もうあなたがいた世界に私は戻れないけど、私の分までしっかり生きてほしいの」

「僕だって生きたいけど、生きていくための柱が壊れたんだ。その柱が君だよ。僕の世界は、君という柱が無くなったときから壊滅したんだ。だから僕はもう生きる目的もないんだよ」


しばらく美鈴ちゃんは声を発さなかった。

「本当にそうかしら」しばらくしてから美鈴ちゃんは言った。

「あなたはまだやり残したことがあるんじゃない?」

「僕がかい?もうやりつくしたさ」

「いいえ、あなたにはまだ心残りがある。とても深くに根付いているわ。大木が枯れ落ちても、しっかりした根があるように。あなたの心に根付く思いがあるわ」

「よしてくれ。これ以上僕に生きる意味を見出さないでくれ」

「気持ちには反して、まだあなたは生き続ける運命なの。地球が終わる最後の最後までね」

「やめてくれ!」

僕は樹海の中で叫んだ。僕の声は木々をこだまして響き渡り、虫や鳥たちの鳴き声はピタリと止んだ。


「ごめん。大声だして」

僕は再び歩き出した。

「いいの。少しびっくりしただけ」美鈴ちゃんは語りかけた。一瞬の静寂の後、また虫や鳥たちはその鳴き声で歌い始めた。

「僕の生きる意味、本当にそんなのあるのかな」僕は静かに語りかけた。

「あるわ。貴方がこの世に生を受けてからずっとね」美鈴ちゃんは僕の側から離れない。

「だとしたら僕は、その意味を理解してから、死にたい」

「私もそれがいいと思う。私にはそれができなかったから」

「ありがとう美鈴ちゃん。君に会えてよかった」

「美鈴ちゃん、って君から呼ばれたことなかったから、変な感じがするよ」

僕は少し笑った。結局、美鈴ちゃんの姿は見ることは最後までできなかった。


僕は道をただひたすら歩いた。道は木々や鳥たちが教えてくれる。僕はまだここで死ぬべきではないからだ。だから僕は木々の示す方向にただ歩いて行った。喉が渇くたら湧水を飲んだ。不思議と湧水を飲むと、空腹感も満たされて、僕は何日かかるかわからない道をただひたすらに歩いた。もともと携帯の電波など通じる場所ではないし、昼夜も分かりにくい場所だったが、鳥たちの鳴き声や木々の間から抜ける木漏れ日で確認することはできた。


そんな生活を何日か経た時、僕は道なりの先に一筋の光を見出すことができた。


外だ。


太陽の光を浴びたのは久しぶりだった。樹海の中の木漏れ日では十分な日光を得られなかった僕は、久しぶりの太陽の光を思いっきり浴びると自然に涙がこぼれた。


まだ、生きている。僕がすべきこと。


樹海から出てきた僕はひとまず近くの交番に入った。

どうやら中学生が樹海に入ったまま出てこないということで行方不明リストに入っていたのだろう。僕の顔を見るなり、驚いて腰を抜かしていた。すぐ警察署へ連絡してもらい、警察署で僕はお父さんとお母さんと会うことができた。


樹海に入った日にちから、すでに3か月以上が経っていたらしい。

生きているのは絶望的だったと思われた僕が帰ってきたことに、両親は喜んだ。そして強く抱擁した。

両親のぬくもりは温かく、僕は改めて生かされていることを確認した。


「あなたはまだやり残したことがあるんじゃない?」

美鈴ちゃんはささやいた。

「そうだね」

僕はうなずいた。


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