滅亡まであと300日〜200日 後篇
登校の朝、僕は久しぶりに制服に着替えた。
ニュースは常に地球滅亡の事ばかりだ。
世界各地では対策を取らない政府と国際宇宙機構に対して市民がデモを起こしているようだ。アメリカや中国では一部の市民が暴走したため機動隊が出撃したらしく、死者も数名出たらしい。
「嫌でもこれから死ぬっていうのに、死に急いじゃうなんてねえ。」
ニュースを見ながらお母さんが呟いた。お父さんは新聞を大きく広げて読んでいる。
「海外に限った話じゃないぞ。見てみなさい」
そう言うとお父さんはお母さんに新聞を渡した。
指定の記事を読んでみると、日本でも政府に対してのデモが過激になってきており、一部の市民が大怪我をしているらしい。
暴動だけではない。地球滅亡に乗じて変な宗教団体が次々と発足しているようだ。各地で集会を開催しているため、経済活動が著しく衰退しており、これからの食品調達はより厳しくなりそうだ。
「行ってきます」僕は形だけの鞄を持って家を出た。
中身は何も入っていない。学校で何か支給されたときに入れる用途だけだ。
校門近くまで来て驚いたのが、通学者が多かったということだ。皆、学校以外に行く所がないのか、または行き尽くしたのかは定かではない。ただ、家では見つからない何かを探しに、僕と同じように一つの目的を達成するために来ているのだろうと思った。
3-5の教室のドアを開けると、半数ほどは来ていた。だいたい男女半分くらいか。
「おう、久しぶり。元気そうだな」クラスでは唯一の
話し相手だった仲谷が話しかけてきた。懐かしさを感じる一方で、自分が復学したところでクラスのメンバーが大きな感動を生むものではないことは実感できた。皆、チラッと僕を見たが、姿を確認したらすぐに視線を元に戻した。皆が待ち望んでいるのはただ一人、美鈴ちゃんだ。もちろん美鈴ちゃんは来ていない。僕は昨日出会った時の美鈴ちゃんの話を仲谷にしようと思ったが、質問攻めにあいそうなので止めた。
「先週くらいから、皆思い出作りの品を作ってんだ」
仲谷はそう言うとおおきなスケッチを見せてきた。油絵のタッチで描かれたスケッチにはこの街の景色と森、湖などが鮮やかな色彩を放って僕に主張してくる。仲谷は美術部ではなかったが、才能はあると僕は思っていた。おそらくその絵は彼の集大成なのだろう。その絵から生命の息吹を感じた。僕は暫くその絵の中に入り込む錯覚に陥った。
「お前は何しに学校来たんだ?」
僕は入りかけていた絵の幻想から現実に引き戻された。まるで首元の襟から引張られるように。
「いや、気になったから、来ただけだよ」僕は視線を外しながら俯きかげんに答えた。
「気になったって、何が?」不思議そうに仲谷は聞き返した。
「皆どうしてんだろうなって」本当は美玲ちゃんの情報を聞くためだ。こんな嘘を平然とつける僕は自分が少し嫌いになった。
「まぁ、ここに来ている人は皆こんな感じさ」まるでこのクラスのリーダーのように、左を差し出して
僕の視界に写して見せた。
「皆、ここである程度落ち着いてんだと思う。俺もさ、最初は学校が自由登校になったから、家で引きこもってゲームなんかしてたわけ。でもさ、そんな生活が何日か続くとこのまんま滅亡で死ぬなんていいのかな、って思ったわけ。せめて死ぬ前に自分が残せるものって何かなって、ちょっと自分のことについて考えてみたわけさ。そしたら、ここに落ち着いたんだ。登校してから、しばらくは先生たちもいろいろ工夫を凝らして授業はしてくれたよ。地球滅亡の原因とか、地球が成り立つまでの歴史とか、いろいろ勉強になったし、難しい授業だけじゃなくて、レクレーションとかいって、在校生で集まってダンスを踊ったり、体育祭みたいなこともしたよ。それなりには楽しめた。」
「へぇ~、そんな事してたんだ」僕は少し羨ましくなり、同時に時間を浪費したのではと少し後悔した。
仲谷は話続けた。
「でも、ネタ切れだろうな。ある時期から先生がクラスには来ても何もできなくなったから、俺らに何がしたい?って希望を聞くようになったんだ。だからみんなでいったんだ。先生、何もしなくていいよって。俺らはこの空間が好きなんだって。無理に何かしようとするんじゃなくて、俺らは自分たちで学校でしたいことをするからさって言ったんだ。」
僕はしばらく無言で仲谷を見続けた。
「先生ぼろぼろ泣いちゃってさ。肩震えさせて。だからそれ以来先生は重要な連絡があるときに出てくるだけで、ほとんどクラスには顔を出さなくなったよ。時々見回りでくるぐらいかな。まだ来ていないやつもいるけど、やっぱり皆そろったこの空間がいいよなって思ったんだ。だからFacebookとかLINEは皆に送ったんだよ。そんで、15歳の俺らが、生きてきた証みたいなもんを作りたいと思ったんだよ」
「証?」
「そう証。人類は死ぬけどな。宇宙人でもいいや」仲谷はハハっと乾いた笑いをした。
「俺にとっては、この絵が生きた証さ」
「この絵がか・・・」僕は静かに聞き返した。
「地球は跡形もなく消えちゃうけど、滅亡の何日前にはこんな綺麗な世界が広がっていたって、見せつけたいんだ。まぁ、宇宙人に手に渡るかわからんし、消えてなくなるかもしれんがな。とにかく俺はこの絵を生きた証にしたいんだ。俺だけじゃない。みんな今までの証を残そうとしている。手紙を書いてる奴もいるし、手芸をしているやつもいる。ほかのクラスでは木材を使って何か完成させようとしているよ。お前もそんな活動をしてみたらどうだ?」
仲谷は僕に対して説明を終えると、絵を持って教室を出て行った。彼の生きた証は、美術室で行っているようだ。
生きた証。僕はしばらく椅子に座りこんだまま動くことができなかった。何をすればよいのか、見当がつかなかった。僕はもともと美鈴ちゃんの情報をつかむために共有するために、校門をくぐって今に至っている。でも、みんなは他人の事よりも自分の証のために一瞬一瞬を大切に生きている。僕は、自分の欲求を満たすためにやってきた、醜い存在だと思うようになった。自己嫌悪に陥った。
時計の針を見るとすでに1時間を過ぎていた。僕はしばらく自己嫌悪で頭を抱えた後、そのまま睡魔に襲われて寝てしまったらしい。いつもであれば先生が来て、教科書でバシっと頭を叩かれていたかもしれないのに、それすら無い自由。僕は少しさみしくなった。
少し眠った僕は、手紙を書くことにした。最初は宇宙人にでもあてようかと思ったが、美鈴ちゃんにあてた手紙を書くことにした。まだ滅亡まで時間がある。せめて滅亡するまでに僕の思いを伝えたい。でも直接会って話す勇気のない僕は、美鈴ちゃんに渡そうとした。場所はあのコンビニ。あの坊主頭の怖い奴がいないタイミングを見計らって渡そう。気持ち悪い思いを感じるかもしれない。でも、滅亡までの時間は短い。それまでに悔いのない時間を過ごしたい。そう思った。
学校の時間、家の時間も、僕の頭の中は手紙の内容でほとんどを占めていた。時々辞書なんか使いながら、僕は想いをうまく伝えることができる表現を探して書いた。書いては消し、修正を日々繰り返した。書くことにつかれると、僕は簡単なパズルゲームをスマホで行い、頭をリフレッシュさせた。鉛筆は雪山を滑るスキー選手のように滑らかに進むこともあれば、まるで都心高速で渋滞に遭ったかのように、全く進まないこともあった。ひどいときは、半日をほとんど文字を書けずに終わった日もあった。時々、ノイローゼのように気が狂いそうになったこともあったし、表現ができない文言に憤りを覚え、手前にある電気スタンドを壁に投げつけたこともあった(スタンドを投げたのは自分の部屋での出来事だ)。
これこそ、僕の「生きた証」になるのではないだろうか。文字どおり僕は死にもの狂いで美鈴ちゃんへの熱い思いを書き綴った。
数日後、それは完成した。まさに自分の心血を注いでできた、それは「作品」であった。ゲーム以外でこれほどまで熱中したことはおそらくなかっただろう。僕はその書いた手紙を折りたたみ、夕方にあのコンビニで待っていようと思った。ドキドキは止まらなかった。先生が教室に入ってくるまでは。
「今日、みんなに残念なお知らせがある。吉田美鈴さんが亡くなった。自殺のようだ」
僕の目の前は真っ白になった。